2019年09月22日 09:31 弁護士ドットコム
「昔淫売をやっていた」「娘にも淫売を強要」「旦那は強姦魔」「研究費を着服した」「不正に学位を取得」……。サイエンスライターの片瀬久美子さんに対するツイッター上での誹謗中傷は2年前のある日、始まった。片瀬さんが投稿者を相手取った損害賠償請求訴訟で、今年7月、投稿者に約264万円の支払いを命じる判決が下された。
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片瀬さんの主張が全面的に認められた形となる。今回、中傷被害の実態や訴訟に至るまでの経緯、裁判の苦労などを、片瀬さん本人に聞いた。
――ツイッター上での誹謗中傷投稿が始まったのはいつ頃で、それに対して片瀬さんは当時、どのように対応していたのでしょうか?
「書き込みが始まったのは2017年7月です。森友・加計問題に関する公文書開示について政府や行政機関には国民に対する説明責任があるといった趣旨のツイートをしたことで、一部の人達からの反発を受けたことがきっかけでした。
複数のアカウントから私に対して『淫売』『旦那は強姦魔』などといった誹謗中傷の書き込みが繰り返されました。発信者を特定し、損害賠償請求訴訟を起こしたのは、そのうちの1つのアカウント(X1)に対してです。
中傷投稿に対しては、書き込み内容を否定する投稿を必要最小限に行ったのみで、できるだけ応戦しないようにしていました」
ーーツイッターには、不適切な投稿をアカウントや投稿をツイッター社に「通報」する仕組みがありますが、利用しなかったのでしょうか。
「最初に中傷してきたアカウントをツイッター社に通報したのですが『Twitterのルールに違反していない』という回答でした。これだけ酷い中傷なのにTwitter社から問題なしと判断されたことで、私は中傷を受けても仕方のない人物だとみなされた様に感じられて、さらに深く傷つきました。
後日、何らかの理由でそのアカウントが凍結されましたが、また別のアカウントから同じような誹謗中傷投稿が繰り返されました。
しかし、何度通報してもTwitter社は『ルール違反ではない』として私への中傷を容認し続けました。そのため、最後の手段としてX1に対して法的手続きを始めることにしました。
お金も時間もかかる手続きを始めたのは、娘や家族に対しても中傷されたことが大きいです。自分が強姦魔と書かれ、夫もかなり怒っていました」
――誹謗中傷投稿に対してその発信者を相手取り法的な手続きをするには、その前段階として発信者情報開示請求を行わなければならないですよね。
「そうです。投稿者を特定する前段階として、まずツイッター社に対して2018年4月、発信者情報開示請求を行い、翌月、開示の決定がなされました。
そこで得たIPアドレスをもとに、インターネットサービスプロバイダ(ISP)に対しても発信者情報開示請求を行い、また、並行して、警察に相談し、被害届が受理されました。最終的な本人特定は警察が行いました。
私が住む函館市の警察署が捜査を担当してくれましたが、本人特定のために相手の居住地(埼玉県)に何度も赴く必要があり約1年かかりました。相手の居住地にある警察署にバトンタッチできたら、もっと早く特定できただろうと思います」
――誹謗中傷に関しては、警察署や担当者の熱意によって、対応はマチマチだと聞きます。しっかりと対応してもらうために、警察に相談する際には、どのような準備をされていったのでしょうか。
「そのアカウント(X1)から私に対する誹謗中傷の投稿をできる限り記録し、弁護士さんから警察に連絡をして名誉毀損事件として捜査をお願いしました。私が一人でのこのこ行くよりも、弁護士さんが交渉する方が話をきちんと聞いてもらえるだろうと考えたからです。クレーマーが来たとか、被害妄想で言っているわけじゃないということを示せるようにしました。
すると、『これはひどいね』『こんなこと書かれたらたまらんね』と言葉をかけてくれて。親身になって動いてくださいました」
――誹謗中傷の書き込み主に対する訴訟は、その書き込みをチェックして保存しなければならないため、その作業自体、精神的な負担が大きいように思います。
「そうなんですよね。ツイッター社は、消された書き込みや凍結されたアカウントの書き込みを開示してはくれないので、自分でこまめに記録して保存するしかないのが、大変でした。自分に対する誹謗中傷を監視しながら記録していく作業は自傷的な行為に近く、大変なストレスになります。胃がキリキリと痛んだり、気分が滅入り吐き気に襲われたりもしました。
やっぱり悔しい、って思うときも多々あり、夫には弱音を吐いていました。でもツイッター上では、冷静に。ムキにならずに淡々と書き込みを否定し、やめてくださいと伝えるのみにとどめました。丁寧な口調で丁重に応じるよう、いつも心がけていました。
のちに訴訟を起こすと考えているのであれば、応戦することは不利になります。相手を挑発して罵倒させたというか。あなたが言わなかったら相手もそういう発言はしなかったんじゃないですか、とか、言わせたあなたにも責任の一端はありますね、と判断されかねない。ですので、そこはとても気を使っていました」
――そして、警察から書き込み主が誰かを教えてもらい、損害賠償請求訴訟を起こしたんですね。被告側はどのような対応でしたか?
「そのアカウント主は60歳代の男性でした。法的手段として刑事のみでやるよりも、民事でも訴えて裁判所の判断を仰ごうと思いました。
『民事であっても事実摘示型の名誉毀損(注1)と認定されたら、刑事でも名誉毀損が成立するので(注2)、起訴してもらいやすくなると考えたからです。
(注1「Aさんが不倫している」という様な、直接的に事実を述べて社会的評価を低下させる類型:参考「インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル(第3版)」P58 注2 上記事実摘示型のものは民事刑事双方ともに名誉毀損として処理される:参考「最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務(第2版)」P26)
被告が出廷し易いようにと、私の地元ではなく、さいたま地裁でやりました。しかし、民事裁判の口頭弁論に本人も、代理人も出てきませんでした。
訴状を送達する段階から、受け取りを何度か拒否されたため、居住地に相手が住んでいるのか確認する『現地調査』も行いました。生活実態があることが確認されたため『付郵便送達』という方法でようやく送達が完了しました」
――ネット上の誹謗中傷での賠償金としては高額だなと思うのですが、どういう事情が評価されたのでしょうか。
「被告側が出廷せず、答弁書も出さず、全く何も反論をしなかったので、こちらの主張を全て認める判決が下されました。ただし、被告が出廷しない欠席裁判でも慰謝料額は裁判官の裁量で決められます。
今回、慰謝料として200万円が命じられたのは、裁判官がそれだけ悪質だと判断したからだと思います。『謝罪文の掲載』ではなく『謝罪文の交付』という珍しい請求もしたのですが、これも認められました」
ーー「謝罪文の交付」とは、何でしょうか?
「謝罪文を書いて原告側に渡すことです。よくあるのは被告側が中傷行為をした媒体(新聞や雑誌、SNSならば被告のアカウント)に謝罪文を掲載することを請求するものですが、本件では被告のツイッターアカウントが凍結されており、謝罪文をそのアカウントの固定ツイート等に掲示してもらうのは不可能なので、変則的な請求をしました」
――損害賠償と、謝罪文の交付を求めて訴訟提起し、判決ではどちらも認められましたが、賠償金や謝罪文の交付は現在、どのような状況になっているのでしょう。
「さいたま地裁で判決が言い渡されたのち、被告側は控訴をしておらず確定していますが、被告側からは一切、支払いもなければ、謝罪文の交付も行われていません。
弁護士さんから被告男性に裁判所の命令に従うように求める通知書を8月末に送付して頂きましたが、それに対しても何の返答もありません。謝罪文の交付については、裁判所に『間接強制』の申立てをしているところです。
民事の裁判は終わりましたが、現在、刑事の方では検察の裁定(判断)を待っている状況です。不起訴になってほしくはありません。損害賠償も払わない、謝罪文も交付しない、そのうえ不起訴となれば、投稿に対して責任を取らすことができません」
――お話を聞き、ネット上の誹謗中傷に対して被害者側はここまで大変な思いをしなければいけないのかと驚きました。
「泣き寝入りなんかするもんか、と戦い続けましたが、経済的にも精神的にも大変でした。本来であれば、仕事に注げるはずの時間も奪われました。
私の場合は、弁護士費用(Twitter社に対する発信者情報開示請求と被告男性に対する民事と刑事の各法的手続きを合わせて)として、これまでに100万円程かかっています。その他にも、北海道に住んでいますから東京の弁護士事務所での打ち合わせや、埼玉県の裁判所や検察庁に行くとなると、交通費や宿泊費、移動の時間も取られました。
誹謗中傷された場合、アカウントを消して逃げるとか、別アカウントを作り直した方が、負担が少ないのかもしれません。
しかし、私のように仕事関係でツイッターのアカウントを使っている人などは、さっとアカウントを消して逃げるということはできませんし、被害者の多くが我慢してしまうと加害者たちが野放し状態となり、ネット環境は改善していきません。
覚悟を決めてやっていますが、今回の経験を通じてネットトラブルについて様々な問題点も見えてきました」
【取材協力】片瀬久美子さん 京都大学大学院理学研究科修了。博士(理学)。専門は細胞分子生物学。著書に『放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち』(光文社新書:もうダマされないための「科学」講義収録)、『あなたの隣のニセ科学』(JOURNALoftheJAPANSKEPTICSVol.21)など。