トップへ

ネットの影響で「自殺願望」は高まった? 20年追い続けてきたライター・渋井さんの見方

2019年09月18日 10:51  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

ちょうど2年前、神奈川県座間市のアパートの一室で、若い男女9人が殺害される事件が起きた。もう忘れた人も少なくないかもしれないが、被害者となった女性たちは、ツイッターなどで、「一緒に死んでくれる人を探している」「死にたい」と書き込んでいた。


【関連記事:「殺人以外なんでもされた」元AV女優・麻生希さん「自己責任論」めぐり激論】



「インターネットは、若者たちの『居場所』になりうるのか?」。出会い系サイトやSNSによる「売買春」、一緒に死ぬ仲間を募った「集団自殺」、裏サイトの「いじめ」など、ネットが絡んだ事件を20年以上取材してきたライターの渋井哲也さんはこう問いかける。



渋井さんは9月上旬、『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)を上梓した。この中で、渋井さんは、座間市の事件で逮捕・起訴された白石隆浩被告人と接見したときの様子も描いている。白石被告人も、ツイッターを使って、被害者を誘い出したとされる。



ネットは日常生活に欠かせないツールとなっているが、犯罪に巻き込まれるケースも増えているようにも思える。さらに、一部の人にとっては、むしろ「生きづらさ」を強化してしまう側面もあるのではないだろうか。渋井さんにインタビューした。



●「本音をさらけ出せる居場所だった」

――ネット絡みの事件を取材しはじめたきっかけは?



取材をはじめた1990年代後半から2000年代初めは、携帯電話の利用者が急速に増えて、出会い系サイトや、メル友募集のサイトが乱立していたころです。知らない人同士が出会うという状況ができあがり、児童買春や誘拐につながるような事件も発生していました。そういう中で、掲示板やウェブ日記を使って、自分の気持ちを吐き出している若者たちがいました。彼・彼女たちの心境に関心を持ったのがきっかけです。



――どういう「気持ち」が吐き出されていたんでしょうか?



「家にいたくない」「学校にいきたくない」「死にたい」など。今ならSNSに投稿されているような内容です。ウェブ日記がコミュニティになっていて、共感した人があつまってくる。そこから派生して、別の人が新しいウェブ日記をつくったりして、さらにコミュニケーションが活発になっていく。そんな感じでした。



2000年代前半からは、自傷行為の写真や、家族関係・学校の悩みも投稿されるようになりました。一方で、そんな「生きづらさ」を抱えている人を狙って近寄ってくる人たちがいて、性犯罪などの事件も起こりました。



――ツイッターなど、SNSの登場はどういう影響がありましたか?



個人による発信がとても簡単になったので、それまで発信できる人の「ファン」にすぎなかった人も発信する側に回りました。そのあと、家族や学校、地域社会など、リアルのコミュニティでは見せない顔をネットで出す人が多くなっていきます。



たとえば、生徒会長をやっているような女子高生が、ネットで相談相手を探したり、援助交際の相手を探したり。ネットは、日ごろ演じている自分に疲れて、本当の自分を見せることができる場所です。顔が見えないからこそ、本音をさらけ出せる「居場所」だったのでしょう。



――「死にたい」という人は増えた?



増えたというよりは、可視化されたということだと思います。SNS以前のチャットや掲示板は、閉鎖的な空間で、検索にひっかからないようになっていました。ところが、SNS内のキーワードが検索できるようになると、そういうつぶやきが目に見えるようになったということだと思います。



――スマホの利用が広がって、動画も身近になりました。



ニコニコ動画やツイキャスなど、動画サイトでも、自傷行為を見せる人がいます。そういう動画をみたユーザー(視聴者)は、逆に「自分は変わった人間じゃない」という安心・安堵感を得ています。また、日ごろの愚痴を言ったり、相談できる相手を見つけることもできます。逆に、「死にたい」という感情が高まっているときは、死に近づくための方法も見つけやすくなっているといえるでしょう。





●ネットで出会うことは「悪く」はない?

――そう考えると、ネットは「悪」なのでしょうか?



かならずしも悪ではなく、二面性があると思っています。たとえば、信頼できる大人や同世代の人間に出会えると、考え方や行動が変わって、うまくいくことがあります。一方で、すでに人生経験を重ねた人、自殺未遂を繰り返している人に変化はありません。いろいろな人に相談したけど、自分が信頼できる相手が見つからなかったり、問題が解決しなかったり、問題が解決してもどう生きるか想定できない場合、「死にたい」という感情は、そう変わらないからです。



――偶然の要素が強そうです。



学校のクラスメイトや先生と出会うのも、偶然なので、そういう意味では、リアルと変わらないと思いますよ。そして、ネットは、気に入らない相手をシャットアウトできるメリットがあります。広大なネットを漂うことで、自分と相性の良い人を探すのが、現実よりも簡単にできるでしょう。



――その結果、犯罪に巻き込まれることもあります。



ツイッターで「死にたい」とつぶやいたら、「話を聞くよ」と声をかけてくる人は少なくありません。実際に会うと、カウンセリングをしてくれる人もいれば、ただのナンパ目的の人もいます。その結果、性犯罪に巻き込まれたり、座間の事件のように亡くなる人が出てくるわけです。



――座間事件の白石被告人と面会してどんな印象を受けましたか?



良くも悪くも、どこにでもいるような「ふつうの人」に思えました。むしろ、少し軽い感じがするくらいで、一見すると、人を殺すようなタイプではありません。彼の本性は、ネットのナンパ師。どうやって接すれば、そういう人を呼び寄せることができるかを熟知していました。



――白石被告人のケースは特殊ではないでしょうか?





短期間で、あれだけの人数を殺害したのは(2カ月で9人)、さすがに特殊といえるかもしれませんが、ネットを通じて短期間にあれだけの人に会う、という意味では、まったく特殊ではありません。ネットナンパはたくさんあります。そして、「死にたい」とつぶやいている人も多いのです。



犯罪に巻き込まれないためには、密室で会うことを避けたり、昼間に会うこと。また、家族やネットの友だちに「きょう誰かに会うか」ということを伝えておくこと。「何時までに返事がなければ、電話をかけて」とか「110番して」とか。リスク回避の準備をしたうえで、ネットで知り合って会うことは、必ずしも悪いことではないと思います。



●「ネットをどう使うか」より大事なこと

――相談する相手がいれば、自殺しないのでしょうか?



これまで取材した人のうち、40人くらいが自殺しています。その少ない経験の中でも、ほとんどの人は、家族や友だちや精神科医、カウンセラー、弁護士に相談していました。「誰かに相談すれば、自殺は防げた」という意見もありますが、そんなに単純なものではありません。



相談者と信頼関係ができたり、学校を卒業するなど、環境が変わって、「今後も生きていい」という気持ちになればいいのですが、単に相談すればいいわけでもありません。相談して、信頼関係ができても、24時間張り付いているわけにはいかないからです。また、いじめや虐待などが解決しても、PTSDなどの後遺症が改善されないことがあります。自殺を100%防ぐ方法はありません。



――ネットは「生きづらさ」を強化していますか?



たとえば、学校のいじめでいえば、24時間常時いじめられているような状況となっています。ネットがない時代は、黒板に「死ね」と書かれたり、手紙を回されるようなことがありました。昔だったら、学校に行かなければ、それを見ずにすんでいたんだけど、ネットにはそういうことが書かれて、いつでも見えてしまうからです。「LINE外し」や「ブロック」という仲間外れもあります。



ネットは、学校や地域社会から逃れたり、自分のことを理解してくれる人と結びつくことができるツールでした。しかし、今は知っている人ともSNSで結びついているので、実際のいじめがネット上に延長してしまっています。子どもたちにとっては、「生きづらさ」を強化する場所にもなる場合があります。



――どうしたいいのでしょうか?



そもそも、ネットにかぎらず、コミュニケーションはミスを伴うものです。傷ついたり、傷つけたりは、家族や彼氏・彼女でさえもあります。大事なのは、ネットをどう使うかではなく、倫理観や人権感覚です。ネットの利用が広がることで、これまでよりも人権教育が求められるようになっていると思います。



この本では、ネットに絡んだ事件を振り返ることで、「ネットは、若者の居場所になりえるか?」という問いの条件を探しました。仮に、その条件が見つかったとしても、時代とともに変化していくものだと思っています。ぜひ、みなさんも一緒に考えてほしいですね。



●いのち支える窓口一覧(自殺総合対策推進センターサイト)

http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php