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『マチネの終わりに』石田ゆり子、3か国語操る声の美しさ キャリアとともに厚みを増す魅力とは

2019年11月10日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

石田ゆり子 (c)2019 フジテレビジョン アミューズ 東宝 コルク

 『マチネの終わりに』は、劇場で観なくてはいけない映画だ。福山雅治が演じる蒔野聡史の奏でる音楽が、この作品の主軸にあるのはもちろんのこと、大人の恋愛物語には“孤独“という名の静寂が欠かせないからだ。


 本作は、芥川賞作家・平野啓一郎の同名小説を原作に、クラシックギタリストとジャーナリストの恋を描く。東京、パリ、ニューヨークと華やかな街並みを背景に、ふたりが会ったのは6年間のうちたった3回だけ。だが、それでも出会ったからには、もうその人がいない世界など考えられない。そんな運命の恋を、美しい音楽とともに紡いでいく大人のラブストーリー。


【写真】『マチネの終わりに』出演の福山雅治と石田ゆり子


 映画館のシートに身を沈め、日常の喧騒を忘れてクラシックギターの音色に耳を傾ける。すると、徐々にマチネを楽しむ石田ゆり子演じる国際ジャーナリスト・小峰洋子の視点と、自分自身の視界がリンクしてくるような感覚になる。蒔野の音楽に惹かれ、その才能を愛した洋子の気持ちが、耳から流れ込んでくるかのようだ。


 音は、時として感情の再生ボタンをダイレクトに押すスイッチになる。この映画では不安や焦燥感に駆られるシーンでは激しい落雷音が、そして悲しみと絶望に打ちひしがれる破壊音が、効果的に鳴り響くのだ。


 一方で、2人が抱える孤独感も暗い影と、音のない世界で表現されている。筆者が鑑賞した劇場では、ほぼ満席だったにも関わらず、その静寂は空調の音さえ耳に入ってくるほど、深いものだった。この時間、多くの人が同じ暗い気持ちを感じていたはず。


 打ち込める仕事もあれば、慕ってくれる人もいる。けれど、どこか満たされない心細さ。忍び寄る年齢の壁……。人生を諦めるにはまだまだ早い。でも若さと勢いで乗り切るには、大人になりすぎた40代という繊細な年ごろがスクリーンを通じて、観る者の心にまで暗い陰を落とすのだ。


 “誰かに救い出してほしい“と、必死で自分で自分の肩を抱きかかえているときに、あのうっとりするような蒔野のギターの音色が、そしてしっとりと優しい洋子の声が聴こえてくるのだから、恋する理由は十分だ。


 そう、この作品には、福山雅治の弾くギター音に加えて、石田ゆり子の声という音が心地よく響く。本作で石田はフランス語、英語、日本語を器用に使い分けるのだが、フランス語の会話はメレンゲのように軽やかで、婚約者に意見するときの英語は赤ワインのように艶っぽく、そして日本語では可愛らしい長崎弁も披露する。ギターの音色と同じく、言語やシチュエーションに応じて声色が美しく変化するのが、聞いていて楽しい。


 か弱く見えて芯が強く、少女のようであって大人の落ち着きがあり、泣いているように笑い、悲しむように怒る……彼女の見せる感情はいつも単音ではないのも、この映画を見ていて改めて感じられた部分。人の気持ちはいつだって複雑で、いくつもの想いが重なる。


 大人になれば、その隠し方も上手になるし、見せないようにするうちに、どれが自分の本音かわからなくなることもある。そして、いつしか暗闇の静寂の中で、ひとり佇んでいるような気持ちにもなる。だが、そのやるせない気持ちをただ嘆くのではなく、噛み締めて強く生きようとする姿を演じるのが石田ゆり子は抜群にうまい。それが石田ゆり子が年齢を重ねるほどに人気を得ているヒミツではないか。


 人は、未来だけを変えられると思っているが、未来によって過去の印象も大きく変わる。過去が幸せな思い出になるかどうかは、未来にかかっている。そんな蒔野と洋子が意気投合した考えが、鑑賞中にも何度も痛感する。


 昔、楽しく遊んでいた庭の大きな石も、不幸な出来事のきっかけになってしまえば、もう昔のようには愛でられない。かつては、最善だと思っていた選択も、未来には最悪のシナリオだったと気付かされることもある。だったら、その悲しむべき事実を恨むのではなく、何度でも自分や誰かを愛する未来へと塗り替えていくしかない。もしかしたら、多くを語らない石田ゆり子自身が、そうして生きているのではないかと思わせるシーンがある。


 本作のクライマックスとも言える、恋がすれ違った理由を知ったときの洋子の姿だ。これぞ、まさに石田ゆり子の真骨頂とも言えるシーン。自分の人生を、そこで得てきた幸せを大切にしている人じゃなければ、説教のように聞こえかねないセリフが、彼女の声と眼差しでスッと心に浸みるのだ。


 人生経験を重ね、新たな役に挑戦するたび、その声に、その眼差しに、重みと魅力が重なっていく石田ゆり子という女優。それまでの経験があればこそ、今の彼女があるのだと感謝せずにはいられないほどに。そして、この先の未来も、きっと彼女に憧れ続けるに違いない。『マチネの終わりに』私たちは、石田ゆり子という女優にまた恋をする。


(佐藤結衣)