2019年10月16日 10:31 弁護士ドットコム
部下や後輩を指導したら、パワハラだと言われてしまった…。そんなお悩みの相談が弁護士ドットコムにも複数、寄せられています。
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病院に勤務し、指導的立場にあるというある相談者は、「消毒行為が必要な際に、消毒液を準備しなかったことを注意しただけでも、不服に思うスタッフも多くいます」として、スタッフからパワハラと訴えられられないよう、どう対策したらよいか、と尋ねています。
また、別の相談者は、顧客先で部下の対応の不備を指摘されたため、後日に会社で注意と指導をしたところ、部下から逆に「自分の行動は合っている筈です。課長の指摘は常に合っているのですか? 一方的な指導はパワハラですよ」と他の社員が多数いるところで騒がれてしまったそうです。
部下は「その時に指摘せずに、後日に指摘するのもパワハラ」とも言ったそうで、相談者は部下を「逆パワハラ」や名誉毀損で訴えることは可能か、と聞いています。
果たして、「指導」と「パワハラ」の線引きはどこにあるのでしょうか。竹花元弁護士に聞きました。
パワハラとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」をいいます。
これまでパワハラを定義づける法律はありませんでしたが、今年成立した改正労働施策総合推進法(いわゆる「パワハラ防止法」)により定められました。
パワハラ該当性は、 (A)優越的な関係を背景とし (B)業務上必要かつ相当な範囲を超え (C)就業環境を害する という3つの要件を満たすかにより判断されます。
上司と部下の関係には「優位性」が認められるので、上司から部下に対する『暴行』や『脅迫』がパワハラに当たることは争いがありません。そこに業務上の必要性が認められることはないからです。
他方、部下に対する『指導』については、パワハラとの線引きが難しい場合があります。一般に業務おいて上司から部下に対する指導は必要不可欠です。この指導が業務上必要かつ相当であれば問題ないのですが、業務上必要かつ相当な範囲を超える場合にはパワハラに当たります。
指導が業務上必要かつ相当といえるかは、 (1)行為のなされた状況 (2)行為者の意図 (3)その行為の態様 (4)行為者の職務上の地位・年齢 (5)両者のそれまでの関係 (6)当該言動の行われた場所 (7)その言動の反復・継続性 (8)被害者の対応 (9)他者との共謀関係 (10)周囲への影響 などを考慮して判断されると考えられています。
適正な指導と違法なパワハラの線引きは微妙な場合があり、そのときは上記の(1)~(10)の要素を考慮してケースバイケースに判断せざるを得ません。
ただし、パワハラに該当しやすい指導には以下のような特徴があります。特に上司は指導の際に意識しておくとよいと思われます。
(i) 人格やキャリアを否定する言葉を使った指導
「バカ」「アホ」など指導と関係のない人格を否定する発言はパワハラに該当します。「何年この仕事をやっているんだ」「こんなこと新人でもできる」というようなキャリアを否定する発言もパワハラに該当する可能性が高いと言えます。
(ii) 部下や同僚の前で見せしめのように行う指導
特に、強い指導(叱責など)の場合には、部下の立場を考えてできる限り部下や同僚の前で行わない配慮が必要です。人前での叱責は、同僚や部下に見られることで自尊心を必要以上に傷つける、見ている周囲にも不快感を与えて就労環境が悪化するという2つの意味で問題があります。メールによる指導で不要なCCをつけて送る行為にも同様の問題があります。
(iii) 具体的な問題点の指摘と改善方法の示唆を与えない指導
指導には目的があるはずなので、その目的を達成するために、具体的な問題点の指摘と改善方法の示唆を与えることを意識してください。これを意識しない指導は上司の自己満足であり、業務上の必要性が低く、結果的にパワハラに当たる可能性が高まります。
改善方法はあえて示唆せずに考えさせることもありえ、それ自体が問題というわけではありませんが、指導する側が意識することは必要でしょう。
(iv) 長時間の指導
上記(iii)を意識した指導を行い、結果的に指導が長時間に渡ることもあるので、長時間の指導が一概にパワハラに当たるわけではありません。しかし、一般的に、指導が長時間であることは(たとえば、1~2時間に渡る指導)、必要かつ相当な範囲を超えておりパワハラに該当する可能性が高まります。
指導する側が本当にそれだけの時間をかけるだけの指導内容であるかを指導する側が自問自答する必要があるでしょう。
パワハラには「優位性」があることが必要です。優位性は上司から部下に対して有する場合が多いのですが、部下が上司に対して有意性を持てる(作り出せる)場合があります。それゆえ、部下から上司に対するパワハラ(いわゆる「逆パワハラ」)も成立します。
部下の持つ優位性の中には、事業所内外の人脈の活用(たとえば、勤務期間が長い部下が社内での人脈を使い、勤務期間の短い上司の悪評を職場に流す)、企業施設の操作ノウハウ(たとえば、社内のイントラネット管理を行っている部下が特定の上司に情報提供をしない)など多様です。
部下から上司に対するパワハラが成立することについては、裁判例でも、部下の中傷ビラ等によるうつ病自殺につき労災適用を認めた事件(国・渋谷労基署長事件・東京地判平成21年5月20日労経速2045号3頁)などが参考になります。
また、厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」(いわゆる「円卓会議報告」。平成24年1月30日)も、「パワーハラスメントという言葉は、上司から部下へのいじめ・嫌がらせを指して使われる場合が多い。しかし、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して行われるものもあり、こうした行為も職場のパワーハラスメントに含める必要がある」と述べています。
部下が結託して事実無根の「パワハラ」を訴えるなどしたら、それ自体が部下から上司に対するパワハラに該当する場合があります。
部下から心当たりのないことでパワハラと訴えられた場合に、その反証は困難です。「していないことの証明」はできないからです。
しかし、本来、パワハラの立証は被害者が行うのが原則ですから(それゆえ、パワハラの立証では被害者がとった録音をとっていることが決め手になる場合が多いです。)、事実無根であればパワハラが認定されることは本来ありません。
しかし、現実的には、一方当事者の訴えを根拠に、客観的な証拠がなくても、パワハラが認定され処分を受けるケースもあるのが実情です。
対策としては、部下との関係で困っていることがあったら、こまめに同僚や上司に相談して、情報を共有しておくことが有用です。このようなこまめな相談は、上司から部下に対するパワハラの対策としても有効です。
部下から上司に対するパワハラも成立することが認識され、上司の立場であってもパワハラ被害を相談してもよいのだという意識が広がることも大切だと思われます。
【取材協力弁護士】
竹花 元(たけはな・はじめ)弁護士
法律事務所アルシエンのパートナー。労働法関連の事案を企業側・個人側を問わず扱い、交渉・訴訟・労働審判・団体交渉の経験多数。人事労務や会社法務の経験を生かして、企業向けハラスメント防止セミナーやM&Aの法務デューデリジェンスも行う。東証一部上場企業・東証二部上場企業・医療法人・ベンチャー企業など、多くの業種・規模の企業で法律顧問を務める。労働法に関する書籍を20冊執筆。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp