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『天気の子』はアカデミー賞を受賞できるのか? これまでの傾向とほか候補作品から可能性を探る

2019年10月01日 12:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『天気の子』(c)2019「天気の子」製作委員会

 昨年は外国語映画賞に是枝裕和監督の『万引き家族』がノミネートされ、長編アニメーション賞には細田守監督の『未来のミライ』がノミネート。ハリウッド映画を中心に世界中から優れた映画作品が集まるアカデミー賞の場で日本の作品が注目を集めるというのは、やはり嬉しいことだ。そんななか、来年の第92回アカデミー賞から「国際長編映画賞」へと名前を変える、かつての「外国語映画賞」の日本代表作品に、新海誠監督の『天気の子』が選出された。


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 滝田洋二郎監督の『おくりびと』が日本映画として初めて「外国語映画賞」(名誉賞時代を含まず)を受賞してから11年も経ったと考えると何だか冷や汗が出てしまいそうになるが、それはさておき、前述の通り『万引き家族』が昨年ノミネートされたばかりとはいえ、ここ最近の日本映画は外国語映画賞で苦戦を強いられていると言ってしまっても問題ないだろう。50年代、まだ「名誉賞」と呼ばれていた時代には『羅生門』『地獄門』『宮本武蔵』と3作品が受賞を果たし、その後名称を変更し80年代序盤にかけて計11作品がノミネートされるも受賞を逃している。そして2003年に山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』が21年ぶりにノミネートを果たし、2008年に5年ぶりのノミネートとなった『おくりびと』が受賞を果たす。また中島哲也監督の『告白』が、各国のエントリーが出揃ったあとに9作品まで絞られる最終選考のショートリストに入るもののノミネートを逃し、昨年ようやく『万引き家族』がノミネートにたどり着いたという、日本映画と外国語映画賞の歴史はざっとこんな感じだ。


 そもそも外国語映画賞(ここでは便宜的に「国際長編映画賞」ではなく旧来の「外国語映画賞」と言わせてもらいたい)は、アメリカ映画かつ英語の映画が中心となるアカデミー賞で唯一、アメリカ以外の国で作られた作品のみで構成される部門であることは、その名称が表す通り。他の部門とは異なり、「ロサンゼルスで1週間以上有料上映された」という実績がなくとも、毎年各国からそれぞれの方法で選出した作品がエントリーされ、一次選考で作品数を絞ったのち、最終選考で5作品のノミネートを決定する。昨年は87カ国、一昨年は92カ国と、近年エントリーする国や地域の数は増加していることもあって、エントリー作品の質は紛れもなく向上していると見受けられる。日本もこれまで、外国語映画賞設立の第29回から、第49回を除いて毎年エントリー作品を選定し、世界の名だたる作品と競合してきた。今回『天気の子』は、いわずもがなアニメーション作品だが、過去に『平成狸合戦ぽんぽこ』と『もののけ姫』が同じように日本代表に選定された歴史もある。


 ではここで、簡単に「国際長編映画賞」の傾向をおさらいしておきたい(今回から名称が変更になったわけだが、その選考基準や方法には一切の変更がなく、これまでの「外国語映画賞」と傾向そのものは大きな変化がないと考えられる)。まず言えることは、ヨーロッパ勢の強さである。これはもちろんその国々の作品の浸透度ともいえるが、イタリアとドイツ、フランスの作品が極めて強く、それ以外のヨーロッパの国々(ロシアも含む)の作品は前哨戦で目立った成績をあげておらずとも候補入りを果たすことが多い。もっともこれは“暗黙のルール”なのかある種の“癖”のようなものなのかは不明ではあるが、「前哨戦を独走した作品」が1枠、ロシアを含めた「ヨーロッパの作品」が2枠(これは前哨戦を独走する作品がヨーロッパ作品であっても関係なく)、それ以外の地域から各1本で2枠というような形が定番化しているのだ。


 2018年は「独走」の『ROMA/ローマ』(南米)を筆頭に、ポーランドとドイツ(ヨーロッパ)、レバノン(中東)、日本(アジア)。2017年は「独走」と呼べる作品が第一次で落選したため次点のような『ザ・スクエア 思いやりの聖域』を筆頭にロシアとハンガリーのヨーロッパ3本とレバノン(中東)、チリ(南米)。2016年も「独走」のドイツにスウェーデンとデンマークが加わり、イラン(中東)とオーストラリア(オセアニア)。その前もヨーロッパ3本+中東+南米、その前もヨーロッパ&ロシアで3本+アフリカ+南米、ヨーロッパ3本+中東+アジア、ヨーロッパ3本+南米+カナダ。2011年には「独走」枠がイラン映画で同じ中東のイスラエルが加わり、ヨーロッパ2本とカナダで構成されていたり、2010年には「独走」のデンマークを含むヨーロッパ2本にカナダ+メキシコ+アルジェリア(アフリカ)といった例外的なパターンも見受けられるが、概ねヨーロッパ以外の地域はざっと括られて各1作品という形になりやすい。


Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』(Netflixにて、独占配信中)
 また、作品の内容に目を向けてみると、これは一概に判断できないほど多様性を極めている。民族問題や社会問題、国際的な課題はもちろんのこと、LGBTを扱った作品からスピリチュアルな作品、極私的なファミリームービーからサスペンス映画まであまりにも多様で掴みどころがない。強いて言うならば、良くも悪くも“その国らしさ”が垣間見える作品が好まれると言ったところだろうか。『おくりびと』や『たそがれ清兵衛』を例に挙げるなら、前者は日本独特の死生観を物語り、後者は同じ年に『ラスト・サムライ』が公開されたこともあって“侍”という日本文化への興味が高まっていた時期でもある。そしてもうひとつ、今回忘れてはならないのは「実写映画」と「アニメーション映画」という大きな違いである。


 「外国語映画賞」でアニメーション映画がノミネートされたことは、これまで1度しかない。それは『おくりびと』の年にイスラエルから出品されたアリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを』だ。レバノン内戦を題材に、関係者の証言をアニメーションで再現し、さらにインタビューをアニメーションで映すという異色な構造の同作は、アニメーション映画であると同時にドキュメンタリー映画という側面も備えていた。ちなみに同作は同じ年の長編アニメーション賞にもエントリーしていたが、その年は同賞のエントリーが少なくノミネート枠が3枠という激戦になり、あえなく落選となっている。また、3年前に長編アニメーション賞にノミネートされている『ぼくの名前はズッキーニ』も、スイス代表として外国語映画賞のショートリストまで駒を進めている。


 こうした点を踏まえると、『天気の子』が「国際長編映画賞」にノミネートされる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。この部門に入るアニメーション映画には、純然としたアニメーション表現を超えたプラスアルファが必要とされること、そして“アジア”という枠で見ると今年はカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画初のノミネートという悲願を叶える可能性の方が圧倒的に高いからである。また気象を軸にした環境問題や貧困問題というビビッドなテーマを携えているが、そこに海外から見てもわかる“日本らしさ”があるかと言われれば正直難しいところで、いわゆる“セカイ系”の作品は海外でも人気が高いが、今年でなくてもいいという見方をされてしまいかねない。この部門で輝く可能性があるとしたら、前述の『パラサイト』が前哨戦を独走することでアジア映画への熱視線を集めること、そして昨年の『万引き家族』で生まれた日本映画への熱量が維持されていることのどちらかであろう(現にレバノンが2年連続でノミネートされていたり、近年デンマーク映画のノミネートが多いなど、流行りのように一定期間に何度もノミネートされる国が存在するのがこの部門の特徴のひとつだ)。


 だからと言って『天気の子』がアカデミー賞と無縁になるのかと言われれば、それもまた違う。「国際長編映画賞」での可能性は低くとも、「長編アニメーション賞」では限りなくノミネートまでたどり着くだけのポテンシャルを秘めているからだ。まだ長編アニメーション賞のエントリー作品は固まっていないが、今年の同部門はピクサーの『トイ・ストーリー4』の独壇場となると言われている。必然的に他の作品は残る4枠を目掛けて争うことになるわけだが、そこには前作が受賞を果たしたディズニーの『アナと雪の女王2』、過去2作が続けてノミネートされているドリームワークスの『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』、これまで発表した長編作品すべてが同部門にノミネートされているライカが送り出す『Missing Link』、アニメーション表現の豊かさで圧倒的な支持を集めるアードマンの『映画 ひつじのショーン UFOフィーバー』と、もはや一縷の希望を信じる作品には絶望的なほど強力な作品がひしめきあっている。


 一昨年のルール改正によって、それまではアニメ分科会に属する会員のみがノミネート投票の権利を有していたのが、全会員にノミネート投票の権利が生じたことによって、大きく傾向が変わると噂され、海外アニメに不利になるとの声があった。しかし蓋を開けてみれば『ゴッホ 最期の手紙』がノミネートされたように、純然とした作品の評価がなされていただけでなく、不利とされていた続編作品や昨年受賞を果たした『スパイダーマン:スパイダーバース』のようなタイプの作品にもチャンスが広がり、アニメーション全体に対してより幅広い知見で評価が下されることになったのである。そうなれば、前述した5作品のうち続編作品である4作品が安泰になってしまうわけだが、作品が認められさえすれば決して外国語作品だからといって不利になることはない。しかも、『Missing Link』が春に公開されて興行的に大失敗を喫し批評家からの評価も伸び悩んだことでノミネートへ黄信号が灯ってしまったともあれば、より激戦となり1枠以上が空く可能性はさらに高まる。


 そうなると、昨年の『未来のミライ』をはじめ10年間で外国語アニメ12作品をノミネートに導いてきたGKids配給作品の出番だ。今年GKidsが擁している作品は『天気の子』と『海獣の子供』、『きみと、波にのれたら』、『若おかみは小学生!』『プロメア』の日本映画5タイトルに、クメールルージュを題材にしたフランス映画『Funan』、そして国際長編映画賞のスペイン代表の最終選考まで残っていた『Bunuel in the Labyrinth of the Turtles』など。国際長編映画賞の日本代表になったことを鑑みれば、『天気の子』は他の日本アニメより一歩リードしていると判断できる。あとは強力なヨーロッパアニメ2作品とどう競い合うかにかかっている。ノミネートまでたどり着き、さらにこれまでの傾向通り続編映画が受賞に届かない(初長編だった『ウォレスとグルミット』は例外として、『トイ・ストーリー3』以外すべて受賞を逃している)ということになれば、大逆転受賞もゼロではないだろう。 (文=久保田和馬)