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弁護士ドラマの前提揺るがす!? 『グッド・ファイト』が描く「トランプ時代」との闘い

2019年09月30日 19:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 これまで数々の傑作を生み出してきたアメリカのテレビシリーズの伝統の一つ、「ロー・ファーム(弁護士事務所)もの」ドラマにおいて、現在最も人気を集めている『グッド・ファイト』。この作品について語られる際に、必ず前置きとして触れられるのは「CBSの大人気テレビシリーズ『グッド・ワイフ』のスピンオフ作品」ということだ。2009年から2016年にかけて7シーズンにわたって製作された『グッド・ワイフ』に関しては、今年1月期のクールに日本のTBSが同タイトルのリメイク作品を放送していたので、オリジナルのCBS版を見たことがない人もその存在を知っている人は多いはず。ちなみに、日本版の3年前には韓国でもリメイクされていて、そのことからも、いかに普遍的な面白さとユニバーサルな現代的価値観の詰まった優れたテレビシリーズであったかがわかる。一方、本作『グッド・ファイト』は確かに「『グッド・ワイフ』のスピンオフ作品」であることは間違いないのだが、その製作環境と背景について少し説明をしておいた方がいいだろう。「ワイフ」から「ファイト」へ。そもそも同じ名詞でも言葉としての概念のグループが違うのには理由があるのだ。


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 『グッド・ファイト』はアメリカの4大ネットワークの一つ、というか最大手のネットワーク、CBSが2014年に設立したストリーミングサービスCBS ALL ACCESS初のテレビシリーズとして2017年に配信をスタートさせた作品。より正確に言うと、シーズン1のエピソード1だけCBSで放送して、それ以降はCBS ALL ACCESSで配信することで視聴者の新サービスへの誘導をはかった、まさに社運をかけた戦略作品だった。現在の北米のテレビシリーズは、幅広い視聴者層に向けた4大ネットワーク局のドラマ、規制から自由な環境でターゲットを絞った先鋭的な表現が可能なケーブル局のドラマ、ケーブル局よりも自由な製作環境の中で作られるストリーミングサービスのドラマ、と大きく三つに分けられるが、『グッド・ワイフ』から『グッド・ファイト』への移行は、そのまま一番目のプラットフォームから三番目のプラットフォームへの移行を意味している。


 結果、潤沢な製作費が注ぎ込まれた華のある画作り(ロケ、セット美術、ファッションなど)、テレビシリーズの基本に忠実な巧みなストーリーテリング、どんな作品でも欠かさないウィットとユーモア、というネットワーク局ドラマの長所だけを引き継ぎ、『グッド・ファイト』はとにかく攻めに攻めた作品になっている。「スピンオフ作品」という点が気になる人もいるだろうが、基本的に『グッド・ワイフ』未見でもまったく問題なし(もちろん『グッド・ワイフ』を見てる人ならお馴染みのキャラクターの再登場シーンに大興奮できたりするが)。『グッド・ワイフ』の主要キャラクターの一人だったシカゴのベテラン弁護士ダイアン(ちなみに日本版では賀来千香子が演じていた役)、当初は競合相手だった弁護士ルッカ、新人弁護士のマイア、いずれも女性の3人の弁護士を中心にして物語は進んでいく。ちなみに、ルッカは『グッド・ワイフ』シーズン7から登場したキャラクター、マイアは『グッド・ファイト』で初登場するキャラクターだ(マイア演じるローズ・レスリーは『ゲーム・オブ・スローンズ』の野人イグリット役でもお馴染み。共演したジョン・スノウ役キット・ハリントンと今では私生活でもパートナー)。


 では、『グッド・ファイト』は何を「攻めに攻めている」のか? シーズン1エピソード1の冒頭シーンが、トランプの大統領選での勝利演説が映し出されるテレビを唖然と見つめるダイアンの姿であることからも明らかなように、本作は「トランプの時代」、やがてはドナルド・トランプそのものと闘う(=ファイト)ことになっていく弁護士たちの物語となっている。アメリカのシーズンを重ねていくテレビシリーズを見る醍醐味の一つは、予測不可能なストーリーの展開に翻弄されながら、登場キャラクターの成長を変化を見届けていくという通常のドラマ鑑賞の楽しみに加えて、ドラマの外側でリアルタイムで起こっている現実の出来事についてフィクションを通して理解や解釈を深めていくところにあるが(これは『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』に代表される現代を舞台にした社会派作品だけでなく『ゲーム・オブ・スローンズ』のようなファンタジー作品も同様だ)、現在進行形のテレビシリーズでその側面に最も果敢に取り組んでいるテレビシリーズが『グッド・ファイト』と言っていいだろう。


 今回日本でフィジカルがリリースされるシーズン2では、シーズン1からさらに加速して、フェイクニュース、ソーシャルメディアの弊害、人種主義、ヘイトスピーチ、オルタナ右翼といった、まさに「トランプの時代」を象徴するトピックが次から次へと登場する。もともと民主党支持の白人リベラル富裕層だった主人公ダイアンが『グッド・ファイト』で勤務しているのは、シカゴ(つまりオバマのお膝元だ)の経営者も従業員の多くも黒人の法律事務所。そう聞くと、ありがちなリベラルサイドからのストレートなトランプ政権批判が繰り広げられるテレビシリーズと思う人もいるだろうが(そして実際その要素も大いにあるが)、『グッド・ファイト』の批判性は、リベラル的価値観の偽善性にも容赦なく向けられる。社会全体の箍が外れてしまったこの時代において、人々はいかに生き抜いていくか。ロー・ファームものである以上、そこでよすがとなるのは本来は法律であるわけだが、「トランプの時代」に積み重なっていく疲弊と無力感は、主人公ダイアンをして「唯一、不変なものは法律だと。この国を統制するのは人ではなく法律だと。あなたはまだそれを信じてる?」「法が不公正でも、法治国家と言えるの?」「何をすべきかわかった。嘘をつくの」とまで言わしめる。『グッド・ファイト』が描くのは、人々をそんなギリギリの精神状態に追い込む現在のアメリカ社会の姿であり、シーズンを重ねるにつれて本作はただの「ロー・ファームもの」の秀作にとどまらず、「ロー・ファームもの」というジャンルそのものの前提を揺るがす問題作であることが明らかになってきた。


 そんなわけで、『グッド・ワイフ』とはそのプラットフォームも、作品の方向性も、何よりも物語の深刻さも異なり、これからもその暴走ぶりに目が離せない『グッド・ファイト』。さすがに今回はそのまま他国でリメイクするのは難しいだろうーーと思いきや、現在の日本社会にそのまま当てはまる部分も多く(これをそのままの辛辣さでリメイクする気概がある局はないだろうが)、そういう意味でも必見の作品である。


(宇野維正)