就職・採用活動のスケジュールに関する議論は喧しいですが、こと内定に関しては、10月頭に内定式を行ない、正式に内定を出す会社が多いようです。その頃になれば学生は就職留年を考え始めるし、企業は翌年度の採用活動に着手しなければならないからです。
事業計画上も翌年4月に入社する人がいつまでも決まらないのは問題なので、10月時点での内定者数を次の新入社員と考えています。10月頃に正式内定でおおよそ就職・採用活動が終わるサイクルは、今後もあまり変わらないのではないでしょうか。(人材研究所代表・曽和利光)
内定者期間も大事な「教育期間」
さて、就職・採用活動が終われば、入社までの半年間、新卒学生は内定者として過ごすことになります。しかし、スピード社会、競争社会の現代において、この間遊ばせてくれるほど企業は甘くありません。
大手小売会社など慢性的な人手不足に悩まされている企業は、できるだけ早く働いてもらおうと3月入社にしています。入社までにTOEICの点数をここまで伸ばせとか、宅建の資格を取っておけとか、様々な課題を内定者に課して、できるだけ早く戦力になってもらえるようにする企業もあります。
何も、入社してからが育成の期間ではない、内定は雇用契約の一種なのだから、もう自社の社員のようにみて、育成の対象にしようと考えているのです。
昭和人間の私などは、学生の時にしかできないことをさせてあげればいいのに、とも思うのですが、それは古い考えかもしれません。
学生にとっても、脳みその柔らかい時期に能力をつけてもらえるのはうれしいことかもしれません。ですから、企業がコストを支払って内定者期間中に内定者に教育をするのは、基本的にはよいことでしょう。
心の「消えない炎」を点火する
ただ、貴重な学生時代を使ってもらって教育をするのなら、最も効果的なことをするべきです。それが、単に業務に必要なスキルなのかというと、少し疑問に思います。
というのも、スキルは実際の仕事で必要に迫られて学ぶ方が効率的に身に付くのではないかと思うからです。何に使うか分からないうちに、形式的な知識や技能を学んでもなかなか身が入りません。
では、何が大切なのか。私は、最も大事なことは、入社してからやってくる苦難を乗り越えることができるように、内定者各々の心の中に、ちょっとやそっとでは消えることのない「やる気の炎」を点火することだと思います。
つまり、「志望動機」を「入社動機」に最終化することで、「なぜ、自分はこの会社に入るのか」「なぜ、自分はこの仕事を選んだのか」を自覚し、意味を見出すことで、セルフモチベートするということです。
「志望動機」=「入社動機」など就活で飽きるほど言ってきたし、聞いてきたのに今更と思うかもしれませんが、私の見るところそのほとんどはとても浅く、「消えない炎」などとは到底言えないレベルのものばかりです。
ライフヒストリーと「入社動機」をリンクさせる
学生の志望動機は、「その会社や仕事の何が好きだったのか」(What)しか考えていないことがほとんどです。「この会社はこういう事業や仕事を通じて、社会にこういうことを提供しているから」というのは、単にその会社の事業や仕事説明に過ぎません。それは内定者自身とはまったく関係のないものです。
一方、自分自身が「なぜそういう事業や仕事がやりたくなったのか」(Why)には全く答えていません。多少答えているようでも、「真の理由」ではなく単なる「きっかけ」、例えばこんなときにこの会社の仕事に出会ったから、などを説明する人がいるぐらいです。
人間は意味の動物であり、物語を生きるものです。やっていることに意味を感じればやる気になり、辛いことにも耐えられます。しかし、このレベルの動機付けでは難しいでしょう。
よい「志望動機」「入社動機」とは、内定者自身の歴史(ライフヒストリー)と連動したものです。採用担当者の間ではよく「根っこの生えた志望動機」などと言ったりします。
「自分はこんな環境で生まれ育って、こういう人と出会い、こんな出来事があった。このことによって、自分の考え方や価値観がこのように形成された(Why)。だからこの会社のこんな仕事(What)がやりたくなって、最終的に入社することを決めた」
そういう物語を完結させることにより、自分がこの会社に入る意味が初めて明確になります。入社後に「俺はなんでこんなことやってるんだろう?」と虚無感に襲われたときに、「これにはこういう意味があるんだ!」と自分で言えるようになれば、早期退職や無気力に追い込まれる可能性が減ることでしょう。
内定者同士で「入社動機」を共有すること
それでは人事は、何をすればよいのか。まずは、個々の内定者に改めて今一度初心を確認してもらう機会を作ることです。内定式などの機会を使って、「入社動機」をもう一度確認するのです。
その際、前述のポイントに注意して「なぜなぜ」と聞いてあげて、浅い動機から本当の深い動機へと変容するサポートをすることです。
さらに、それを内定者同士で共有してもらうことはお勧めです。同じ釜の飯を食べる同期が何を求めてここに来ているのかを知ることで、自分がここにいる意味づけをする引き出しが増えるからです。
こうして、消えない炎が心に灯れば、新しく入ってくる仲間にとっては、一生の財産になるのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。近著に『人事と採用のセオリー』(ソシム)、『コミュ障のための面接戦略』(星海社新書)。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/