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「空の青さを知る人よ」は秩父三部作の集大成――長井龍雪監督が「あの花」「ここさけ」経て新作に込めた想い

2019年10月11日 07:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

長井龍雪監督
TVアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(以下、『あの花』)、『心が叫びたがってるんだ。』(以下、『ここさけ』)の超平和バスターズが送る新作アニメ映画『空の青さを知る人よ』が10月11日に全国ロードショー。


過去2作はアニメファンに限らず多くの視聴者を獲得し、特に『あの花』は2011年放送にも関わらず、今でも「泣けるアニメ」の代表格として名が上がるほどの人気作となった。

そんな2作と舞台を同じくする本作は、高校2年生の女の子・あおいが主人公。
彼女の姉で親代わりでもあるあかね、若き日のあかねと恋人同士だった慎之介、そして突然あおいの前に現れた18歳の慎之介“しんの”の4人が絡み合い、人生の岐路に立つそれぞれの心境が生々しくも鮮やかに描かれる。

「リアル」というひと言でくくるのは簡単だが、それでも超平和バスターズが描くキャラクターは作品を追うごとに人間味が増し、どんどん複雑でリアルになっていく。
本作のアプローチについて、長井龍雪監督にお話をうかがうと、超平和バスターズが貫くキャラクター作りの信念が見えてきた。
[取材・構成=奥村ひとみ]

■映画とは「削ぎ落とす」作業である
――アニメーターの田中将賀さん、脚本家の岡田麿里さん、長井監督の制作チーム・超平和バスターズの3作目に当たる本作。まずは着想となったアイデアを教えてください。

長井:最初に田中さんが絵にしてくれたイメージは、ベースを持って古いお堂の前に立っている女の子でした。それが、本作の主人公のあおいです。

――ヒロインをベーシストの女の子としたのはなぜですか?

長井:僕がベースを特集するTV番組を見て「カッコいいなぁ」と思いまして。あおいがベーシストなのはそれだけの理由だったりします(笑)。


――これまでの2作は、『あの花』が岡田さんの企画で、『ここさけ』は田中さんのアイデアがスタートにあったとうかがいました。とすると、順番的に『空青』は、長井監督が企画を先導する心積もりだったのですか?

長井:そんな気は全然なかったです。3人でしゃべっているときは「アイデア出し会議」みたいな堅い感じではなくて、ダラダラと「それいいねぇー」とか「えー?」とか、茶化すような雰囲気で。ベースも、その中で出た断片的な要素でした。

ただ、今回は僕が「空を飛びたい」とひたすら言っていまして、そこに向かってお話を作るかたちになったので、結果的には僕のアイデアを汲んでもらいましたね。


――「空を飛びたい」という欲求はどこから?

長井:そこも「アニメ映画といえば空を飛ばなくちゃでしょう!」といった単純な思考です(笑)。

――「アニメ映画といえば」とおっしゃいますが、本作はキャラクターたちの悩みや考え方が非常に生々しく、アニメというより実写の映画を見ているような気分になりました。

長井:そうかもしれませんね。今回は「映画とはどういうものか」をこれまで以上に強く意識しました。

前作の『ここさけ』はTVアニメの延長に近い考え方で作って、2時間で収めるのがとても大変で反省が残りました。
だから今回は、お話を広げるよりも閉じることを意識したので、それがアニメらしくないと思われるゆえんかもしれません。

――TVアニメと映画、それぞれ作品づくりのアプローチが違うかと思いますが、大事にされていることはなんですか?

長井:TVアニメは、ディティールを細かく突き詰めて情報量を増やすことで作品世界を広げていく。それに対して映画とは、2時間という決まった尺の中でどれだけ伝えたいことを残して、他を削ぎ落せるかが大事だと気づきました。

『ここさけ』は、ストーリーやキャラクターの関係に折り合いを付けようとし過ぎてしまった反省があるのですが、本来、伝えたいのは設定ではないんです。

もともと僕ら3人はキャラに寄り添ったつくり方をする性分なので、とくに今作では、ストーリーや関係性をうまくまとめるよりも、キャラが好きに動けることを意識しました。結果は見てくれた人がいろんなふうに受け取ってくれればいいんだ、と。


――『とらドラ!』(※)から数えると10年以上のお付き合いになりますが、やはり3人での作品作りは特別な感覚がありますか?

※『とらドラ!』……竹宮ゆゆこによる同名小説のアニメ化。2008年に2クールに渡って放送された。超平和バスターズの3人はこの作品を通して出会い、意気投合した。
長井:そうですね。僕達はお仕事を受ける側なので、やりたいと言ってやらせてもらえるわけじゃないですから、今回もまた3人でやれてとても嬉しかったです。

ただ、ふたりの存在がどんどん大きくなっていくので、「ちゃんとついていけるのか」「見捨てられないかな……?」と喰らいついていくのに必死です。


――コンスタントにヒット作を手がけられてきた長井監督ですが、そのように思われていたのはちょっと驚きです。

長井:だからこそ、緊張感もあって楽しい仕事にもなるんですけどね。ふたりとは付き合いが長い分、隠し事も誤魔化しも全部バレちゃうんです。なので本当に全部を振り絞らないと……。
それぞれ別々の現場にいるときでも、やっぱり気になって作品を見ちゃうから、あえて口に出したりはしませんが、「あっちはあんなにすごいんだから僕も頑張らなくては!」と励みになりますね。
→次のページ:「空青」は秩父三部作の集

■「空青」は秩父三部作の集大成
――『あの花』『ここさけ』に続いて、再三の舞台に秩父を選んだ理由は何だったのですか?

長井:2回も舞台に使わせてもらい愛着がありましたからね。実は、最初から秩父のお話だと打ち出して作ったのは、今回が初めてなんです。


――あ、そうなのですね。

長井:何かのきっかけでプロデューサーが“三部作”みたいな言い方をしていて、かくいう僕も「三部作と言っておいたらもう1回作らせてもらえるかな?」と思って(笑)。

また、今回は一旦、秩父に対してピリオドとなるお話を作ってみたかったんです。その流れから「秩父から出ていく、出ていかない」という本作のストーリーになる要素が出てきました。
秩父に限らずに僕達は「地元」と呼んでいたのですが、若い頃って地元を早く出たい気持ちがありませんか? 高校生の頃の僕自身が、本当に地元を出たくてしょうがなかったんです。

でもこの歳になって、「地元もいいよね」とやっと思えるようになって。それらの断片が集まって、あおい、しんの、あかね、慎之介が生まれました。


――キャラクターの描き方について、岡田さんや田中さんとどのような相談をされましたか?

長井:割といつもそうなんですが、そこにいるキャラクターに対して「この子はこうだよね」と、ブレていないかどうかを確認し合う作業をします。

企画の段階から田中さんがキャラクターの顔を次々と描いてくれるんですよ。顔があると、キャラクター性はあまりブレない。「この顔でこんな表情をする子は、きっとこういう性格でしゃべり方はこうで」といったふうに、既にあるものに肉付けをする作業なので、性格について悩むことはそんなにありませんでした。
「だってこの子はこういうふうに考えるんだからしょうがないよね」みたいな気分で進んでいっちゃいます。

――「キャラクターが勝手に動き出す」みたいな感じでしょうか。

長井:その感覚に近いですね。こっちの都合で無理な動きをさせようとすると、結局お話が転がらなくなるんです。
『ここさけ』では「順と拓実をくっつければいいんじゃない?」と言う人もいましたが、順と拓実のことを考えれば考えるほどそれは不自然だから、ああいうかたちで終わりました。


――『ここさけ』では主人公の順が拓実との出会いをきっかけに変化していく。なので順が拓実を好きになるのは自然な流れですが、拓実は映画の中では順を好きにはならず、告白を受け入れませんでした。

長井:作品をリアルだと言ってもらえるのは、キャラクターの感情が無理なく流れていたらそう感じてもらえるのかなと思います。
フィクションとしての側面を考えればストーリーをぶん投げていると言う人もいるかもしれませんが、僕はキャラクターにできるだけ寄り添って、その子の落としどころを一緒に考えてあげるのが、いつもやっていることな気はしますね。

――本作では主人公のあおいたち高校生組よりも、あかねと慎之介といった30代組のほうが抱える事情がより重たく感じられました。皆さんの30代組に対する思い入れが強かったのかなと思ったのですが、そのあたりはいかがですか?


長井:作っていてより感情移入するのは、どうしても歳が近いほうになっちゃいますね。30代のキャラクターを作ってみたら、あまりにも描きやすかったんです。
近い過去なので思い出しやすくて、どんどんエピソードが出てきちゃうのを頑張って削ぎ落としたくらいでした(笑)。

――それはプロデュースチームに制されるかたちで?

長井:いえ、それはむしろ、好きにやらせてもらった印象のほうが強いです。
今回、様々なご縁で東宝の川村元気プロデューサーに合流いただいたのですが、その存在は大きいものでした。

「本当にこれでいいんですか?」と素朴に聞いてくれるんですよ。別に否定ではなく、ふわっとしていた部分を尋ねてもらうことで、僕が自信を持って「大丈夫です」と言うための確認作業ができるんです。
ちゃんと言葉にすると輪郭がはっきりしてくるので、そういう意味では削ぎ落し方が見えてきたのは川村さんのおかげかもしれません。
→次のページ:「飽き性」な超平和バスターズの今後の展望は?

■「飽き性」な超平和バスターズの今後の展望は?
――長井監督が制作中に、田中さんや岡田さんに「助けられたな」と思う瞬間はどんなときですか?

長井:岡田さんは本当に面白い作品を書くし、何より“台詞力”のある脚本をくれます。ポイントとなる強さがあるので絵コンテを描くときありがたいし、素直にこういう脚本は監督として嬉しくなりますね。

そして絵コンテの気分をそのまま芝居にしてくれるのが田中さん。やむを得ず岡田さんのいいセリフを外しちゃうときでも、「大丈夫! 言わなくても伝わる表情を田中さんが描いてくれる!」と思える安心感があるから選択肢が広がるんです。


――今後も3人での作品づくりを続けるお気持ちはありますか?

長井:やれるときに集まれたらいいし、だからこそ続くのかな、と。僕達、みんな飽き性なんですよ(笑)。
ずっと同じところにいると飽きちゃうから、それぞれがいろんな場所で挑戦して、集まれたときに「こんなことができるようになったぞ」と持ち寄って、この3人でしかできない挑戦をしたい。

まだまだ試したいことはそれぞれ持っているはずなので、集まる機会をいただけるなら3人での作品づくりを続けていきたいです。

――なるほど。ちなみに、次作の話などは出ているのでしょうか?

長井:構想はあります。3人で集まったら「次やるならこんな感じかもね」みたいな話になるし、そのへんはいつでも与太話しています。緊張感はあっても「やらなきゃ!」と構える関係ではないから、飾らずに楽しんでやっています。


――お三方はまさに“仲間”ですね。うらやましくなる関係性です。

長井:そうですね……うらやましがってもらっていいですよ(笑)。
でも与太話はだいたい採用されませんね。そういう雑談を岡田さんに全部ぶつけまくって、出てくるのは全然違うお話だったりしますから。そういうのも含めて楽しいですね。

――改めて、『空の青さを知る人よ』をアニメファンの方々にどのように見てほしいですか?

長井:『とらドラ!』のときから僕たちがずっとやってきたのは、「アニメだけど、決まった表現だけにはしない挑戦」です。諦めずに、どれだけ豊かに描けるのか。本作でも、一番新しいかたちを作れたと思っています。

「アニメはまだまだ面白い」と感じてもらえるような映画を作りました。是非「こんな表情をするキャラクターが出てきたか!」と見てもらえれば嬉しいです。