トップへ

『ジェミニマン』は映画史の分岐点に? 90年代から難航し続けたプロジェクトを実現させた最新技術

2019年11月02日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ジェミニマン』(c)2019 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

 現在公開中の映画『ジェミニマン』。この映画のタイトルを聞いて、感慨深くなる人はかなりの映画通と言えるでしょう。というのも、『ジェミニマン』映画化の企画は90年代に生まれたものの、ストーリーを再現するには技術が足りなさすぎるという理由で何度か見送られた作品です。その間、クリント・イーストウッドのために脚本が書かれたり、ニコラス・ケイジが主役に抜擢されたり降板したり、ジョニー・デップの名前が上がったりしてきました。しかし、やっぱり技術の未熟さがネックとなり先送りされ、今になってようやく劇場公開という運びになった、知る人ぞ知るハリウッド屈指の実現困難作だったわけです。


参考:初登場4位『ジェミニマン』 今や中国マネーはハリウッド・アクションの生命維持装置?


●今の技術だからこそ生まれた「ジュニア」
 当時では再現できなかった技術というのは、デジタルで再現するクローン俳優。主役となる俳優を若くしたクローンを登場させる必要があったのですが、『ジェミニマン』の企画が持ち上がった時の技術は、見るに耐えないレベルでした。2002年に公開された『スコーピオン・キング』のデジタル化されたドウェイン・ジョンソンを見れば、その当時の技術がどんなものだったのか理解してもらえると思います。


 昨今の映画では故人をデジタルで蘇らせることも珍しくありません。例えば、『ローグ・ワン』ではデジタル加工で若返ったレイア姫とターキンが登場しましたし、『ブレードランナー2049』にはオリジナル当時の姿のレイチェルが、本物と見紛うリアルさで登場しています。 今回のデジタル化したウィル・スミスは故人ではないので、今のウィルに演技をさせてデジタルで若返らせるという手段も使えました。しかし、本作では初めからウィルのデジタルモデルを作り、そこにウィルの演技を当て込むという、若返りよりも難しく、俳優を起用するよりも予算がかかるテクニックを使うことにしたのです。


 当然、これは大きな挑戦です。なにせ、ウィル・スミスは何十年にわたって銀幕で活躍しているため、私たちは彼の若かりし頃から今に至るまでの顔、そして表情の作り方も熟知しています。こんなに広く顔の知られた俳優を、説得力のあるデジタル俳優にするなんて不可能のようにも思われました。しかし、プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーは、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で本物そっくりなCGトラを作ったアン・リー監督にメガホンを託すことで実現させました。


●ポテンシャルを最大限発揮できる環境での視聴を
 本作は2Dで見るか、3Dで見るかで評価が大きく分かれるでしょう。私は、絶対に3D+ in HFR(ハイ・フレーム・レート)で上映できる映画館で見るべきだと思います。ストリーミングまで待ったり2Dで見ると、ガッカリする可能性が高いです。では、3Dだとそれなりに楽しいのか? そこはハッキリとYesとは言えません。しかし、この作品はプラス料金を支払ってでも3Dで、しかもin HFR上映で見るべきです。その理由を書いていきたいと思います。


 まず、『ジェミニマン』は間違いなく、今ある映画の中で最先端です。一般的な映画が1秒間に24フレームで撮影されている一方で、『ジェミニマン』の3D+は毎秒60フレームで今までの2.5倍。これで何が実現したのかというと、情報量が増え、今まで以上に見えまくってしまうようになりました。どれくらい見えるのかというと、毛穴までバッチリなレベルです。肌荒れや質感を化粧でごまかすことができなくなったため、俳優人は薄化粧での演技となり、撮影が始まる前までに徹底的なスキンケアを求められたほど。ウィル・スミスは、ひたすら水を飲んで、肌のコンディションを整えたと話していました。


 問題は毛穴だけではありません。昨今のアクション映画は、やたらとブラーと素早いカット割と効果音を組み合わせて、なんだかすごいことが起こっているようなごまかし演出が一般的になっていますが、常に挑戦的で革新的なアン・リー監督は、このアクションシーンも全て見せることにしたのです。アクションのすべてを見せることが、ごまかし系アクション映画と雲泥の差を産むのは、『ミッション・インポッシブル/フォールアウト』のトムの演技を見れば一目瞭然。今回はその「アクション全部見せ」を3Dカメラで、しかもハイ・フレーム・レートでやってのけたのです。


●3D + in ハイ・フレーム・レートで生まれる没入感
これまでの3D映画は、スクリーンは平面に見えていて、3Dのシーンになると画面からオブジェクトが飛び出てくるようになっていました。しかし、『ジェミニマン』の場合、俳優は常に飛び出ていて、背景に奥行きがあるように見えるのです。おそらく、両壁を含めた3方面に映像が映し出されるScreenXの存在を耳にした時に、多くの人が考えるであろう「没入感」を体験できるのが、本作『ジェミニマン』です。(実際のScreenXは両壁が明るくなってしまって没入感どころか映画に集中できないことがあります)。映画の中で起こっていることを、間近で「目撃する」感覚を味わうことができるのです。


●歴史の証人に
 デジタルで生まれた若き日のウィルに違和感がないとは言えません。生身の人間を見ることに慣れている私たちの目は、長時間見ているとデジタルモデルの「非人間味」を目敏く見つけてしまいます。しかし、『ジェミニマン』が今の映画テックの最高峰であり、この映画を踏まえて技術を進歩させていくのは間違いないでしょう。


 今後、映画は今以上に体験型になります。そうなると、『ジェミニマン』は、CGを初めて導入した映画『トロン』(1982年)や、CG映画の金字塔と言われる『ジュラシック・パーク』(1993年)、AIによる群衆シミュレーションをつかった『ワールド・ウォーZ』(2013年)といった作品同様、何かにつけて話題にのぼるでしょう。その時に『ジェミニマン』の何を指しているのか、何が悪く何が良かったのかを理解できているかは重要です。本作は単なる娯楽の粋を超えた、映画史を語る上で外せない分岐点映画となるはずなのです。それに、現時点では『ジェミニマン』以降、60、120フレーム上映作品は予定されていないので、こんな経験ができるのは最初で最後になるかもしれないのです。


 もちろん、娯楽の帝王ジェリー・ブラッカイマーがプロデュースしていることとあって、娯楽性もバッチリです。ブラッカイマーが考える娯楽性の高い作品とは、鑑賞中の2時間は頭を空っぽにして現実の煩わしさから解放してくれる作品です。作品として素晴らしいかどうかではなく、鑑賞した観客がどれくらい日常を忘れて没頭できるかに重点を置いているのです。『ジェミニマン』にも、ブラッカイマーのスピリットはしっかり入っています。


 見終わった後に複雑な気持ちになるかもしれません。私はなりました。しかし、見る前と見終わった後では、今後の映画に対する見方が変わったのを感じます。おそらく、『スター・ウォーズ』クラシック三部作をリアルタイムで劇場鑑賞した世代、『ジュラシック・パーク』をリアルタイムで劇場鑑賞した世代と表現されるように、将来的には『ジェミニマン』を3D + in HFRで劇場鑑賞した世代と言われる日が来るかもしれません。歴史の証人になるチャンスを逃す手はないでしょう。


■中川真知子
ライター。1981年生まれ。サンタモニカカレッジ映画学部卒業。好きなジャンルはホラー映画。尊敬する人はアーノルド・シュワルツェネッガー。GIZMODO JAPANで主に映画インタビューを担当。