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居酒屋で部下を殴っても「パワハラ」じゃないのか…批判集中の厚労省指針素案を分析

2019年10月26日 10:32  弁護士ドットコム

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厚労省は、職場におけるパワハラ防止のための指針の素案(https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000559314.pdf)を労働政策審議会に示した。これに対して、日本労働弁護団などから、「パワハラの範囲を矮小化し、労働者の救済を阻害する」と批判の声があがっている。


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指針では、職場におけるパワハラについて、「職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした言動であって、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、(3)労働者の就業環境が害されるものであり、(1)から(3)までの要素を全て満たすもの」と定義したうえで、ポイントをまとめている。



さらに、パワハラに該当する例、しない例を明らかにしている。



今回の指針については、様々な批判もあるが、何が問題なのか。笠置裕亮弁護士 に聞いた。



●パワハラの現場が「職場」でない場合はどうなるのか

最大の問題点は、パワハラに当たるとされる範囲を過度に狭くとらえている点です。



例えば、2012年3月に厚労省が発表したパワハラの定義は、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」というものでした。



ここには、今回の指針案で入った「職場において行われる」という一節は書かれていません。今回の指針案では、「職場」=「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所。当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、『職場』に含まれる」という注意書きまで添えられています。



そうなると、上司が部下を殴ったとしても、例えば現場が職場ではなく居酒屋であったというだけで、指針で定めるパワハラには該当しないと判断されてしまう可能性が出てきます。これは指針の中では、そのような誤解を与えないよう、「職場において行われる」という文言を削除するべきです。



●「優越的な関係」をあまりに狭く解釈している

他にも、指針案のパワハラの定義のうち、(1)「優越的な関係…」の部分も問題です。今回の指針案では、「優越的な関係」=「抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係」と新たに規定し、とても狭く解釈させようとしています。



つまり、人間関係的に、「抵抗できない」「拒絶できない」、そうなる蓋然性の高い関係であると言えなければ、たとえ上司から部下がひどいことをされても、それはパワハラではないとされてしまいます。



実際の事件でも、パワハラの加害者である上司が「素直に自分の指導を聞いていると思っていた。まさかパワハラだと言われるなんて…」などと言い訳をすることがよくあります。いくらひどいことをされても、「それは抵抗できたんじゃないの?」と言われてしまえば、そもそもパワハラにさえ当たらなくなるというのは、いかにも不合理ではないでしょうか。



●労働者の行動に問題があれば、指導・叱責はパワハラに該当しなくなるのか

また、指針案では、(2)「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかの判断について、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」としています。



これは、労働者の行動の問題性が高ければ、指導・叱責がパワハラに該当しなくなるかのように読めます。



しかし、いかに部下の行動に問題があったからといって、上司が殴ってもOKということにはならないでしょう。裁判例でも、例えば度重なるミスや出社前の飲酒という問題行動に対する叱責であっても、叱責の内容如何によってはパワハラと認められています。



即刻削除すべきでしょう。



●「パワハラに当たらない例」は奇妙なものばかり

さらに、指針案の中ではパワハラをとても狭くとらえているがために、「パワハラに当たらない例」として挙げられている具体例は、とても奇妙なものとなっています。



例えば、「過少な要求」の項では、「経営上の理由により、一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせること」が、パワハラではないとされています。



実際のリストラでは、長年事務職のデスクワークに就いてきた方に対し、延々とコピー取りをさせたり、手で草むしりをやらせたりするといった事案がよく見られますが、経営者は嫌がらせ目的を持っていたとしても、本当のことを言うはずがありません。



「経営上の理由です」「いずれは他の業務に就かせるかもしれません」と言い訳されれば、このような業務命令がパワハラには当たらないということになってしまいかねません。



他にもたくさんの問題がありますが、このような指針案が正式に採用されてしまうと、パワハラ被害の救済がますます進まないということになりかねません。速やかに見直しを検討するべきです。




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働時間規制と過労死」(労働法律旬報1831・32号61頁)、「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)など。

事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/