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『天才たちの頭の中』監督が語る、デビッド・ボウイら偉人107人から得た“クリエイティブ”のヒント

2019年10月12日 12:12  リアルサウンド

リアルサウンド

ハーマン・ヴァスケ

 ドキュメンタリー映画『天才たちの頭の中 世界を面白くする107のヒント』が10月12日より公開されている。


 デビッド・ボウイ、スティーブン・ホーキング博士、北野武、クエンティン・タランティーノなどが自身のクリエイティブ論について語る本作。80年代に広告代理店で入社し、「BMW」「フォルクスワーゲン」」などのコマーシャル製作に携わったドイツ人のハーマン・ヴァスケ監督が、30年あまりかけて世界の1000人以上のアーティストや学者、政治家、経営者などに「Why are you creative?(あなたはなぜクリエイティブなのですか?)」と訪ね歩き、その中から107名を厳選して、1本のドキュメンタリーに仕上げた。「Why are you creative?」という質問を前に、自身のクリティブ論を堂々と語る者から戸惑う者まで様々なリアクションと持論があり、その中からアイデアの源や創造性が社会に与える影響までをも考えさせる、示唆に富んだ内容となっている。


 作品内にも登場し、偉人たちから受けた影響も明かしているハーマン・ヴァスケ監督。本作の制作の裏側から自身のクリエイティブに対する考え方まで、話を聞いた。


■「自分の中にひとつの大きい宇宙のようなものが生まれた」


ーー「Why are you creative?」という質問を持って世界を巡ろうと考えたきっかけを教えてください。


ハーマン・ヴァスケ(以下、ヴァスケ):80年代、僕はロンドンのサーチ・アンド・サーチという世界最大規模の広告代理店で働いていたんだ。そこは世界でもっともクリエイティブな人たちが集い、「クリエイティブ・ディレクター」という僕のポジションはじめ、「クリエイティブ」という言葉が飛び変わっていたんだけど、クリエイティブって言っているわりになぜ会議やそこに参加している人たちはこんなにつまらないんだろうか? と思ったんだ(笑)。当時大活躍していた広告ディレクターの上司、ポール・アーデンが書いた本に「自分を持っている能力よりも、自分が何を目指しているのかが大事」という言葉があって、彼とキャンプファイアーに行った時に夜空を見上げてふと「クリエイティブとは何か?」「なぜ人はものを作り出したいんだ?」というシンプルな疑問が出てきた。それをきっかけに、この長く入り組んだプロジェクトに発展したんだ。映画のほかに本や展示にもなっていて、実は次回作も決まっているんだ。そこでは「Why are you not creative?」をテーマにしていて、2作あわせて表と裏をとらえた作品になると思うよ。


ーー30年間というとかなり長い期間ですが、そこまで監督を駆り立てたものは何だったのでしょう?


ヴァスケ:執着だね!(笑)。後戻りできないところまできてしまったからね。30年やってきた責任もあるし、その間に撮ってきたアーカイブとしては、3000本のテープやハードドライブ、フィルム、書いてもらった原画など大量にあるし、自分のために時間をさいてくれて、すごくいい言葉をくれた人たちのためにも、自分には人々に伝達する責任があると思ったんだ。今もベルリンの美術アカデミーとどうやって後世に残していくか話し合っている。いずれネットでも公開できたらと思っているよ。


ーー昨年はベルリンとフランクフルトでコレクションを発表しましたが、反響はいかがでしたか?


ヴァスケ:とても好評だったよ。若いアート学生が作品作りに煮詰まっている状況でこの映画を見たら、その状況を脱することができたと声をかけてくれたね。そういう反応はいくつももらっていて、この映画の中に創造性に行き着く方法論や方程式を感じ取ってくれたのかなと。


ーー多くの偉人たちの言葉を聞いたことで、監督自身はどう変わりましたか?


ヴァスケ:これだけ多くの人に出会い、多種多様なアイデアの源やアドバイスをもらうことで自分の中にひとつの大きい宇宙のようなものが生まれたんだ。今でも、たとえばこの状況でデヴィッド・ボウイだったら、マリーナ・アブラモヴィッチだったらどうしただろうかとか、考えるヒントをもらうことができたよ。その偉人たちの哲学や姿勢をしっかり伝えていきたいんだ。


■「みんな水で料理をしている」


ーー監督自身も、映画監督、作家、プロデューサー、そして大学の教授だったりと、様々な分野で活躍していますね。


ヴァスケ:自分の作品制作と教師には共通しているものもあると考えている。教え子の中に「自分に自信がないし優秀じゃないから、クリエイティブな業界に入れるわけがない」と言っていた子に、「みんな水で料理をしている」という話をしたことがあった。みんな大したものは持っていないなかで、どう自分を見せるか、どう自信を持つか、それが大事だと思うと。煮詰まっている人の、その出口をゆるめてあげることが僕の役割だと思っているよ。映画でもまさに同じことを言っているし、つまり教育が大切なんだ。教育が本来すべきことは、「あなたの個性を発揮することが何よりも大事なんだ」と励ますことだけど、多くの教育は無数の細かいルールで学生を縛りつけてしまっている。自分の腕がいかに優れているか、優秀かということより、自分が何をしたいかという志が大事だと思うね。


ーー広告クリエイターから始まったキャリアですが、映画監督として活動している今、ご自身の創造性はどう引き継がれていると思いますか?


ヴァスケ:最初に「つまらない」と言ったけど、広告の世界は学びという点においてはとても役立つ。なぜなら、ある概念、テーマのもと、限られた時間の中で物事を思考することを強制されるのはいい訓練になるし、それが面白いんだ。次々と問題を解決してくことで、頭をアクティブにしていくことができるしね。たとえるなら、コマーシャルは短距離走で、映画をつくるのはマラソンだね。99%はクソみたいだけど(笑)、すばらしい広告というのは本当にクリエイティブだと思うし、近代美術館などに展示して表彰されることもある。商業的な広告やアートも、実はクリエイティブであると考えているよ。(取材・文=若田悠希)