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岡田有希子、竹内まりやとのタッグの変遷 時代超えるティーンエイジポップスとしてのみずみずしさ

2019年10月26日 08:11  リアルサウンド

リアルサウンド

岡田有希子『岡田有希子 Mariya's Songbook』

 1986年4月8日のことはよく覚えている。当時私は中学2年生。夕方、駅の売店の新聞広告に岡田有希子の名があったものの、友達と「同姓同名の別人じゃない?」と話して通りすぎた。それほど、にわかには信じがたかったのだ。


(関連:『岡田有希子 Mariya’s Songbook』試聴はこちら


 1986年1月には『くちびるNetwork』が1位を獲得したばかり。岡田有希子というアイドルは華々しい立ち位置にいた。


 1986年5月14日に発売される予定だった、かしぶち哲郎作詞作曲編曲による「花のイマージュ」は発売中止となる。世に出るのは、1999年の『メモリアルBOX』まで待つことになった。後年聴く「花のイマージュ」には、岡田有希子の可憐さとともに、憂い、翳りといった要素もあり、かしぶち哲郎の耽美的な作風ととても合っていた。


 では、岡田有希子という歌手と、他の作家の相性はどうだったのか? 竹内まりやが岡田有希子に提供した全楽曲を収録したアルバム『岡田有希子 Mariya’s Songbook』がリリースされた。収録されたのは、作詞のみを手がけた2曲を含む全11曲。


 竹内まりやは、ニューアルバム『Turntable』に、岡田有希子に提供した「ファースト・デイト」「憧れ」「恋、はじめまして」のセルフカバーを収録した。『MUSIC MAGAZINE』2019年10月号での小倉エージによるインタビューで竹内まりやは、岡田有希子の熱いファンたちからの「あの楽曲たちを埋もらせないでほしい」という声が常にあったことを明かしている。


 発表からすでに30年以上の歳月が流れた、竹内まりやが岡田有希子に書いたティーンエイジポップスたち。以下、『岡田有希子 Mariya’s Songbook』を聴いていこう。


 1984年の岡田有希子のデビューは、竹内まりや作詞作曲のシングル曲「ファースト・デイト」によるものだった。〈誰にも優しい あなたのことだから〉という歌詞は、クラスで目立たない少女を主人公にしつつ、戸惑いと喜びと恥じらいを重層的に描きだす。アンニュイなメロディも美しい。作家としての竹内まりやの才能が十二分に発揮された楽曲であり、岡田有希子は初々しくもしっかりと歌いあげる。竹内まりやもコーラスに参加しており、その歌声は当時16歳の岡田有希子を支えるかのようだ。物語の始まりにして、この段階で完璧だった。


 デビューからシングル3枚のA面はすべて竹内まりやによるものである。1984年の2ndシングル『リトルプリンセス』は、オールディーズな雰囲気も醸しだしつつ、歌詞では〈恋人気取りの私達〉と絶妙な距離感を描く。繊細にして伸びやかな歌声も魅力的だ。


 1984年の1stアルバム『シンデレラ』からは、「さよなら・夏休み」「憧れ」を収録。「さよなら・夏休み」は、ストリングスやコーラスとともにドリーミーに夏の終わりを歌う。それに対して「憧れ」は、アンニュイさが印象的だ。ストリングス、そして竹内まりやも参加したコーラスが、テニスコートの片想いを鮮やかに浮きあがらせる。


 1984年の3rdシングル「‐Dreaming Girl‐ 恋、はじめまして」(『岡田有希子 Mariya’s Songbook』では「恋、はじめまして」)は、〈ママの選ぶドレスは 似合わない年頃よ〉という歌詞で始まる。ほんの1行で主人公の設定を説明してしまう、竹内まりやのソングライターとしての手腕にうならされる。B面の「気まぐれTeenage Love」は、岡田有希子の歌声が昂揚感をもたらし、A面に勝るとも劣らないクオリティだ。


 1985年の『哀しい予感』は6枚目のシングル。これまで以上にシリアスな楽曲で、エレキギターも響く。「哀しい予感」とは別れの予感のことであり、竹内まりやが描く少女像も徐々に大人びていく。B面の「恋人たちのカレンダー」では、レゲエのリズムに乗せて、恋人との出会いから現在までが歌われる。岡田有希子の甘く艶っぽい歌唱は、『岡田有希子 Mariya’s Songbook』でも異彩を放つものだ。チャーミングにして技術的なレベルも高い。


 「ペナルティ」は、1985年の3rdアルバム『十月の人魚』収録曲。「ペナルティ」とは、浮気のペナルティを意味する。竹内まりやが岡田有希子に書く歌詞は、さらに大人びていき、岡田有希子の歌声もさらに新しい表情を見せている。「ペナルティ」は竹内まりや作詞、杉真理作曲、松任谷正隆編曲という作家陣による楽曲だが、同じ布陣で制作されているのが、7枚目のシングル『Love Fair』のB面「二人のブルー・トレイン」。親に嘘をついて彼氏と旅行に出る歌だ。その状況を〈時計を見ながら あの娘のおうちへ/ママが電話する頃ね〉という歌詞で描写するのは、さすが竹内まりや。


 『岡田有希子 Mariya’s Songbook』は、時系列で楽曲が収録されているが、唯一最後の「ロンサム・シーズン」のみが異なっている。前述の『十月の人魚』の収録曲で、竹内まりやが岡田有希子のために作詞作曲の両方を手がけた最後の楽曲だ。過ぎ去っていく季節、失われた恋。岡田有希子の歌声の甘い感傷が、『岡田有希子 Mariya’s Songbook』の最後を飾る。


 『岡田有希子 Mariya’s Songbook』に収録された楽曲群は、30年以上を経てなおティーンエイジポップとしてのみずみずしさを失わない。荻田光雄、大村雅朗、清水信之、松任谷正隆といった一流アレンジャーたちが、岡田有希子と竹内まりやのコラボレーションをさらに魅力的なものにした。


 竹内まりやの1984年の『VARIETY』収録曲である「プラスティック・ラブ」が、海外で再評価されている動きはご存知の読者も多いだろう。そして、「プラスティック・ラブ」と同時期の楽曲群である『岡田有希子 Mariya’s Songbook』収録曲もまた、強度の高い普遍性をたたえている。編集盤だが、「30年封印されていたシティポップの名盤」と言っても通用してしまうだろう。ともすれば、先入観なく正当な評価をするのは海外のリスナーなのではないか、と思うほどなのだ。(宗像明将)