2019年09月08日 10:42 弁護士ドットコム
改正放送法が今年5月に成立したことで、NHKの放送番組をインターネットで常時同時配信することができるようになった。
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弁護士ドットコムニュース編集部では、放送法改正案の国会審議で参考人として意見を述べた、宍戸常寿・東京大学教授(憲法・メディア法)、中村伊知哉・慶應義塾大学教授(メディア政策)、砂川浩慶・立教大学教授(メディア論・放送制度論)の3人に意見を聞いた。
この記事では、中村伊知哉教授へのインタビューを紹介したい。
ーー常時同時配信の実現について、どう捉えていますか?
遅すぎたくらいだと思っています。
日本で、公式に「通信と放送の融合」という言葉が出てきたのは、1992年の旧郵政省の電気通信審議会答申です。もう27年前のことです。
そして、米国のIT企業が、ハリウッドのコンテンツを軸とする映像配信を宣言したのが、2006年のことです。以降、米国もヨーロッパも、どんどん同時配信するようになっていきました。
一方、日本の放送局には、大胆に変えるというインセンティブがありませんでした。
結局のところ、ネットやスマホを国民のインフラとみるかどうか、「国民の知る権利」に資するものかどうか、という話です。とっくにインフラだと捉えられていたと思います。だから、遅すぎた、ようやく失われた時間を取り戻すときが来た、と考えています。
――常時同時配信である必要はあるのですか?
テレビでもパソコンでもスマホでも、放送の電波でもケーブルでもネットでも、マルチのデバイスに、マルチのネットワークで送ることが技術的に可能となっています。米国やヨーロッパで同時配信を当然のようにやっているのに、なぜ日本だけができていないのか。むしろ、その理由が問われるべきだと思います。
――日本だけが遅れていたのはなぜですか?
放送局のビジネスがうまくいっていたということが、最大の理由だと思います。ネット配信は、チャンスでもあれば、リスクでもあるわけで、インセンティブが乏しかったということだと思います。
――ビジネスチャンスを失ったのでしょうか?
この間、日本の放送局は、地デジの整備をおこなっていました。地理的にも、電波の環境でも、地デジの整備がとても大変な仕事だったんです。
ところが、この間、ネットとスマホの世の中になりました。その結果、放送と通信で体力差がついてしまった。在京キー局5社の時価総額をすべて足しても、昨年のNTTの営業利益のほうが大きい。
このような状況で、放送局にだけ「成長戦略を考えろ」と言っても、なかなか酷でしょう。だから、ITや外資を含めて、総合的な対策を立てないといけない状況なのです。
――具体的にどのようなものをイメージされているのか?
イギリスが参考になると思います。イギリスでは、BBCと民放が一緒になって、オンデマンドの「プラットフォーム」をつくりました。関係者は、NetflixとAmazonへの対抗策だと口を揃えています。英語圏ということもあり、産業として危機感があるのです。
次に「クラウド化」です。イギリスは、放送の番組も、ネットのコンテンツもすべてクラウドにあげて、マルチネットワークで、マルチデバイスに配信するというシステムをつくっています。
最後は「データ活用」です。放送局もネットで配信しているので、データを持っています。イギリスは、放送局やメーカーが入った団体をつくって、データを共同利用したり、それぞれの局が独自データを使えるようにしていたりします。
日本の放送局は、まだデータビジネスに本格参入していません。今年、ネットの広告収入がテレビを抜くといわれていますが、ネットの広告市場は、8割がデータを使った広告です。視聴履歴や購買履歴を分析したものですが、放送局はまだできていないから、早くつくらないといけません。
それこそ、NetflixやAmazonは、この3つを使ったメディアです。NHKと民放だけではむずかしくて、通信業界の協力やいろいろな投資を巻き込んで、映像基盤をつくっていくことが、今やらなければいけない戦略だと思っています。
ところが、NHKのインターネット活用予算は、受信料財源の「2.5%」という縛りがあります。約170億円です。数千億円、数兆円単位の投資を入れて、いかに全体で考えるか、というフェーズにあるんじゃないでしょうか。そういう危機感をもっています。
たとえば、NHKが、TVer(在京キー局5社運営の見逃し配信サービス)に参加して、一部の番組を配信すると報じられています。そのような芽がいくつか出てきて、次に進めるようになることが、法改正(常時同時配信)以上に意味があることだと思います。
――NHKが民放と組むことについて、デメリットは?
僕はあまり感じていません。NHKと民放の二元体制は、かなりうまく機能して、豊かなテレビ文化をつくってきたと思います。むしろ、共同でやれる部分が残っています。たとえば、鉄塔のようなインフラをつくるにしても、一緒にやっていけばいい。データの利用もそうだと思います。競争と協調をきちんと分けて、透明化すればいいのです。
――Netflixは脅威なのでしょうか?
イギリスの放送業界のたちに聞くと、脅威である反面、味方であるという考えのようです。Netflixが、GoogleやAppleとちがうのは、コンテンツ制作費をもってくる点です。コンテンツを作る側にとってはチャンスです。
イギリステイストの海外向けコンテンツをつくって発信するわけだから、国内にそんなに影響はなくて、そういう意味ではチャンスとしても使うわけです。
日本の放送局も、自分たちで防波堤をつくって、日本の視聴者をつかまえて、Netflixのコンテンツ制作費で、海外で売れるコンテンツをつくっていくということですね。
――NHKの役割はどうなっていくべきですか?
国内の映像産業の基盤について、NHKには、資金の面でも、ビジネスを切り拓く面でも、汗をかいてもらいたいと思っています。そして、ネット配信の基盤、クラウドのベースをつくってほしい。もう1つ期待しているのは、海外市場を開拓する先頭に立ってもらうことです。民間だけだと、リスクも高いし、コストもかかります。放送法上にも、NHKの目的として書かれています。
――NHKの役割はどんどん広がっていく?
NHKは放送法上、次のような目的が定められています。
(1)あまねく日本全国において受信できるように豊かで、かつ、良い放送番組による国内基幹放送をおこなうこと
(2)放送およびその受信の進歩発達に必要な業務をおこない、あわせて国際放送および協会国際衛星放送をおこなうこと
要するに、ナショナルミニマムと先端開発です。今回の常時同時配信が、NHKの目的に適するのは、先端開発(テクノロジー)にあたるからです。NHKは(1)について、すごくちゃんとやってきましたが、(2)については課題がありました。8Kだけでなくて、先端開発をどんどんやってほしいと思います。
――テクノロジーの部分については、NHKと民放との差がある。先端を開拓したあとに民放はついてこれるのか?
現状、民放は自社開発がきびしい。だから、たとえば、ある放送局は、auやソフトバンクと提携するとか、ある放送局はNetflixと包括契約を結ぶということがあってもいいと思います。民放の経営戦略というか、マインドが試されると思っています。
とくに、ローカル局でしょう。ローカル局のビジネスモデルは、キー局から番組・広告費をもらうというものですが、その限界がやってきます。まさに、経営力や経営センスが試されるでしょう。どういう大胆な資本戦略や、テクノロジー戦略を描けるのか。まだまだテレビの広告費が高い今こそがチャンスだと思います。
――テレビそのものを見る人が減ってくる中で、スマホなどからの視聴でも、受信料(ネット受信料)を徴収していくべきでしょうか?
常時同時配信がはじまると、どれくらいの人がどれくらい時間を見るかということが、データとしてわかるようになります。それを踏まえて、考える必要があるでしょう。NHKの受信料は長く続いてきた特殊な制度です。税金ではないけれど、かなり税金に近い性格。専門家だけではなく、国民全体の声を聞きながら、どちらの方向に持っていったらいいのか、時間をかけて議論すべきです。
――国民の声といえば、かなり厳しい意見もあります。N国の躍進など、不満が顕在化してきました。
NHKに対する意見が多様化してきて、良いことだと思います。以前は、NHKと民放しかなかったけれど、ネットという巨大な空間ができて、「放送とネット」という大きな比較対象が出てきました。その中で、NHKに対して、さまざまな意見が出てくるようになってきたということです。
個人的には、NHKは、国民の多くに信頼されているメディアだと思います。大切なものとして、維持するのか、しないのか。維持するのだとしたら、どういう財源でやるのがベストなのか。そういう問題を考えはじめるべき段階です。もちろん、すぐに解は出せません。
受信料だけの話もありますが、ネット・携帯の通信料金についても、国民の負担はどれくらいがいいのか。受信料も、ネット・携帯の通信料金も、情報に対する「支出」です。家計に占める割合がどんどん大きくなってきています。その全体が、どれくらいになっていくか、というところに、私は関心をもっています。
・宍戸常寿・東京大学教授インタビュー
https://www.bengo4.com/c_23/n_10085/
・砂川浩慶・立教大学教授インタビュー
https://www.bengo4.com/c_23/n_10095/