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「長時間労働の撲滅につながる」 平均130h残業、未発症でも慰謝料のレア判決

2019年10月22日 10:41  弁護士ドットコム

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病気になっていなくても、長時間労働だったことを理由に慰謝料が認められたとして、長崎地裁大村支部(宮川広臣裁判長)で下された労働事件の判決(9月26日付け)が注目されている。


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この訴訟は、長崎県内の製麺会社で働いていた男性社員が未払い残業代などを求めていたもの。裁判所は、長期間にわたって月100時間を超えるといった長時間残業が続いていたことから、会社に安全配慮義務違反があるなどとして、30万円の慰謝料を認定した。



同様の事例としては、月80時間超の残業が続いたことで30万円の慰謝料を認めた「無州事件(東京地裁平成28年5月30日判決)」がある。しかし、具体的な疾患がないのに慰謝料が認められるのは、まだ珍しいケースだという。



事件を担当した中川拓弁護士は、「裁判例が増えていけば、長時間労働の撲滅につながるのではないか」と期待を口にする。



会社側が控訴したため、今後は高裁で争われる。確定すれば、労働者側にとっては大きな武器になるかもしれない。



●過労死ライン超が2年間続く

判決によると、男性の就業時間は9時~17時まで(うち休憩80分)。1日の所定労働時間は6時間40分だったが、実際には長時間残業が常態化していた。



月の残業時間(法定時間外労働:1日8時間、1週40時間を超える部分)は2015年6月~2017年6月までの25回のうち、すべてで「過労死ライン」の80時間を上回っており、100時間を切ったのも2回だけしかなかった。



最長は約160時間、最短は約95時間。中央値と平均値はともに約130時間だった。





●2年間の長時間残業を「人格的利益の侵害」と認定

男性側の慰謝料請求に対し、会社側は主として(1)過労死をするような過酷な稼働状況にはなかった、(2)健康状態などについて必要な配慮は尽くしていた、(3)長時間労働のみで不法行為は構成されないーーと反論していた。



裁判所の判断は、男性が長時間残業しているのに会社が改善指導などをしなかったのは「安全配慮義務違反」に当たるというものだ。



しかし、そのことで男性に損害はあったといえるのか。男性は体調不良で病院にかかったものの、医師からは業務との関係は不明と診断されていた。



この点について裁判所は、仕事が原因で体調を崩したというには医学的根拠が欠けているとしつつ、次のように判示している。



「結果的に原告が具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても、被告は、安全配慮義務を怠り、2年余にわたり、原告を心身の不調を来す危険があるような長時間労働に従事させたのであるから、原告の人格的利益を侵害したものといえる」



そのうえで、精神的苦痛の慰謝料として、30万円と弁護士費用3万円を認めた。



●残業規制で「過労死ライン」が慰謝料の目安に?

2019年4月から、「単月100時間、複数月平均80時間」という残業の上限規制が大企業で始まっている。2020年4月からは中小企業も対象になる。





中川弁護士は、「裁判所も残業規制を意識していると感じました。法律がなかった時代の出来事でもアウトになったのだから、今後は規制を超えた違法な残業が長期間続くと、慰謝料が認められるという傾向が強まるのでは」と分析している。



●付加金も認められる

この裁判では、未払い残業代の支払いも求めている。



判決によると、会社側もタイムカードの記載にはほとんど異論がなかったようだ。しかし、(a)男性が意図的にタイムカードの打刻時間を引き延ばしていた、(b)男性の作業が遅かった、(c)作業が終わっても最後まで残っていたーーなどと主張していた。



また、会社側は、男性に支給されていた「職務手当」は、朝夕に発生する計1時間半の残業の1カ月分に相当する「固定残業代」だとしていた。



しかし、いずれの主張も退けられた。会社には冒頭で紹介した慰謝料30万円のほか、未払い残業代として約290万円(遅延損害金を含む)、悪質性などに応じて認められる「付加金」として約160万円の支払いが命じられた。



なお、判決によると、男性が会社をやめたのは2017年6月。決意のきっかけは、電通1年目の高橋まつりさん(当時24歳)の過労死だった。2016年10月の公表以来、多くのメディアで過労死についての特集が組まれ、自身の労働環境に不安を持ったのだという。