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春野、歩く人、蜂屋ななし……ボカロPによるインスト&英語詞が印象的な楽曲

2019年10月29日 14:41  リアルサウンド

リアルサウンド

春野『CULT』

 ボカロ楽曲と耳にした際に一般的に思い浮かべるのは、初音ミクを中心としたボーカロイドが歌唱する、ロックを追求するような電子音楽だろう。しかし、想像以上にボカロの音楽性は多彩であり、ボーカロイドジャズ=ボカジャズや、ボーカロイドとHIPHOPを融合したジャンルである、ミックホップ、さらには、歌詞のほとんどないフューチャーベースなどが存在している。それだけ多くのサウンドがあるボカロシーンでは、音楽プロデューサーとしての手腕を振るうボカロPも数多く存在する。そのなかでも今回は、洒脱なインストルメントと、英詞を綴った楽曲を公開している、ボカロP3名の作品を順にピックアップ。ベッドルームミュージックとして以下に紹介する楽曲群を、眠る横に置いてみてはいかがだろうか。


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●春野
 初の殿堂入りを達成した4作目「深昏睡」のセルフカバーの公開を機に、シンガーソングライターとしての活動も始動した春野。8月21日にタワーレコード新宿店、渋谷店、オンライン限定販売でリリースした1st EP『CULT』は好評につき、10月から販売店舗を拡大したばかり。インストルメント楽曲「when u were there」のよれたビートは、ローファイヒップホップそのもの。この楽曲に一定の安心感があるのは、故意に音を抜くテクニックが、余裕のある印象を与えているからだ。途中から味付けされていくように加わっていく弦楽器の音色からは、春野の遊び心を読み取ることができるとともに、彼がクラシックミュージックにも影響を受けていると予測することも可能。


 2019年7月23日に公開した「summer」の秋編となる「september」は、英詞を綴ったナンバー。決して重低音すぎない、レイドバックなビートに、トラップ要素を取り入れることで引き立っているのは、シンプルなサウンドとしての存在感。特筆すべき点は、チルなサウンドと音全体を優しく包み込む春野の歌声の同居によって、より、ベッドルームミュージックに近い心地よさが生まれていること。できることなら、夕暮れ時の海を背景にして、聴きたいところ。


●歩く人
 生活感の漂う音楽を前提として、浮遊感のある楽曲を多く生み出しているボカロP・歩く人。9月にリリースした「MADE IN KITCHEN」は、ギタリスト・166と組んだユニット・THE LIQUID RAYによるもの。シチューを煮込む音や包丁で野菜を刻む音、冷蔵庫の開閉音など、いかにも、MVのイラストから聞こえてきそうな現実音のサンプルとアコースティカルなメロディを取り入れることで、生活感の滲み出た作品となっている。そんな曲全体の雰囲気を爽快にしているのは、風の吹け抜けていく様を感じる、流麗な女性の歌声。いまにも現実に飛び出してきそうな世界観に、想像が広がるばかり。


 歩く人として、2017年8月5日に公開した「水色照明 / 初音ミク」の英語版「aqua illumination」。MVに描かれているのは、ひとりの少女が魚の泳ぐ渋谷の街を観察しているイラスト。水族館にある水槽のなかでBGMが流れているとしたら、このような音が流れているのではないかと思わされるサウンドだ。進むために勢いよく水を切る魚の動作を受けて鳴る、水泡音の主張の強さには、自然音を取り入れる彼のスタンスが全面に押し出されている。無縁な世界の設定でありながらも、現実にありふれている音を用いることによって、日常にほど近いナンバーに。


●蜂屋ななし
 蜂屋ななしは、和とロックを掛け合わせてみては、クラシック、ジャズを取り入れるなど、曲幅の広いボカロP。「Nightmare」は、恐怖を与えるサウンドメイクを施したインストルメントだ。不協和音の後から重なる正常なピアノの音が、一瞬、安心をもたらすが、その音も徐々に不協和音へと変わるにつれ、最終的には不穏な終わりを迎える結末。随所に取り込んだルナティックなサンプル音も、緊張をはらんだ空気にうまく結びついている。


 歌い手・宮下遊のアルバム『青に歩く』でもカバーされている楽曲「Fading ghost」の初音ミク歌唱版。ピアノの音色を重ねて構成しているサウンドが、サビに入ると、その音を残しつつも、バンドサウンド色の強い、派手な音へと変わったり、大サビ前の間奏部分では、ダブステップ要素が加わったりと、センチメンタルな歌詞であるにも関わらず、どこか悲劇的な印象を受ける。英詞から日本語詞の切り替わりのほか、曲調自体が大きく表情を変える1曲だ。


 インストルメントや英詞の楽曲は、広くリスナーに響く、ジャンルの垣根を超えた作品と言える。このような、音の世界に十分に浸ることのできる音楽は、この先も、新たに誕生するだろう。そして、ありふれた日常を彩ってくれるはずだ。(小町碧音)