トップへ

Creepy Nuts DJ松永のプレイから考える、DVSがもたらしたターンテーブリズムの進化

2019年09月15日 13:01  リアルサウンド

リアルサウンド

DJ松永『DA FOOLISH』

DJ松永:(中略)私、本当にコンプレックスだったことがあって、Creepy Nutsのプロフィール文に『MCバトル日本一のラッパーR-指定と、ターンテーブリストでトラックメイカーのDJ松永――』って書いてあるんだけど、R-指定は実績なのに、俺は業種を紹介されている。


R-指定:そうやな(笑)


DJ松永:これにて、『日本一のラッパー・R-指定と、日本一のDJ・DJ松永』と言えます。だから、ホームページのバイオグラフィーを即、『日本一のDJ』に変えてください!(allnightnippon.comより抜粋)


 と、世界的なターンテーブリストの大会である『DMC』の「JAPAN FINAL」にて、バトル部門を制し、9月末に行われる世界大会に初出場する喜びを、自身たちがパーソナリティを務める『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0』(ニッポン放送)で爆発させたDJ松永。そして放送後半では、「世界獲ったる!」と宣言した彼だが、これはDJ松永流の怪気炎ではない。なぜならDMCで日本人が優勝することは全く珍しいことではないからだ。


(関連:Creepy Nuts、オードリーへのアンサーが形に 最高にトゥースな「よふかしのうた」MV分析


 『Disco Mix Club』の略称である『DMC』は、1985年に始まり30年以上の歴史を持つイベントだが、91年の段階でDJ YOSHI(GM YOSHI)がシングル部門の3位を獲得しており、その後もDJ TA-SHIやDJ AKAKABEが好成績を収め、2002年にはついにDJ KENTAROが世界チャンプに。以降は、DJ YASAやCO-MA、DJ Bluらがほぼ常にという状態で2位、3位に上り、12年にはDJ威蔵が世界チャンプを戴冠。そして16年にはDJ YUTOが、17年にはDJ RENAが12歳という世界最年少で世界チャンプを獲得している。そしてチーム部門ではHI-CとYASAによるKireek(18年に惜しくも解散)が、07年から11年まで5年連続優勝。この記録はいまだに破られていない。DJ松永が出場するバトル部門(Battle for World Supremacy)では、AKAKABEが04年に、CO-MAが06年に、DJ諭吉が17年に世界優勝を果たしている。


 事程左様に、世界と日本のターンテーブリズムのあいだには、短距離走のような歴然とした実力差は無く、むしろ日本勢が世界のターンテーブリズムのスキルを底上げしたり、牽引していると言っても過言ではないのかもしれない。


 ただ、ターンテーブリズムに興味が無かったり、ご存知無い方にはサイプレス上野とロベルト吉野「P.E.A.C.E. 憤慨リポート」の歌詞にあるように(ちなみにロ吉もターンテーブリストとして『DMC JAPAN』に参戦していた)、「キュッキュするやつ」という認識かもしれない(んな奴ぁはこんな記事は読んでないか……)。しかし、DMCなどのターンテーブリズムの世界大会においては、その「キュッキュするやつ」のレベルが異常に高いことは、YouTubeなどの動画を見ていただければ分かっていただけると思うし、その方向性も機材の進化と共に大きく変わっていくのが、ターンテーブリズムの魅力でもある。


 基本的には「レコード/ターンテーブル/ミキサー」という三位一体で音楽を構築していくターンテーブリズム。その根本的なシステムはDJの誕生から変わらないし、現在にも続いている。しかし、大きなパラダイムシフトが起きたのは、「Serato Scratch Live」(現行はSerato DJ Pro)や「Traktor Final Scratch」(現行はTraktor Pro)などのデジタルDJシステム(デジタル・ヴァイナル・システム:DVS)の登場だろう。


 アナログ盤でルーティン(ターンテーブリズムのプレイ構成。わかりやすく言えば「一曲」)が構築されていた時代は、バトルやスクラッチ用に制作されたレコードや、12インチなどに、針を落としたり擦り位置を分かりやすくするためのマーカーとなるシールを盤面に何枚も貼り、レコードを何枚も入れ替えたりして、一つのルーティンを構築していた。2017年のDJ諭吉のように、そのスタイルで世界を制するDJもいるのだが、現在においてはそれはかなり珍しくなっている。


 では現在の主流はといえば、上記したようなDVSによるターンテーブリズムだ。アナログのDJシステムとの相違点はかなり多いが、ターンテーブリズムにおいて重要な点としては「DJミキサー『Rane SEVENTY-TWO』のようにDVSやMIDIののコントロールがミキサー上で行える」「再生位置をキューポイントとして設定し、ボタン操作によってその位置から再生できる」「ボタン操作で別の曲やサンプルを再生できる」「針飛びがしない」「使える曲が(HDDの容量によるが)無限」「自分のルーティン用に、自分で編集した曲が使える」などのポイントが挙げられるだろう。これによってターンテーブリズムの幅が大きく拡張された。


 Creepy Nutsのライブを見たことのある読者はご存知だろうが、DJ松永のターンテーブル・ルーティン・プレイにおいても、スクラッチやビートジャグリングなどのいわゆる「DJらしい」トリックに加えて、プレイ中にDJミキサー上にあるボタンを押していることが見て取れるだろう。これはボタン操作によってDVSソフトを操作しており、これによって、針を落とし変えなくても瞬時に曲の再生位置を変えたり、別の曲にアクセスしたり、サンプルを鳴らすことが可能になり、さらにその方法論を拡張することによって、ボタン操作によって、ドラムを打ったり、曲を再構築することが可能となった。


 加えて、自分で制作した楽曲やサンプリングなどを、アナログに切り直さなくても使えるため、自分が最終形としてイメージするルーティンに必要な楽曲を、自ら作って、それをプレイに落とし込める。それは「既存のレコードを使う」という枠組みを超えたクリエイティブが表現できるということでもある(ただ、例えばDJ BABUのThe Emotions「Blind Alley」を使った古典ルーティンのような、既存のレコードを使って如何にルーティンを再構築するかという面白さもターンテーブリズムの大きな魅力なので、どちらが正しい、面白いという話ではない)。また『DMC JAPAN FINAL』でDJ松永がR-指定のシャウトアウトを使ったように、自ら手に入れた音源や音声を使って、ルーティンを構築したり、バトルにおいては相手を攻撃したりも出来る。これはレゲエで言えばダブプレートのような意味合いもあるが、それがPC上で出来るというのはテクノロジーの発達の大きな恩恵だろう。


 他にも、そもそも針すら無いターンテーブル「Rane TWELVE」の登場や、DVSのソフト自体発展によって進化を続けるターンテーブリズム。そういった進化を取り込みながら、非常に切れの良いスクラッチや、ライブや『DMC JAPAN FINAL』で見せるような、足の下から手を伸ばしてのスクラッチや、手を背中側に回してのフェーダープレイなどのボディトリックという、非常に古典にして王道なプレイもルーティンに取り込むDJ松永。その意味では、R-指定が日本語ラップの古典を分析し語る『Rの異常な愛情』という単行本を上梓しながらも、ラッパーとしては最新形も取り込んで進化するように、DJ松永もまた、DVSの最新機能やデジタル化の恩恵をルーティンに取り込みながら、その本質としては、ターンテーブリズムの歴史に対して誠実に向き合っていると感じる。彼が世界戦で優勝まで駆け上がることが出来るのか、刮目して待ちたい。(高木 “JET” 晋一郎)