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Kis-My-Ft2 北山宏光の“愛されるプレイヤー”としての資質 『ミリオンジョー』と主演舞台での挑戦

2019年10月30日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 ミステリードラマや心理サスペンスの定石のひとつに「主人公と観客は真実を知っているが、他の登場人物はそれを知らない」という構成がある。Kis-My-Ft2の北山宏光が主演を務める深夜ドラマ『ミリオンジョー』(テレビ東京系)はまさにそんな作品だ。


 主人公の呉井聡市は「週刊少年グローリー」の編集者。国民的人気漫画「ミリオンジョー」の作者・真加田恒夫(三浦誠己)を担当しているが、ある日真加田が急死してしまう。真加田からの「心臓が痛い」という電話を無視したことが彼の死に繋がったと自責の念に駆られる呉井は、真加田が遺した創作ノートを使い、自分たちで「ミリオンジョー」の連載を続けようと作画チーフアシスタントの寺師(萩原聖人)に提案。古くからの友人・岸本(深水元基)に頼み、真加田の死体を山に埋めた呉井と寺師は“ねつ造ミリオンジョー”の製作に着手するーー。


 冒頭から北山演じる呉井のチャラけぶりが凄い。プリンになった金髪スタイルによれよれのTシャツ、喋り方も姿勢もダルさ満載。担当作品「ミリオンジョー」への愛はなく、いかに手を抜いて仕事をするかを考えながら適当に生きている編集者。そんな絵に描いたようなチャラ男がなぜ「作者に成り代わって国民的漫画の連載を続ける」と決めたのか。そこにこのドラマのひとつの“軸”がある。


 その“軸”とは、呉井も少年時代は漫画家を目指し、挫折の末に編集者になったという経歴と、胸の深い部分に秘めた漫画へのアツい思い。真加田に成り代わって彼の作品を世に送り出そうとする呉井の根底にあるのは、金銭への執着や名声の渇望ではなく、真加田の死後に真剣に読んだ「ミリオンジョー」への尊敬の念とクリエイターとしての覚醒だ。この“軸”があるからこそ、視聴者はとんでもない手を使ってピンチを切り抜けていく呉井に気持ちを寄せてドラマに没頭できるのである。


 呉井役の北山はチャラくいい加減な面と、あきらめた夢に再び出会ったピュアな心の表現、ピンチに陥りながらも湧き出るアドレナリンを抑えきれない演技を的確に切り替えながら役を構築。俯瞰で見れば呉井はとんでもない人間であるものの、どこか憎めず、彼が窮地に追い込まれるたびに手に汗を握りながら応援してしまうのは、北山自身が宿す“愛され力”にも関係があると感じる。


 北山宏光は“愛されるプレイヤー”なのだ。


 特にそれを強く感じたのは2014年にオンエアされたドラマ『家族狩り』(TBS系)での演技。この作品で彼は主人公の元教え子で、電気工事の仕事に就く青年・鈴木渓徳を演じていたのだが、その何とも言えない明るい“後輩感”がドラマ全体に流れる暗く重い空気を引き上げていた。


 何度か直接取材をさせてもらったこともあるが、インタビュー時にはつねに自然体。まるで雑談のような自然なテンションで、作品や役に対しての真摯な想いや、スタッフ、共演者への尊敬の言葉を語り、誰に対してもオープンで変な壁がない。メディア関係者でも、彼の取材を楽しみにしている人間は多いと思う。


 また、1人でカンボジアへ旅に出ていたり、日本の演劇界で話題になり始めた頃、すでにニューヨークで『Sleep No More』を観ていたりと、毎度その視野の広さにも驚かされる。


 今秋、北山には大きな挑戦があった。


 それは約2年ぶりの主演舞台。彼が挑んだ『THE NETHER(ネザー)』は前作『あんちゃん』のように、日常的な会話や家族間の心情を描いたものではなく、設定は近未来。「NETHER」と呼ばれる仮想空間に作られたコミュニティで起きたある事案に対し、北山演じる捜査官・モリスが真相を突きとめようとするのだが、登場人物は男性4名(+少女役1名)のみ。さらにわずかな時間を除き、舞台上には演者2名しか登場しない。それぞれが言葉で相手を追いつめ、時に自らも追い詰められる緊迫したやり取りが続く濃密な会話劇だ。


 ダンスはもちろん、大きな動きさえほぼないこの作品で北山は膨大なせりふを語った。客席で観てまず驚いたのはその口跡の美しさ。ITや犯罪に関する専門用語の語りも明晰で、スっと意味がこちらに落ちてくる。聞けば本作の共演者で歌舞伎の舞台にも立つ中村梅雀に日本語の指導を受け、せりふをレコーダーに吹き込んでもらって、言葉の抑揚等を勉強したという。こういう北山の役に対する真摯な姿勢が現場のスタッフにも共演者にも“愛される”要因のひとつだ。


 ドラマ『ミリオンジョー』はまだ序盤ながら、毎回大きな波が呉井を襲う。真加田の熱狂的支持者である「週刊少年グローリー」の副編集長・左子(津田寛治)は何かを疑っているようだし、真加田と結婚するために漫画家になった森秋(今泉佑唯)の動きも気になる。さらに、死体を埋める際にヘルプを頼んだ岸本は真加田の指を切り取って冷蔵庫に保管し、なにかを企んでいる様相。運命共同体である寺師も精神的に疲弊しており、どこまで頼れるのかわからない。


 果たして呉井と寺師はいつまで周囲の人々、そして読者を欺き「ミリオンジョー」の連載を続けられるのか。「主人公と観客は真実を知っているが、他の登場人物はそれを知らない」……この心理サスペンスの定石を愉しみつつ、手に汗を握りながら、北山宏光が魅せる振り幅の大きい演技にも注目していきたい。(文=上村由紀子)