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伊藤美来、西田望見……キャラクターソング、声優ユニットの活動経て生まれたソロ作をピックアップ

2019年09月30日 13:51  リアルサウンド

リアルサウンド

伊藤美来『PopSkip』(通常盤)

 2010年代におけるアニメシーンの大きな変化は、演じる声優さんにも大きな変化を与えた。キャラクターソングがヒット作としてオリコンチャートを占め始め、その後数多くの声優が個人/ユニットとして音楽作品を発表する時代へと突入した。端的にいえば「アイドル化」であり、そういった供給を求めるファン層が確かにあったからこそ、多くの声優がアーティストとして次々とデビューすることになったのだ。筆者がこれまで取り上げてきた作品もその潮流のなかにある。そして今回取り上げる伊藤美来と西田望見は、まさに「キャラクターソング」や「声優ユニット」での活動を経て、充実の作品を生み出した2人だ。


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 2012年に記念受験した声優オーディションに見事合格し、わずか16歳の頃から声優として精力的に活動してきた伊藤美来。オーディション元となったスタイルキューブの声優ユニット・Stylipsに加入後、オーディションにともに合格した豊田萌絵とPyxisを結成した彼女は、今年7月にソロとして2年ぶりとなる2ndアルバム『Popskip』を発売した。


 序文で述べた「2010年代の女性声優シーン」の代表格であるスフィアやi☆Risと同様に、StylipsとPyxisもまた「声優アイドル」グループとして活動していた。伊藤美来は『アイドルマスター ミリオンライブ!』『BanG Dream!』という音楽にまつわる作品にも参加している。彼女はまさしく、2010年代の女性声優シーンの流れを見事にのりこなした一人だといえよう。


 そんな彼女も芸歴7年目を迎え、今年で大学を卒業。10月には23歳を迎える。『Popskip』は、すっかり大人びた彼女の姿を捉えた一作となった。


 リードトラック「PEARL」は、2000年代の隠れた名盤『Night Buzz』『TALEA DREAM』などを生んだシンガーソングライター・高田みち子が手掛けたシティポップテイストなナンバー。水平線に落ちる太陽と海の煌めきを〈Pearlの縁取り〉と粋に表現し、別れた恋人を思う失恋ソングとなっている。パール(Pearl)の石言葉は「純潔」「健康」「無垢」。歌詞とタイトルで、少女から女性へと変わっていく狭間や大人びていて少しだけアダルトなムードをしっかり表現していることが素晴らしい。まさにその過程の最中にある伊藤にバッチリとハマった1曲なのだ。


 今作のキーは、まさにソウル~シティポップなムードにある。実は今作には、歪ませたシンセサイザーを伴ったエレクトロやEDM、ハードなロックソングは1曲もないのだ。オールディーズなムードや流儀を、現在のサウンドや質感に変換してみせたポップソング集にもなっている。クリーンな声色の伊藤の声がきらびやかに響いていくのは、こうしたサウンドの影響も大きいだろう。


 約2年にかけて発売されたシングル曲を収録していることを鑑みれば、こうしたサウンドスケープを狙ったのも、彼女の成長と将来を見込んだチョイスだったのだと納得できる。昨今の国内外で起こっているシティポップリバイバルにも共振しそうな充実の2ndアルバムであり、声優のシンガー/アイドル化という潮流にも一石を投じたような作品になった。


 キャクラターソングが大ヒットしたということを鑑みたとき、近年でいえば『マクロスΔ』発の戦術音楽ユニット・ワルキューレを外すことはできないだろう。そのメンバーの一人であった西田望見は、今年5月に開催された『フライングドッグ10周年記念LIVE-犬フェス-』でソロデビューを発表した。ワルキューレのメンバーはそれぞれがすでにソロとして活動中、そんななかで発売された西田のデビューミニアルバム『女の子はDejlig(ダイリー)』(7月24日発売)は、ファンにとっても待望であったことだろう。


 「女の子が現実と夢を行き来する」というコンセプトのもと制作された今作では、各楽曲の世界観を伝えるための4つの語り部分(リーディング)が挟まれている。これが良いクッションとなって、現実(リーディング部分)と夢(楽曲部分)が聴き手にもわかるようになっているのが興味深い。それによってエレクトロポップスな楽曲「ロンリーロンリーシンギュラリティ」(TeddyLoidとの再タッグ作)、元Shiggy Jr.・原田茂幸による「フルスロットルで行こうぜ!」などといった異なる音楽性をもつ楽曲をよりスムースに聴かせている。


 今作の収録曲で作詞を担当し、リーディング部分のストーリーまで監修しているのは、アンジュルムやJuice=Juiceなどの作詞を担当してきた児玉雨子だ。西田と対話を重ね、今作のコアな部分にまで携わっている。女性ファンの多いアンジュルムを支える彼女が、声優とアイドルという壁を超え、今作に繋がっているのは面白い。


 バラエティに富んだ楽曲群の一方で、リーディング部分では現実生活に悩み途方に暮れた人物像が幾度となく描かれている。西田と児玉が今作において「音楽は夢の部分にあたる」と語っているように、夢と現実を幾度と行き交いもう一度現実と立ち向かうという希望へと導くような作品になっている。


 それは大きくいってしまえば、“音楽は人を救う”という本質的な命題に触れた作品でもある。もしかしたら大げさだと思う人もいるかもしれない。しかし、こうした前向きなメッセージは、アニソンの元来の資質が活かされた声優の音楽だからこそ自然に響かせることができるのだろう。アニソンや声優音楽が持っているポップスとしての強度を、遺憾なく発揮した作品ではないだろうか。(草野虹)