「10年近く前から住んでいます。上層階にある部屋で1憶円以上しました。川が近くであることは当時から念頭に置いていたが、まさか台風の被害に遭うとは思わなかったです」
10月中旬に日本列島を襲った台風19号。千曲川(長野県)や那珂川(茨城県)などで決壊が相次ぎ、住む家を奪われた人も多い。一方、ネット上では一見安全そうに見える首都圏のタワーマンションに住んでいながら、生活の危機に面した住民にスポットが当てられている。
キャリコネニュース編集部では、とある居住者に当時の状況を聞いた。
「排水作業をするので、可能な人は手伝ってください」
9月に千葉県を中心に甚大な被害を出した台風15号の時は特に被害はなかった。だが、マンションの管理組合では、他のマンションと比べて低い土地に建っていることから、夏頃から止水板の導入を検討しており、まさにその最中に台風19号が襲来した。「あともう少し早ければ、こんな事態にはならなかったかも」と思わずにはいられないという。
そして、台風19号が関東地方に最接近した12日の夕方、管理組合から
「排水作業をするので、可能な人は手伝ってください」
と通達があり、電源設備のある地下3階や、地下駐車場への入り口がある1階で土のう積みを手伝った。そのときは靴底の1~2センチくらいが水に浸るくらいで、午後10時すぎに「もう大丈夫」と言われ、一安心して部屋に帰った。他の住民も一安心して共用風呂でくつろぐ姿もあった。
だが、その1時間後にトイレの水が流れなくなった。午後11時半には、照明がカチカチと点滅を繰り返し、「もうダメだ」と思ったという。
暗闇の非常階段を行き来する70代住民の姿も 「みんな疲れ切った表情」
翌朝、起きてみると、停電して照明もつかない状況だった。外に出ようと思ったが、当然エレベーターは使えないので、真っ暗の非常階段を上層階から1階まで降りることになる。途中では、階段を行き来する70代の住民の姿も見かけた。
当初、共用スペースのホワイトボードには「しばらくの間、復旧しません」とだけ書いてあったが、復旧する気配がない。一旦外に避難していたが、仕方なく部屋に戻るため、数十階もの階段を登った。通気性が悪く、ジメジメした非常階段。すれ違う住民はみんな疲れ切った表情をしていた。
友人から送られてきたデリカシーに欠けるメッセージ
1階の部屋も含めて浸水はなく、部屋の中は台風前から変わっていなかった。なのに、電気と排水設備が使えない。居住者としても「もどかしい気持ち」を抱えているという。
ネット上では、共用スペースのホワイトボードに書かれた「原則、住戸のトイレは水を流さないでください(地下であふれる)」に注目して、面白がる投稿が後を絶たない。中には、マンション周辺の路上に多摩川から流れ出た泥が付着している写真を添えて「ウンコまみれ」などと揶揄した投稿も。こうした事態について、
「実際には何も臭わないのに。武蔵小杉の風評被害に繋がりかねない」
と警鐘を鳴らす。仕舞いには「ウンコ禁止令」などと話題になり始めただけでなく、友人から「ウンコ禁止って本当ですか?」などとデリカシーに欠けるメッセージが届いているという。
また、テレビ局を始めとしたマスコミ陣もマンション前に殺到。通行人も立ち止まり、マンションを見上げてくる。停電で玄関のセキュリティーが機能しないのをいいことに、深夜に廊下を徘徊する野次馬まで現れており、住民はみんな不安がっているという。
「いつ戻れるか分からない」「台風来るたびにおびえる」
階段を登るのが大変な上層階では、多くの住民が避難したが、下層階には今も住んでいる人が多い。住民たちからは火災保険の適用や罹災証明書の発行可否を心配する声や、
「いつ戻れるかも分からない」
「また台風が来るたびにおびえなきゃいけない」
といった声が出ているという。
今回取材を受けた居住者は「住民同士が『協力してやっていこう』としている中、ネットでは上層階と下層階の対立を煽るような書かれ方をして心にダメージを負う部分もある」と語っていた。現在、精神衛生を保つためにあまりネットを見ないようにしているという。
居住者の中には不安やストレスからか体調を崩す人まで出てきているというが、一向に復旧のめどが立たない。それどころか、ネットやマスコミの面白がった投稿は日々勢いを増すばかりだ。
「インフラ停止で生活ができないだけでなく、過激なマスコミやネット上の心ない投稿に追い打ちをかけられている」
と頭を抱えていた。