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政府が「氷河期世代」限定で求人募集、年齢制限を禁じた法律に触れないの?

2019年09月08日 10:42  弁護士ドットコム

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就職氷河期世代の雇用対策が進められています。この世代は1993年から2004年ごろに大学や高校を卒業したものの、不況のあおりを受けたため、非正規雇用が多いと言われています。政府が6月にまとめた「骨太の方針」には、3年にわたる氷河期世代の就労支援計画が盛り込まれ、正規雇用を増やしていく考えです。


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NHKによると、厚労省は、求人の際に年齢制限を設けることを禁止した法律の運用を緩和し、ハローワークに限って、氷河期世代に限定した求人を認めるそうです。具体的には、正社員として雇用された経験がない人や安定的に雇用された経験がない人を採用することを前提に、求人票の対象を「35歳から54歳まで」と記載することが可能になると報じています。



日本では2007年、雇用対策法を改正し年齢制限の禁止を義務づけています。年齢に関わりなく、雇用の機会を平等に与えるためです。



https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/topics/tp070831-1.html



そのため、ネットではこうした求人を歓迎する一方で、「氷河期世代限定の求人募集」は違法なのではないかという指摘がされていました。現在の法律上、氷河期世代に限った求人募集は可能なのでしょうか。労働問題にくわしい笠置裕亮弁護士に聞きました。



●バブル崩壊でリストラされた中高年の再就職が社会問題、法改正へ

現在の法律上、年齢制限のある求人募集は可能なのでしょうか?   「アメリカやEUにおいては、雇用における年齢差別禁止規制が導入され、比較的厳格に運用されています。ところが日本では伝統的に、年齢による雇用の差別的取扱いは、禁止されるべき対象とは考えられてこなかったという歴史があります。



そのため、1990年代までは、多くの企業において、応募対象者を40歳未満に限定するなどといった年齢差別がまかりとおっていました。



このような状況は、バブル崩壊に伴い一変します。各企業において、中高年社員に対するリストラが進む中で、退職を余儀なくされた中高年社員が、前述の応募年齢の壁に阻まれることになり、大きな社会問題となりました。



そこで、2001年の改正雇用対策法では、労働者の募集や採用について、年齢にかかわりなく均等な機会を与える努力義務が規定され、2007年改正以降、『事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは、労働者の募集及び採用について、厚生労働省令で定めるところにより、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えなければならない』という、募集・採用に関する年齢差別禁止規定が定められるようになりました(現行法9条)」



●一定の条件を満たせば雇用対策法9条に抵触しない

新卒採用などは例外になるのでしょうか?



「厚生労働省令には、例外的に年齢制限が認められる場合が列挙されているのですが、定められた例外はかなり範囲が広く、年齢差別禁止規定としては控えめな法律であると評価されています。



例外事由の中には、(1)長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、若年者等を期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用する場合や、(2)技能・ノウハウの継承の観点から、特定の職種において労働者数が相当程度少ない特定の年齢層に限定し、かつ、期間の定めのない労働契約(=正社員)の対象として募集・採用する場合には、年齢制限を認める旨の規定があります。



(1)についていえば、若年者といっても、『基本的には、35歳未満の若年者を想定していますが、必ずしも35歳未満に限られるものではありません。』(厚労省HP)とあるため、例えば『45歳未満の者』という定めであったとしても有効であると解されています。そのため、氷河期世代(30代半ば~40代半ば)の長期キャリア形成のために求人が用いられるのであれば、この例外事由に該当するとして、問題ないと判断され得るでしょう。



また、各企業では、氷河期世代に相当する社員が不足し、ノウハウの継承が問題となっていますから、氷河期世代の社員が相当不足しているという状況の中で正社員募集をかけるということであれば、(2)にも該当するといえるでしょう。



そのため、民間企業が氷河期世代を対象とした募集をかけることは、一定の条件を満たせば雇用対策法9条に抵触せず、可能であると考えられますが、今回の運用緩和は、上記の例外を広げ、氷河期世代を対象とした救済策をより推進しやすくするためのものだと言えます」



●「氷河期限定」募集した宝塚市、3人の枠に1800人以上が殺到

兵庫県宝塚市では、氷河期世代に限定して、来年1月に採用する正規職員(36歳~45歳)を募集。3人の枠に対し1800人以上が殺到し、話題となりました。民間と異なり、公務員の採用には年齢制限の禁止がないのでしょうか?



「前述の現行雇用対策法9条は、国家公務員及び地方公務員には適用されません(38条2項)。そのため、公務員の採用に当たっては、明文上、年齢差別禁止規定は存在しません。 2007年改正時には、まさにこの点が、国会審議の大きな争点となりました。



当時の野党である民主党等が、なぜ公務員に年齢差別禁止規定が適用されないのかについて激しく追及し、最終的には、同法の附帯決議に『国家公務員及び地方公務員についても、民間事業主への義務化を踏まえ、本改正の理念の具体化に向け適切な対応を図ること』という一項が加えられることになりました。



とはいえ、その後も大きな動きはないままに推移しています。そのため、今回の宝塚市のような取り組みは、国や地方自治体ほど進めやすいという側面はあるでしょう」



氷河期世代の雇用促進のためには、どのような求人のあり方が望ましいのでしょうか?



「宝塚市の事例では、採用枠が3人であるにもかかわらず、応募は1800名を超え、倍率は約600倍ということでした。応募者の中には、リストラで職を転々としたため職歴が履歴書に収まらず別紙を付けたり、自由記述欄に『100社以上受けてきた』と苦しい思いを書いたりする人もいたということですから、氷河期世代の救済という目的に沿った応募がなされたと言えるでしょう。



他の自治体や国、民間企業においても、氷河期世代を対象とした安定雇用の募集の動きが広がることは、社会的な使命として、ますます期待されるところです。



氷河期世代は、派遣や契約社員などの非正規不安定雇用が多く、処遇も低い状況に置かれていると言われています。氷河期世代の雇用促進のためには、このような氷河期世代の置かれた問題点を解消するという趣旨に沿った労働条件が数多く提示されるとともに、応募条件の門戸を明示的に広げる(例えば職員募集要項に「正社員経験があることを問わない」ことを明記する等)などの取り組みが求められます。



まずは国や地方自治体が、率先して音頭をとり、宝塚市の発案をさらに充実させ、広げていくべきでしょう」




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働時間規制と過労死」(労働法律旬報1831・32号61頁)、「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/