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黒木華と高橋一生が母親と対峙する 『凪のお暇』それぞれの“お暇”に出口が

2019年09月14日 12:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『凪のお暇』(c)TBS

「私……お母さんのためには生きられない。自分でなんとかして。私も自分で自分をなんとかするから。期待に応えられなくてごめん。期待に応えない自分のほうが、みっともない自分のほうが、私、生きてて楽しいんだ」


参考:武田真治、『凪のお暇』スナック・ママ役にも遊び心 30年で磨き上げた肉体+演技で進化を見せる


 中秋の名月が輝く夜、『凪のお暇』(TBS系)第9話。秋の訪れと共に、凪(黒木華)のひと夏の“お暇“にも終わりが見えてきた。凪は、小さい頃から自分をコントロールしてきた母親・夕(片平なぎさ)に対し、初めて自分の思いをぶつけたのだ。


 「みっともない髪」「トウモロコシがかわいそう」「お母さん恥ずかしくて死ぬしかない」……持って生まれたものを否定され、母親にとって望ましくない状況になると、自分のせいだと罪悪感を煽られ続けてきた凪は、いつしか目の前の人にとっての正解ばかりうかがう性格に。


 上京して、物理的に地元を離れてもなお、母親の「ちゃんとして」の呪いは、なかなか解けない。龍子(市川実日子)やゴン(中村倫也)は、きっとそんな育ち方はしてこなかったのだろう。今の“ありのままの凪でいけばいい“と、母親との対面を応援する。だが、同じような子供に空気を読ませる母親を持つ慎二(高橋一生)には、そんな気休めの言葉は口にすることができなかった。


 「モジャモジャがいい」。そんな慎二の言葉が、誰よりも、今のありのままの凪を認めているのだと伝わってくる。自分の親に立ち向かうことが、どれほど難しいことか知っているからこそ、そう慰めるのが精一杯だったのだろう。


 さらに、凪を追いかけてきた夕に、得意の貼り付き笑顔と営業トークでうまいこと言って、場を収めようとする慎二。凪との交際が今も続いていること。そして郊外のアパートにいるのは、自分と結婚するためだ……と。だが、助け舟を出したつもりが、慎二の家族まで巻き込む結果になってしまうのだった。


 初めて家族の前で空気を読んで取り繕う慎二を見た凪は、改めて自分と慎二が似た者同士であることを自覚する。「変わりたい」と願った自分に「変われない」と言い放った慎二を、最初は母親のようにコントロールする側に見えたかもしれない。だが今は、それが自分と同じ境遇だからだったと気づいたのだ。


 空気を読むことを強いられて育つと、自分に向けられた発言はすべて、相手が自分を支配しようとしているように聞こえて、素直に受け取れないことがある。また否定され続けてきた経験から、人とはそもそもわかり合えないと思い込み、本音を言っても仕方ないと諦めるようになる。凪がスナック「バブル」で、客たちと会話のキャッチボールができなかったのも、根底には母親とのコミュニケーションが取れなかったところにあるように見える。


 そんな凪が、意を決して母親に「嫌い」と立ち向かったのだ。もしかしたら、「みっともない家族」と言われた慎二に、かつての幼い自分を重ねて守ろうとしたのかもしれない。人は往々にして、誰かを救おうとして、自分自身が救われるものだ。お互いの家族のもとから逃げた凪と慎二は、同じタイミングで膝から崩れ、泣きじゃくる。まるで、親を見失って迷子になった子供のように。


 親にひどいことを言ってしまった。家族に失礼な態度をとってしまった……自分の思うままに行動したことに、やはり罪悪感を抱かずにはいられないふたり。根本では変わることができない。だが、行動次第で環境を変えることはできる。自分をわかってくれる人がいるということ。そして大声で泣くほど、みっともない姿を見せられる人が、この世に1人でもいるという心強さ。取り繕っていいところを見せる何百人と、どちらと共に生きていくのが楽しいのか、ということだ。


 思えば、アパート・エレガンスパレスの住人たちは、それぞれに“お暇“を取っていたようにも見える。うらら(白鳥玉季)は友だちにいい生活しているのだと嘘をついて現実逃避をしていたし、緑(三田佳子)は家も結婚も捨てて何十年も身を潜めていた。ゴンも恋愛の本質とは向き合わずに、多くの女性たちの間を浮遊してきた。


 さらに凪に導かれるように、パワーストーンを心の拠り所にしてきた龍子、そして嘘だらけの家族をまとめていた慎二までもが、いつのまにかエレガンスパレスに入り浸る。すんなりお互いを受け入れられたのは、それぞれが世間一般から求められる“正解“から逃げてきたからかもしれない。このままではいけないと思いながらも、どうしたらいいかわからずにいる同じ穴のムジナ。


 だが、そんなそれぞれの“お暇“も、そろそろ出口が見えてきた。緑は、全てを押し付けた故郷の妹との再会を決意。龍子は、大事なパワーストーンのブレスレットを緑に貸す。ここでもまた誰かを支えることで、1つの成長を迎えていく。そして、ゴンは女性たちから合鍵を回収し、凪に告白をする。そして、慎二と凪は……。


 最も早く“お暇“の出口に立ったのが、小学生のうららというのも、この物語の面白いところだ。空気を読まない子供のほうが、自分を縛っていたしがらみから抜け出せるということなのだろうか。「そんなの簡単じゃん、友だちになればいいんだよ」と。


 確かに、関わる全ての人と、友だちになれるのは理想だ。家族だからといって依存せず、恋人だからといって執着せず、それぞれが基本的には自分のことは自分でなんとかする。その上で励ましったり、手を取り合ったりして生きていく。そんな対等でフラットな関係性。
年齢も、性別も、仕事も、背景も、収入も……大人になるほど共通項が減って、バラバラになっていく。そして、目の前の人と友だちになることよりも、自分のいいところを見せたいと必死になりがちだ。もしかしたら『凪のお暇』は、友だちの作り方を忘れてしまった大人の“夏休み“の宿題なのかもしれない。


(文=佐藤結衣)