2019年09月15日 09:51 弁護士ドットコム
教員を目指す大学生たちにとって、教育実習は教員免許状を取得するために欠かせない科目だ。その重要な現場で、指導教員などによる「教育実習セクシャルハラスメント(以下、実習セクハラ)」にさらされる危険があることはあまり知られていない。
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学校という閉ざされた社会の中で、立場の弱い者に対して行われる卑劣な行為。実習セクハラの実態を追ってみた。(ルポライター・樋田 敦子)
「教員志望だった学生が、実習セクハラを理由に教職をあきらめたケースを何度となく見てきました。進路が絶たれただけではなく、一生を左右するような深刻な心の傷を抱えてしまうケースもあるのです」
こう証言してくれたのは、教職課程を受け持っていた元大学の教員だ。この元教員は、教え子の話として、ある事例を話してくれた。
実習セクハラに遭った大学生Aさん(当時21歳、以下年齢は当時のもの)は、首都圏の私立大学4年生のときに、母校の公立中学校で教育実習を行った。Aさんの指導教諭(46歳)は、この中学校に通っていたときの部活の顧問。気心が知れ、尊敬できる存在だった。
実習が始まって1週間が経ち、春の体育祭が終わった頃、ほかの実習生も交え、教員で打ち上げをすることになった。全員参加型の1次会の懇親会が終わり、2次会のカラオケで事件は起こる。
その指導教諭はAさんとすれ違いざま、ダボダボのジャージの上から胸を触り「お前の胸は小さいな」と言い放った。かつての恩師からの意外な行為にショックと戸惑いを隠せず、Aさんは気が動転し、泣いてトイレに駆け込んだ。自分の中で信頼が崩れていくのを感じていた。
トイレにはもう一人の女性がいた。臨時採用の教諭をしていたBさん(23歳)も、同じ教諭に同じように胸を触られ、泣いていた。
2人はそれ以上、宴席にはいられず、Aさんは帰宅して母親に事情を話した。母は「ショックだったのはわかるけれど、あなた自身が立ち向かわなければいけない問題よ」と自らの手で問題を解決するように促したという。
「二度とその教諭の顔を見たくなかった」Aさんだったが、教員免許状を取得するためには、実習の単位を取らなければならなかった。途中でやめることもできず、そのまま実習2週目に入った。ところが体が拒否したのか、体調を崩した。発熱もした。それでも実習を続けなければならないーー。
Aさんの様子がおかしいことに気づいた教諭から声をかけられ、思い切って、校長らに被害を相談した。
AさんとBさん、校長、教務主任、そして当該の教諭の5人で話し合いがもたれ、「Aさん、Bさんには、その教諭が近づいてはならない」との結論になった。教諭はふたりに対して頭を下げただけだったという。最終日までAさんは努力して通ったが、当初計画していた研究授業の準備はうまくは進まず、達成感はなかったという。
問題が大学に発覚したのは、翌年の1月。Aさんの実習記録ノートが提出されていないことに、大学の教職課程の教員が気づいた。Aさんはあまりに教諭が怖くて、実習終了後に受け取らなければならない実習録を、実習校に取りに行けなかったのだという。大きな心的被害を受けていた。
その様子を聞いていた友人が、Aさんに起こった一部始終を大学側に報告した。大学では、委員会を設置し、実習校に「学生がセクハラの被害に遭っているのに内々に処理し、学生と大学に対する報告と謝罪がない」と正式に抗議を行った。
実習校の校長は謝罪に加え、Aさん、Bさん、大学側の委員がいる前で、このセクハラ教諭に謝罪させた。そして今後の犯罪防止のためにも、余罪を調査することを約束した。ところがこの校長は、調査をせず、大学側が再度抗議した。県の教育委員会に訴え、調査委員会が調査を行わうことになった。
しかし処分が出たのは、1年半後。そして「停職3カ月」の比較的軽い処分だった。
Aさんは、この時、大学の教員に「あまりにも遅すぎます。この1年半は本当に辛かった。処分を聞いて余計に悲しくなりました」と漏らしたそうだ。卒業後、Aさんは教員免許を取得し、臨時採用教員の道を選んだが、その後についてはわかっていない。
「現在も心的外傷性ストレス障害(PTSD)に悩まされていなければいいのですが……」(元大学教員)
母校での教育実習を前に実習の依頼に母校訪問したCさんは、職員室で校長からたずねられた。
「女子大生だから遊んでいるんだろう?本気で教員になるつもりなのか」
「性経験はもちろんあるよね」
そして最後にはこう暴言を吐いた。
「僕と付き合えば、実習を受け入れてあげるよ」
そのとき職員室にいた教員全員は、見て見ぬふりを決め込んでいた。
Cさんは、校長のセクハラだけでなく、周囲の教員たちの態度にもショックを受けたという。失望したCさんは、大学に「実習を受けたくない」と相談に行った。
彼女は教員を志望しており、両親もそうなることを望んでいた。そのため大学1年生の頃から熱心に勉学に励んでいたという。大学は母校とは別の中学校での実習を提案。実習は受けたものの、教員採用試験を受けずに大学院に進学した。
前出の元教員は続ける。
「実習前に渡された写真付きの実習カードを見て、容姿を評価している学校もありました。独身の指導教諭と容姿端麗な実習生がペアになるように組み合わせて、将来交際や結婚に進展することまで考えている管理職もいました」
実習を終えてもセクハラが続くこともある。
実習中に指導教諭に緊急用の連絡先を聞かれ、携帯の電話番号とLINEのアカウントを教えた実習生は、「実習後も頻繁に連絡が来て困っている」という。夜中に連絡が来て「30分以内に出てこい」と要求するメールもあった。
別の大学教員が話す。
「20年以上前の教育実習中に起こったセクハラに、いまだ悩まされている女性がいました」
現在は主婦のDさんは、母校で実習中に恩師からセクハラを受け、性行為を強要された過去がある。母校ということもあって、騒ぎになることを避け、何とかやり過ごした。そして悪夢のようなセクハラ事件を思い出すまいとして、年月を重ねた。
しかし、娘が入学する予定の高校に、元指導教諭の名前があり、あのときの悪夢が蘇った。 「娘が、私と同じような被害に遭ったら、どうしようーー」
日ごとに不安が募った。Dさんは意を決して、相談できるNPOを見つけた。どうしたら、娘を守れるか、その一心だった。
結論から言えば、Dさんが教育委員会に訴え、調査をしてもらった結果、その教諭は事実を認め教員を辞めたそうだ。
母としては娘が同じ境遇に陥るかもしれないと心配でたまらなかったのだろう。若い希望あふれる時期にあった被害の記憶がいつまで経っても消えない人もいる。夢をあきらめることだってある。だからこそ、実習生対指導教員という強弱関係の中にうまれる被害をどこかで食い止めなければいけないのだ。
(後編に続く)