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『セミオトコ』を成立させた山田涼介の「アイドル力」 7日間で見せる「一代記」的な演技の幅

2019年09月13日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

 羽化したセミが人間の姿になり、自分の命を救ってくれたアラサー女子・由香(木南晴夏)を幸せにするため、7日間を共に過ごすという山田涼介主演のラブストーリー『セミオトコ』(テレビ朝日系)。


 視聴率こそ3~4%と低空飛行だが、本作は脚本を手掛ける岡田惠和と、主演・山田涼介の「イイとこどり」のような魅力的な作品となっている。


【写真】セミオ演じる山田涼介


 本作を見るまでは気づかなかったが、この脚本家と役者の相性は実に良い。両者に共通しているのは、“リアル×ファンタジー”の絶妙なミックス感である。


 舞台は、都心から少し離れた国分寺のアパート「うつせみ荘」。そののどかさは、岡田脚本朝ドラ『ひよっこ』(NHK総合)を思い出させる空気だし、やついいちろう、南海キャンディーズ・山崎静代という「ひよっこファミリー」も出演している。


 また、「セミオトコ(通称セミオ)」である山田は、見るもの聞くもの触れるものすべてが新鮮で不思議で、「〇〇って何ですか?」と聞き、「なんてすばらしい世界なんだ!」と感動で目を輝かせる。


 最初は、このキャラも作品も、長瀬智也主演の岡田作品『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)に似たものになるのかと想像した。しかし、漫画の世界から飛び出してきたはらちゃんが現実世界の中で様々なことを学び、成長していくのに対し、本作の場合、大きく成長するのはセミオよりもむしろ「うつせみ荘」の人々のほうなのだ。


 例えば、アラサーヒロインの由香こと「おかゆ(おおかわゆかという本名から、自身がつけた悲しきニックネーム)」(木南晴夏)は、幼少時から家庭でも学校でも、大人になってからは職場でも孤立している。しかし、セミオに出会ったことにより、まるで殻が破れたように、それまで心の中に溜め込んでいた言葉が急激に溢れ出すように、たくさん喋りはじめ、笑い、周囲と打ち解けていく。


 おかゆの思い出としてしばしば挟み込まれる「ヤンキー家族」もまた、最初は陰惨な様子で描かれていたが、おかゆの心が開放されていくにつれ、おバカで明るく可愛い家族の描写に変わっていく。


 つまり、別のフィルターで見れば、これまでと同じはずの世の中が違って見えてくるということ。ここにセミオが度々満点の笑顔で高らかに言う「なんて素晴らしい世界なんだ!」の影響が見えてくる。


 また、いつも自分の表現したいことが形にできないイライラを抱えている服飾系専門学校生・熊田美奈子(今田美桜)も、我が子を幼くして亡くした悲しみを抱える岩本夫婦(やついいちろう・しずちゃん)も、弟を失ってから外に出なくなった「うつせみ荘」大家のねじこ・くぎこ姉妹(阿川佐和子・檀ふみ)も、セミオの登場によって、これまで心の中に閉じ込めていた悲しみと正面から向き合うことができ、新たな一歩を踏み出すきっかけを得ている。


 極めつきは、一人部屋に閉じこもってヘッドフォンで音楽を聴いていた小川さん(北村有起哉)の存在だ。


 事あるごとに「俺で和むな。俺を愛すな」「尊敬するな、好きになるな、俺を」をまるで自意識過剰ギャグのように言い続け、うつせみ荘の住人達をクスリとさせていたが、実は自称「余命わずか」であるのは事実であり、そこから医師を辞め、誰かを悲しませたり自身が辛い思いをしたりしないように人との交流を断っていたことを明かす。


 そんな彼が、第6話の中で、セミオの「自分は本当にセミなんです」という荒唐無稽な告白に対し、「お前が言うなら信じるよ。みんなお前のことが好きだからな」と言い、それにみんなも頷いたのは、メインのラブストーリー以上に感動的なシーンだった。


 もちろんセミオ自身も1日1日と大きく成長している。


 最初は無邪気な子どものようだったセミオが、恋を知ったことで、死ぬ恐怖を間近に感じるようになる。しかし、そこからさらに愛するおかゆが一緒に死のうと考えていることを敏感に察すると、本気で叱りつけ、「幸せな思い出を力にしてほしい」と諭すのだ。


 この変化を表現するうえで、山田は最初に人間離れした美しさと無垢な表情を見せ、そこから「人間の男性」の顔に変わり、最終的に第6話では神々しくやわらかな光を注ぐ「遠い存在」としての大きな優しさを見せた。


 そもそも山田がセミオトコを演じるようになったきっかけは、岡田からのオファーだった。その理由については岡田がラジオ番組『岡田惠和 今宵ロックバーで~ドラマな人々の音楽談義~』の中で「(山田主演の)『理想の息子』(日本テレビ系)を観て、この子とは仕事するかもなーいつかと(思った)」と語っている。


 山田に託されたのは、まずセミが人間になるという荒唐無稽な設定に説得力を与える、存在感のファンタジーさ。そして、赤ちゃんのような純粋さから大人の苦悩まで、一人の人間の成長と変化を一気に7日間の中で見せる「一代記」的な演技の幅。


 そして、幸せなことばかりじゃない、厳しく辛いことも多い、ままならない世の中でも、「大切なもの・大好きなもの」があれば、世界は違って見えてくると信じさせる「アイドル力」だろう。


 岡田は最初から山田を勝手に想定して企画したと語っている。しかし、これは「山田のためのドラマ」ではなく、「今も地中に潜っていて、地上に飛び出していくためのきっかけを探している人たち」の物語であり、それをリアルな説得力と心躍る儚くも美しいファンタジー感でカタチにするための欠かせない要素が、山田だったのだろう。


(田幸和歌子)