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『天気の子』ヒットに隠された「発見のゲーム」、 境真良さんが語る「聖地巡礼」の新たな可能性

2019年09月29日 09:31  弁護士ドットコム

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新海誠監督のアニメ映画がまたしても大ヒットを記録している。最新作『天気の子』は、7月19日の公開から約2カ月で、観客動員955万人、興行収入127億円を突破したと報じられている。


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新海監督といえば、前作『君の名は。』も社会現象化するなど、その知名度は世界的にも高まっている。こうしたヒット作の連発は、国内のアニメ産業全体にとって、非常に良いニュースといえる。『天気の子』もすでにロングラン(長期興行)となっている。



コンテンツ産業にくわしい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員の境真良氏は「今回のロングランは偶然ではなく、狙い通りの成果だった」とみている。アニメ映画のヒットの秘訣について、境氏に語ってもらった。



編集部注:この記事は、『天気の子』のネタバレを含むものとなっています。



●リピーターを増やすことが「ロングラン」のカギだ

ロングランに誘導するための手法というものがいくつかあります。



そもそも、アニメ映画でロングランが注目されたのは、2001年公開の『千と千尋の神隠し』が最初だと思います。この作品は、我が国の興行収入で、この年どころか、歴代第1位のヒット作となったわけですが、その原動力の1つとなったのが、ロングランでした。この作品は、結局、劇場公開が終わらないままタイムアップになるという事態をむかえています。



そのロングランの分析の中で見えてきた「カギ」があります。それが「リピーター」です。



考えてみれば当たり前ですが、作品に興味がある人、ある意味で、潜在ファンや潜在顧客には、一定の限界があります。この層を取り尽くしてしまえば、興行収入は限界に達します。しかし、もし、一度作品を見たファンが、何度も映画館に足を運ぶとしたら、実際の顧客数はこの潜在顧客数の何倍にもすることができます。



そのリピーターを増やす手法の1つが、「観客自身による<発見>」です。



映画を観るとき、私たちは作品を能動的に観ています。瞬間、瞬間、解釈しながら観るといってもいいでしょう。そして、多くの「発見」をします。その中の少なくない部分は「意外性」、つまり予想と作品展開のズレや、あるいは逆に、観客の予想を現実の映像として描きだしていく、私はこれを「王道性」と呼びますが、そういうストーリーの構成の中で、それを支える要素として回収されていきます。けれども、中には回収され尽くされていない発見が残る作品があります。



この「発見」が重要なのです。うまくいけば、観客がもう一度スクリーンの前に座りたいという気持ちにまで高めることができるからです。



●映画がもっと面白くなる「<発見>のゲーム」

かつては、「見間違えではないか?」と思って、確認するために、もう一度スクリーンに足を運ぶという契機がありました。



たとえば、『天気の子』では、作品の筋とは微妙に絡まない、しかし重要な部分に、『君の名は。』のキャラクター(と思しき人物)が登場します。本当に「『彼』『彼女』だったのか?」と驚いた人も多かったでしょう。



今でこそ、ネットで検索してみると、いろいろな情報が出ていますので、その確認は簡単です。だからでしょうか、今回は、作り手側も親切なことにエンドロールでわかるようにもなっています。しかし、かつてはもう一度劇場で自分の認識が正しかったのか確認するしかない時代がありました。逆に、『天気の子』も、エンドロールで初めて気づいた人は、もう一度確認のために観たい、と思うかもしれないですね。



ですが、仮にその発見が確認できても、熱心なファンの気持ちはそこで終わらないでしょう。「あの人物が登場したのだとしたら、そんな端役のはずはなく、実は自分の気づいていない重要な本編のストーリーとの絡みが、実はあるのではないか」「いや、それどころか『君の名は。』と作品としてどこか繋がっている何かがあるのではないか」などなど、いろいろな想像が起きるでしょう。いや、もう妄想といってもいいかもです(笑)。



そもそも最初の鑑賞のときには予期していない、いわば不意打ちの状態ですので、そうした細かいところには目がいっていないことがほとんどです。ですから、鑑賞後、ちょっと落ち着いたところでいろいろと考えたりするわけです。



そうしてより細かいところを観て、自分が提起した謎を確認し、考えた仮説を検証するためにもう一度スクリーンに足を運ぶ。



こうなると作り手としては大成功です。というのも、作品を観るたびに観客の謎も仮説も変わっていきますから。したがって、それを検証するための鑑賞も尽きることがないでしょう。こうした「発見」によって観客の中で作品がどんどん勝手に面白くなっていく仕組みを「<発見>のゲーム」と呼んでもいいかもしれません。



●新海監督といえば「リアリティにあふれる背景画」だ

「<発見>のゲーム」を誘発する仕掛けとして、『君の名は。』などの別作品からのキャラクターの導入を挙げました。それと同じく効果的に使われているのが、写真をベースにした背景画の作成です。新海監督自身が解説されていますが、あの印象的なほどリアリティのある背景は、実際に撮影された写真をもとに作っています。



写真から背景画を生成する技法は、現実と作品の交錯を支える現実感ある背景を作り出すためには、実にコストパフォーマンスがよいものです。新海誠監督といえば、近年、大ヒットメーカーとして名を上げる以前には、むしろ『ほしのこえ』で世に出た「インディーズの新星」というイメージが強かったように思えます。



30分足らずのアニメ作品『ほしのこえ』を自宅のパソコンでほぼ1人で作りあげ、それが大ヒット作となったことは、2人の登場人物の声を自身と奥さまで当てられたというエピソードを含め、今やアニメ界の伝説の1つだと思います。そういう経歴の監督ですから、作品作りに対する「効率性」にもこだわりがあるのではないか、と私は考えています。



今回の『天気の子』は、東京の中でも、南新宿・代々木(『君の名は。』でも描かれましたね)とともに、山手線の北側のエリアが重点的に描かれています。特に池袋の街や、田端駅から西日暮里駅までの線路沿いのエリアなどは、実に丁寧に描かれています。



山手線から見える風景や道路との相関などもリアリティにあふれています。ですから、東京の中でも、こうした土地に親しみがある観客は、背景のそこかしこに見慣れた記号や意匠を発見することになります。もちろん、そこには「大人の事情」で描けないものもあるわけですが、あるはずのものがないということも、また「<発見>のゲーム」の一部です。



●『天気の子』の聖地巡礼も盛り上がっている

ただ、私が注目しているのは、この手法が、リピーター開拓以外にも効果を持つだろうという点です。



ずばり、「聖地巡礼」です。



かつて私がNHKの番組で「聖地巡礼ブーム」について解説したとき(編集部注:2012年3月7日/NHK「クローズアップ現代」)、NHKの制作スタッフの方たちは「アニメ産業のコスト削減のために近場のロケハンを行った」という点に着目していました。



しかし、それはそれで1つの見方だと思うのですが、同時に、聖地巡礼は、映画館に足を何度も運んでしまうのとはまた別の「<発見>のゲーム」であることに私は注目したいと思っています。



実は、私の家は、西日暮里から田端というエリアは近所でして、通勤路の一部でもあります。なので、私にとっても、この映画は「<発見>のゲーム」そのものだったのです。けれども、この線路沿いの道など、知っている人はあまりいません(地元でもやや抜け道扱いなのです)。そういう多くの人にとっては、この風景はやけにリアルな光景ということでしかなく、まだ「<発見>のゲーム」の対象としては弱いのです。



けれども、そういう人々こそ、実際にその場所に来て、主人公が登った坂を歩いたとき、新たな「<発見>のゲーム」を味わうことができます。



最初は劇中のシーンを実際に発見することで、そして今度はもう1つ、そこで発見できない舞台、たとえば建物や樹木などを特定することで、作品の中の虚実を確認することができるわけです。



作品の情報量は有限ですから、この「<発見>のゲーム」は、ある段階から<発見>というより、さっきは「妄想」と言いましたが、自分の中で新たな<発見>を捏造する段階に進んでいくことになります。



これは立派な二次創作活動の1つだと私は考えています。二次創作というとすぐパロディや同人誌という言葉が浮かぶのですが、そのように表現として外に出ているわけではない、「脳内限りの二次創作」といってもいいでしょうか。これは実に吸引力が強いです。



事実、聖地巡礼は盛り上がっているようで、『天気の子』の公式ホームページにも「映画『天気の子』関連場所訪問(聖地巡礼)についてのお願い」( https://tenkinoko.com/ )というメッセージが出ています。また、Googleで「天気の子」と入力すると、「田端」とかリコメンドに出てきます。実際、主要シーンの場所を紹介したサイトも出てきているようです。





●現実世界と交錯すればするほど「タイアップ」の可能性が広がる

こうしたものをどう楽しむかは人それぞれでしょう。けれども、この「<発見>のゲーム」によって、ビジネスとしてのアニメはまた1つ広がりを持つことになります。日本流に言えば、「タイアップの可能性」ということです。



アニメ映画は、ファンに鑑賞してもらうために作られることはもちろんですが、それ「だけ」ではありません。たとえば、販売されるグッズ製作のネタでもありますし、タイトルの「宅急便」という言葉がきっかけでクロネコヤマトとタイアップした『魔女の宅急便』が典型的ですが、広告的機能もあったりします。



作品が現実世界と交錯すればするほど、タイアップの可能性は広がります。ましてや「聖地巡礼」現象が見込まれれば、舞台として現実の施設や店舗を出すことに広告的メリットが出てきます。



実写映画作品では、舞台をどこにするか、ロケ地をどこにするかは、1つのビジネスの対象にもなっていることは、世界中でロケ誘致がおこなわれていることから見てもよくわかるでしょう。アニメで同じ取引ができないはずはないわけです。



しかも、今は海外からの訪日旅行者数が好調に増加しているフェーズです。やりすぎだと言われそうですが、たとえば中国では、日本で中国人向けによく売れている商品の名前や、中国人向けに商売している店舗の名前を見せるような調整をしたバージョンを公開するなどのやり方もできそうです。



聖地巡礼をしてくれるくらいのファンであれば、怒るどころか、日本版ではそこにどんな商品名や企業名があるかを探すみたいな楽しみ方も開発するのではないかと思います。



「<発見>のゲーム」はこのように1つの作品に様々なビジネスの拡がりの可能性に満ちていて、そして、『天気の子』には、この要素がてんこ盛りだと思うわけです。



ただし、これを無定見に礼賛してよいかというと、それにはいくつか問題点を指摘しておかなくてはならないでしょう。



まず、聖地巡礼をタイアップビジネスとして形にするには、作品が成功する可能性が大きくなくてはなりません。そういう意味では、新海作品しかり、ジブリ作品しかり、ある意味ブランド力があるからこそ拡がる可能性であり、どんな作品でもできるものではありません。



特にタイアップは、それによって作品としての自由度が下がってしまいます。たとえば、タイアップしている企業の業界や商品に関連するものをネガティブに書くのは憚られる、などです。何より作品の面白さが第一ですから、やりすぎは禁物です。



聖地巡礼そのものについても、地元とのタイアップのやり方は綿密に計算すべきではないでしょうか。ファンが<発見>して集まる前から地元の方が過度な歓迎事業でネタばらしをしてしまうのはちょっと興ざめですから、聖地巡礼が盛り上がってから地元も対応を迫られたくらいのストーリー作りを一緒にするくらいの覚悟で臨んでほしいものです。いや、ブームが起きず、期待が空振りするのもつらいですが。



いずれにせよ、作品の面白さ、そして観客自身の「<発見>のゲーム」、この組合せが大事なのであって、ビジネスはそこから波及させてもらうもの、という作品と鑑賞へのリスペクトがなにより重要だと思います。



●『天気の子』のロングランはいつまで続くか?

ただ、『天気の子』にはこうした興ざめな部分は、少なくとも自分の見る限り、見当たりません。ですから、『天気の子』のロングランは当然だと思いますし、ひょっとしたらタイムアップまでいくのではないか、とちょっと期待したりしてしまいます。



そもそも、ロングランはどうして実現するかというと、予想集客数が好調で、ほかの作品を上映するよりもその作品を上映し続けるという判断を劇場や配給元がすることによって実現します。



劇場には、次々と新作映画がやってきます。一般的に、エンタメコンテンツは公開直後に一番集客するというのがセオリーでして、映画もその例に漏れません。映画は普通、週末に公開されますが、公開したその週と翌週の週末成績、あるいは翌々週までの成績が一番よいものになります。



すでに公開して時間が経っている作品はもう集客が落ちていてそこから集客が復活することは通常見込めないので、一般的には、この新作登場のタイミングで、ほかの新作に圧されるように劇場公開が終了します。



ただし、「一般的には」と言ったのは、リピーター客が好調だったり、当初それほどメジャーでなかった作品が口コミなどで評価が広がったりなどで、そのパターンにはまらない作品もあるからです。何らかの理由で新作映画に比肩できるほど人気が落ちないという特殊な事態があれば、ロングランは無限に続くはずです。理屈上は。



歴代1位の興行収入を誇る『千と千尋の神隠し』はそういう特殊な作品だったのですが、ロングランは終了してしまいました。その原因が、DVDです。



先ほどアニメ映画はファンに鑑賞してもらうために作られると言いましたが、その方法は劇場公開「だけ」ではありません。DVD販売、今ではネット配信とか、あるいは衛星や地上波でのテレビ放送といったさまざまな公開が最初から予定されているのです。



こうしたビジネスをする事業者に、すでに触れたタイアップ等、多様なかたちで作品を利用する事業者までが集まり、利用することと引き換えに予めお金を出し合い、アニメはそれを制作資金として作られるのが通例です。



弁護士ドットコムの読者のみなさんなら、こうしてお金を出し合った事業者を出資者と見なして匿名出資組合である「製作委員会」とする例が多いことはご存じだと思います(参考:「日本のアニメはNetflixに支配される? プラットフォーマーによる地殻変動の意味」https://www.bengo4.com/c_23/n_9940/ )。



こうなると、アニメを作ったほうも、この出資者の都合に配慮しないわけにはいきません。



●早めに2回目の鑑賞に行きたい

さて、アニメ映画のさまざまな公開方法、業界ではしばしば「ウィンドウ」と呼ばれます。一般的には、単純なルールでその順番が決まります。それは消費者の支払い単価の順番です。最初の劇場が一番客単価が高く、セルDVD、レンタルDVDや配信、有料放送、そして最後に無料放送である地上波テレビ放送という感じです。



『千と千尋の神隠し』の場合、劇場公開が終わらないうちに、DVDの販売開始の日が来てしまって、ロングランに終止符が打たれました。



いや、劇場公開もDVD販売も同時にやっていいのではないか、という気もしなくはないですし、現実にそういうやり方をしている作品もなくはないのですが、『千と千尋の神隠し』の場合は、このDVD販売開始をもって劇場公開は終了したということです。



はたして、『天気の子』のロングランがどこまで続くか。今年は年末にスター・ウォーズ・サーガの完結編となる『スカイウォーカーの夜明け/RISE OF SKYWALKER』というおばけ作品が待っていますから、ここを乗り越えられるかどうかが、1つのカギになると思います。細々とでもタイムアップまで伸びてほしいですが、厳しいかもしれません。



個人的には、劇中、どうも我が家は水底に沈んでしまっているようなので、具体的にどのあたりまで水が来ているのか、自宅近辺の水深はどのくらいか、職場とか実家とかゆかりのあるところはどうなのかが実に知りたい。というわけで、早めに2回目の鑑賞に行かないと、と思っています。