2019年10月19日 09:51 弁護士ドットコム
養育費の不払いに悩む人が、後を絶ちません。今年5月には、債権の差し押さえがしやすくなる「改正民事執行法」が成立しましたが、この制度によって養育費の「逃げ得」はなくなるのでしょうか。
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改正のポイントは、相手の預貯金(口座情報)や勤務先を関連機関から取得しやすくなることです。制度の変更点を整理します。(ライター:塚田理恵/監修:木下貴子弁護士)
1つ目が「情報提供命令手続の新設」です。
銀行の本店に照会することで、預金の有無、取扱店舗、預金の種類、残高の回答をしてもらえることになりました。
現在(改正前)も調停証書や、条件を満たす公正証書で定められた未払い養育費は差し押さえることができますが、どこの何を差し押さえるのかは自分で調べて裁判所に提示する必要がありました。
そのため、銀行や口座を特定することに多大なる負担があったのです。
2020年春にも施行されれば、「○○銀行に債務者の口座があるか調べてほしい」と裁判所に申し出ることで、裁判所から銀行本店に口座の有無や預金額など、必要な情報の照会をかけ、銀行はこれに回答することになります。
具体的な手順はまだ公表されていませんが、一括で多数の銀行への調査依頼をかけることができるようになれば、申請する側の負担は大きく軽減されます。
財産開示手続の開示拒否・虚偽の制裁強化が、2つ目のポイントです。
現在の制裁は、30万円以下の過料となっています。「過料」は、行政罰であって刑罰ではないので、前科になりません。払わないとき、当局が強制的な回収をすることはありますが、身体拘束されることはありません。この制裁が強化され、「6月以下の懲役または50万円以下の罰金」の刑罰になります。
懲役の可能性もありますし、罰金でも払わないときには、労働で支払わせる「労役場留置」のための身体拘束がありえ、前科となります。相当な抑止力になるのではないでしょうか。
子どもの親に前科を課したいかどうかは微妙なところですが、いずれにしろ、開示を求められた時、無視をしたり、虚偽の回答をすることは難しくなります。
市町村・年金機構等に対する給与支払者の情報提供命令手続の新設も定められました。
債務者の納税情報から、勤務先となる納税元が開示されるとのこと。開示された情報の給与が、そのまま差し押さえをかける対象になります。
市町村は住民税(市町村民税・都道府県民税)の徴収のために給料支払者を知っていますし、日本年金機構(公務員や私立学校職員のときは共済組合)も、厚生年金の徴収のために、給料支払者の住所と名称を把握しています。
養育費の差し押さえ対象の一つに、相手の勤務する会社の給与という選択肢があります。給与の1/2の額までを差し押さえることができ、また勤務先に養育費未払いが知られるという心理的背景からも、有効な差し押さえ先だと思います。
しかし、自らオープンにしている場合を除き、個人の勤務先を知ることは容易ではありません。こうした情報を得ることができれば鬼に金棒とも言えるでしょう。
なお、養育費問題に詳しい木下貴子弁護士は「預貯金や給料支払者の情報を隠しても、結局見つかって差押えられるため、自主的に養育費が支払われることが期待できます」と改正を評しています。
しかし「市町村・日本年金機構への情報提供命令の手続きをするには、先に財産開示手続きを利用しなければいけません。その点の手続きの手間が課題となるでしょう」とも指摘しました。
最後になりますが、この記事を書く私も養育費の未払いに悩んだ一人です。その顛末はこの記事(「実録・養育費7年戦争 夫の再婚で支払いストップ、差押えまでのイバラの道」https://www.bengo4.com/c_3/n_8760/ )でまとめました。
養育費の取り決めをせずに離婚しているカップルが多いことや、依然として回収側に負担が多く、債務者が自営業者である場合には困難があることなど、まだ課題は残されています。さらなる改正で、養育費未払いを許容せず、子どもにワンストップで養育費が届く社会になることを切に願います。
【取材協力弁護士】
木下 貴子(きのした・たかこ)弁護士
離婚・親権・養育費の分野で1000件以上の案件を扱う。「離婚後の親子関係の援助について」「養育費」をテーマに講演。離婚調停での「話し方」アドバイスブックはこれまでに1万人以上が利用している。著書「離婚調停は話し方で変わる」「離婚回避・夫婦関係修復につなげる話し方の技術」がAmazon法律部門他ランキング第1位獲得。
事務所名:多治見ききょう法律事務所
事務所URL:https://tajimi-law.com