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『スカーレット』喜美子は歴代屈指のタフなヒロインに 草間×大久保、2人の師匠から受け継いだ心

2019年11月04日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『スカーレット』写真提供=NHK

 NHK大阪放送局が制作する10月スタートの朝ドラは、東京制作が手がける朝ドラとはどこか雰囲気や印象が異なり、独特の魅力を感じさせるものである。


参考:『スカーレット』切ない佐藤隆太の置き手紙 丁寧な心理描写が視聴者の心を掴む


「女にも意地と誇りはあるんじゃ!」


 意地と誇り。それはこれまでの『スカーレット』(NHK総合)の随所で描かれてきた。上記の台詞は喜美子(戸田恵梨香)がまだ幼い頃に、父親の常治(北村一輝)にぶつけた言葉であり、彼女は昔からタフな一面を見せてきた。戦後ということもあり、決して裕福とは言えない生活が続くところから始まる本作。「食べる」ということ一つとっても、質素な暮らしが続いた。


 もちろん『スカーレット』に限らず、朝ドラではヒロインが人生の中で苦労を重ねる場面はしばしばあるもの。10月スタートの最近の作品で言えば、『べっぴんさん』『わろてんか』『まんぷく』などが挙げられ、程度の差はあれ、ヒロインたちは様々な困難に直面してきた。ただ、『ぺっぴんさん』のすみれ(芳根京子)も、『わろてんか』のてん(葵わかな)も、『まんぷく』の福子(安藤サクラ)もそれなりに育った家庭は裕福であった。その点、『スカーレット』の喜美子は貧しさの中で成長していくだけに、彼女の努力の姿、“強さ”を発揮していく様がひときわ印象に残る。


 さて、そんな喜美子は成長して、より“強く”なっていく中で、周りのいろいろな人々の影響を受けてきた。中でも草間(佐藤隆太)の存在を抜きに、喜美子の成長を語ることはできないだろう。喜美子の人間的成長、あるいは喜美子の“強さ”に磨きがかかったのは草間との出会いがあってこそ。「草間流柔道」を通して、彼は喜美子たちに次のように伝えた。


「柔道と言う武道を通し、本当の“たくましさ”とは何か、本当の“やさしさ”とは何か、本当に“強い”人間とはどういう人間か、そして、人を敬うことの大切さを学んでほしい」


 単に肉体的・精神的にタフであること以上に、生きる上で知っておかなくてはならないことを教えてくれた草間。まずは、道場の掃除をさせたことに象徴されるように、彼は人として持つべき姿勢、敬意や感謝の気持ちの大切さを説いた人だった。それらがやがて本当の意味で人間の“たくましさ”や“強さ”につながることを知っていたのだろう。喜美子からみなぎる力強さの土台には、間違いなく「草間流柔道」で培ったものがある。


 他にも草間との間にはいくつかエピソードがある。例えば、まだ草間から柔道を教わる前のこと、喜美子は草間から注意を受けたことがあった。かつて慶乃川(村上ショージ)の焼き物を見せてもらったときに、「ただのゴミやん」などと言ってしまった喜美子。そんな喜美子に対して草間は、“人の心”について説く。「人の心を動かすのは作品じゃない。“人の心”だよ」。その時、喜美子は自分の未熟さを反省させられるとともに、人の心の存在の意義を知る。 


 人の心。視点は大きく異なるが、“心”に関係する話は実は荒木荘の大久保(三林京子)の話の中でも少し出てくる。喜美子は、ある日大久保から皿磨きに関する談義を受けた。大久保は、“心”を込めて磨こうが、仕事だと割り切って磨こうが、他人から見たら変わらないと言う。しかし、後日になって、喜美子は「そやろか?」と本人の前で疑問を呈した上で、“誰ででもできる仕事やない”、“あんたにしかできひん”と言わせてみたいのだと喜美子の気持ちをぶつけたのだった。そして、なんとか大久保から仕事の指示を受けることができた喜美子は、「一生懸命、“心”を込めて働かせていただきます!」と言った。


 心自体は当然のことながら、物理的に見ることなんかできない。でも、もし“心”を込めて皿を磨いたり、料理をしたり、掃除をしたり、洗濯をしたりしたら? もちろんすべての人にその“心”が伝わるとは言い切れない。大久保の言ったように、確かに他人から見たらどれも一緒なのかもしれない。それでもきっと、磨かれた皿やできあがった料理を受け取る人に、ちゃんとその仕事をした人の“心”を感じ取ってもらえる瞬間がきっとあるはずだ。


 今では荒木荘の仕事に慣れて、すっかり住人たちから頼られるようになった喜美子。女中としての基本においてはしっかりと「大久保イズム」を継承しつつも、喜美子特有の心の込め方で仕事がこなされている。今では荒木荘の人々は、喜美子の仕事ぶりを見て、きっとこう思ってくれていることだろう。“あんたにしかできひん”、と。


 草間と同じく、間違いなく大久保は喜美子の人生の師匠の一人であり、大久保もまた1人の努力の人だった。結婚して、子供4人を育て上げ、厳しい姑を看取ったりして、ひたすら家事に汗を流してきた。内職で弟の学費の半分を稼ぐこともあったという。そして、そんな大久保の力強さの裏には、深くて広い大久保のやさしさもまた感じられる。「お皿なんか磨いたら綺麗になるわ」と言っていた大久保だが、きっと大久保だって彼女なりの“心”をいろいろなところに込めているはずだ。喜美子が休みをもらった時には、おむすびを作ってくれたりして、そうした細やかな配慮には大久保の温かさがたしかにある。


 草間と大久保、2人の師匠は喜美子を一回りも、二回りも強くしてくれた。そして喜美子は2人の背中から、強さと同じくらい、あるいはそれ以上に大切なものも同時に吸収していった。これからの喜美子の人生の中で、ひょっとすると思わずめげそうになってしまうときがあるかもしれない。でも、そんなときには2人から教わったこと、2人の背中を思い出せば、きっと前を向けるはずだ。(國重駿平)