学生時代の授業に憂鬱な思い出がある人はいるだろうが、体育の授業がトラウマになっている人は特に多いのかもしれない。ガールズちゃんねるに10月29日、「一番嫌いな教科が体育だった人」というトピックが立った。
トピ主は、極度な運動音痴という。真面目に取り組んでいたにもかかわらず、体育教師から「真面目にやれ!」と怒鳴られた挙句、クラスメイトの目の前で「今のは悪い例な」とさらし者にされた辛い過去を吐露した。(文:石川祐介)
チーム競技は「足引っ張るし、陰口たたかれる」
スレッドには「ボールが怖くて無理だった。当たると痛いしあんなん凶器じゃん!」「走るのも遅いし体育は地獄だった」などと共感の声が相次いだ。
「持久走とかはまだ、個人種目だからいいけど、バスケとかはチーム競技だから、地獄でしかないよね。足引っ張ってしまうし、陰口たたかれるし」
「バレーが1番嫌だった。サーブが順番に回ってくるけど、そのサーブが真上に上がってネットを越えなくて『ドンマーィ……』って空気になるのが申し訳なかった」
球技で苦戦したという人は少なくない。球技は運動神経の差が顕著に出やすく、クラブチームで経験のある人もいるため、優れている人と同じ空間でプレーすると「足を引っ張っている」という気まずさや劣等感を覚えてしまう。
「運動会が1番嫌だった。大勢の保護者の前で見られるのが恥ずかしいし情け無いしで、雨が降れと小学生の頃から思ってた」
運動会では、衆人環視のもと自分が劣っている部分を見せなければいけないため、競技中は穴があったら入りたい心境になっていた人も少なくなさそうだ。
問題なのは「授業」そのものでなく「体育教師」?
体育の授業が嫌いなのではなく、体育教師が嫌いというコメントもあった。
「バスケは大嫌い。バスケ部と顧問ばかりが楽しそうにしてる授業。『部活してんじゃねーよ』と思ってた」
体育教師が授業中に醸し出す内輪感に辟易した人や、「体育の先生って、体育が嫌いな子や苦手な子に楽しさを教える感じじゃないもんね」と否定する声も。確かに、体育の授業は運動の楽しさを伝えるものではなく、運動ができる子供に優越感を与え、できない子供の自己肯定感を奪うだけの時間になっているケースもあるかもしれない。
「小中ではクラスの一軍って運動神経良い人ばっかだったね」
「体育が得意なアホらが正義みたいな感じで、生徒はみんなそっちに寄せられてしまい、みんな個性が無くなり頭までアホに寄らされた感じ」
小中学校では運動神経がクラス内のヒエラルキーに大きく影響するため、体育の授業を見直すだけで学校生活の楽しさが大きく変化する児童・生徒もいるのではないか。運動をしない子どもが問題視されているが、体育の授業にその要因が隠されているのかもしれない。