2019年10月06日 10:21 弁護士ドットコム
『ユニクロ潜入一年』(2017年)が話題になったジャーナリストの横田増生さん。今度は神奈川県小田原市にある日本一大きなアマゾンの物流センター(4万平方メートル)で働き、このほど『潜入ルポ amazon帝国』(小学館)にまとめた。
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現場では、数字による査定・管理が徹底されていたという。ところが、ルールの遵守や数値の達成を求めるあまり、思わぬ事故が起きていた。
たとえば、横田さんによると、小田原の物流センターでは2013年の開設以来、少なくとも5人が亡くなっている。そのうち1件では倒れているのが見つかってから救急車が来るまでに1時間が経過していた。責任者を通さないと救急車を呼べないというルールのためだという。
「公表されているだけでも、アマゾンの物流センターは国内に約20カ所ある。一体何人亡くなっているのかもわからない」(横田さん)
最先端を突っ走るIT企業の働き方から何が見えてきたのか。横田さんに聞いた。(編集部・園田昌也)
横田さんが潜入したのは2017年10月。顔バレを避けるため、前著『ユニクロ潜入一年』の発売日までの計8日働いた。
物流センターには30社強の派遣会社がかかわっているといい、面接を受けるとそのまま採用が決まった。ユニクロに潜入するとき、離婚・再婚して、横田姓から妻の姓になっていたこともあり、疑われることもなかったという。
横田さんは2002年にもアマゾンの倉庫に潜入し、『潜入ルポ アマゾン・ドット・コムの光と影』(2005年/文庫版は『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』)にまとめている。アマゾンで働くのは15年ぶりだ。
仕事は前回と同じで、指定された商品をセンター内から集めてくるピッキング作業。ハンディー端末を持たされ、画面に表示された商品をひたすらピックする。
「昔は、商品名が100件くらい印刷された紙を持って探していました。今はハンディー端末です。商品名や場所とともに『次のピックまで何秒』と表示され、横棒が右から左に少しずつ縮んでいく」
ピッキングの速さは集計され、翌日に順位が張り出される。成績が悪ければ、上司との面談になるが、この上司もまたアルバイトなのだという。
「ピッキングしている時間(稼働時間)も計測されていて、クリアできないような高い目標値が設定されていました。フロアのいたるところに『あなたのおサボリ見ています!!』といった張り紙があり、常に監視され、お尻をたたかれている感じがしました」
横田さんは、あらゆるものが数字で管理されていたと証言する。外部委託されている食堂のメニューでさえ、従業員の投票にさらされ、成績が発表される。評判が芳しくなければ、メニューからの削除が検討される。
横田さんは6時間45分のピッキング作業で20キロほど歩いたという。ちなみに当時のセンターの時給は約1000円(一定条件を満たすと年末特典で1500円)だった。
東京ドーム約4個分という広大な場所での過密労働だから、倒れる人もいるようだ。横田さんは勤務中、車椅子で救急隊に運ばれる女性の姿を目にしたという。しかし、何があったのか、アマゾン側からの説明はなかった。
中には見つかるのに時間がかかって亡くなった人もいる。横田さんは、アマゾンの元社員を取材するなどして、小田原のセンターで少なくとも5人が亡くなっていることを知る。特に憤りを感じたのは、救急車を呼ぶまでに1時間もかかった例があったことだ。
「アルバイト間でも『エスカレ』という略語で定着しているのですが、アマゾンには下位から上位に連絡をあげていく『エスカレーション』という決まりがあります。アマゾン社員への連絡なしに救急車を呼ぶと、叱責の対象になるそうです」
横田さんの取材によると、亡くなった人の死因はクモ膜下出血。倒れているのが見つかり、連絡が1つずつ上にあがっていったが、現場が広いだけに各責任者の到着に時間がかかり、救急車を呼ぶのが遅れたそうだ。
『潜入ルポ amazon帝国』には、元社員の証言として、報告を受けた責任者たちは、人命より先にアマゾン側への報告のことを考えたのではないかという記述がある。人が倒れれば、本社が納得するような改善案を書類にまとめなければならないからだという。
この元社員は、物流センターのアマゾン社員が気にするのは、「アルバイトの体調ではなく、本社に報告する書類に記載する数字だけなんです」(同書63頁)とも語っている。
各センターのアマゾン社員には、たとえば熱中症のアルバイトを何人以下に抑えるといった数値目標がおりてくる。この元社員は倒れたアルバイトの搬送に付き合った際、安全衛生部門の担当者から電話があり、熱中症かどうか、診断結果を催促されたと証言している。
「アマゾンの文化はすべてを数値化すること。企業が人を人として見てしまうと、業績があがらないということなのかもしれません」(横田さん)
横田さんは取材を通して、アマゾンが労働者を信用していないということを強く感じたという。
現場が救急車を呼べないルールもそうだし、そもそも一般の労働者は作業場への携帯電話の持ち込みが禁止されている。物流センターの中は企業秘密となっているからだ。端末やポスターは労働者を監視し、生産性を最大限引き上げるための手法だと思えた。
「現場の労働者は『プログラム』に従って黙々と働くことが大事で、臨機応変さは求められていない。帰るときは、金属探知機のついたセキュリティーゲートをくぐらないといけないのですが、『ブザーがなったら犯人検査をする』と警備員が繰り返し叫んでいました。労働者は常に疑われているんです」
横田さんは、アマゾンをめぐる労働問題が多く起きているヨーロッパに飛び、物流センターに潜入した複数のジャーナリストにもインタビューしている。
彼らもまた、アマゾンが労働者に敬意を払っていないという感想をいだいていた。横田さんを含む複数の潜入記者がアマゾンの体質を、全体主義国家による監視社会を描いたジョージ・オーウェルの小説『1984年』にたとえているところが印象的だ。
イギリス人記者のアラン・セルビーさんは、組織にルールはつきものとしつつ、労働者に『考えること』をまったく許さない点でアマゾンは特異だと指摘している。ロボットのようにならないと適応が困難なのだそうだ。
セルビーさんが働いた物流センターは、機械が自動でピッキングする棚を運んできてくれる最新鋭の設備が導入されていた。2メートル四方のブースに入り、歩き回ることなく、ひたすら屈伸運動を続ける。労働密度はむしろこちらの方が高く感じたという。
セルビーさんは次のように語っている。
「ロボットが入ってきたことで、働く人間にはより窮屈になった。機械が仕事の主役となり、仕事から人間性をさらに奪い取っていく感じだったね」(『潜入ルポ amazon帝国』123頁)
そんな過酷な環境でも、新しい労働者が次から次に入ってくるのは、アマゾン自体がその地域で、特に移民などの選択肢が限られた人たちの数少ない働き口になっているからでもある。
アマゾンは、配送も含めて完全自動化に向けて、少しずつ進んでいる。ただ、横田さん自身は実現にかなり時間がかかると見ている。
「機械は同じ規格を扱うのは得意ですが、大きさや厚さが違うものはまだまだ苦手。だから、せいぜい棚ごと持ってくることしかできない」
「見方を変えれば、アマゾンにとって人間は機械の穴埋め、完全自動化へのつなぎでしかないとも言えるでしょう。そして、そういう時代はまだしばらく続くと思います」
企業では常に、個体差のある労働者の生産性をギリギリまで高めるためにはどうしたら良いかが考えられている。アマゾンはこれを世界でもトップクラスで実現している企業だ。合理性を突き詰めると、末端の労働者はどのように扱われてしまうのか。
また、アマゾンはそうした経営でつくり出した便利なサービスが引き寄せたお金で、機械が主役の働き方を推進している企業だとも言える。その過程で、人間の働き方はどのようになっていくのか。
「『ディストピア』を体験したいならアマゾンで働いてみたらいいですよ」ーー。取材を振り返って、横田さんはこう語った。