2019年からD’station Vantage GT3としてスーパーGTを戦っているアストンマーティン・ヴァンテージGT3 14車種29チームがしのぎを削る2019年のスーパーGT GT300クラス。そのなかから1台をピックアップし、マシンのキャラクターや魅力をドライバー、関係者に聞いていく連載企画。2019年シーズン第3回目は、鮮やかなグリーンをコーポレートカラーとするD’station Racing AMRが選んだ最新マシンで、同じくグリーンを伝統とし、映画『007』シリーズでもおなじみの英国老舗メーカー、アストンマーティンの新型『アストンマーティン・ヴァンテージGT3』。エースを務める藤井誠暢に、耐久のスペシャリストが作り上げた最新モデルのインプレッションを聞いた。
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アストンマーティン・レーシング(AMR)が開発した新型ヴァンテージGT3は、2019年シーズンから本格デリバリーが開始された最新GT3カーだ。WEC世界耐久選手権などを戦うヴァンテージGTEの派生モデルにも位置づけられており、エンジンやエアロパーツを換装することでGTE仕様に変更することもできるという。
この新型ヴァンテージGT3は、市販モデルのヴァンテージをベースとして、可変ブーストにより545馬力を発生する4リッターV8ターボエンジンを搭載している。このエンジンはメルセデスAMGと関連が深い。
アルミ製の軽量シャシーにスチール製のロールケージ、Xトラック製6速シーケンシャル、アルコン製クラッチ、ブレーキ、オーリンズ製ダンパー等を装備している。
そんな新型ヴァンテージGT3で、まず目を引くのがボディの大きさ。全幅2049mmというサイズはメルセデスAMG GT3と同程度だが、備えられているカナードなども相まって、さらに大きな印象を受ける。
実際にドライブする藤井も「デカイですね。GT500かと思うくらいです。もう慣れましたけど、乗っていても大きさは感じますよ」とのこと。
その藤井はこれまでアウディやニッサン、ポルシェなど数多くのGT3カーをドライブしてきたほか、旧モデルにあたるアストンマーティンV12ヴァンテージGT3もドライブし、ドバイ24時間で表彰台に立った経験があり、「6リッターのV12エンジンを搭載していた以前のモデルも、あの当時のクルマにしては出来がよかった」と当時の印象を語る。
「エアロもしっかりしていてダウンフォースもありましたし、この間(2019年1月)のバサースト(12時間)でもRモータースポーツがトップ争いをしていたくらいですからね」
後継モデルとなる新型ヴァンテージは、AMRに加えて同じくイギリスのレーシングコンストラクターであるプロドライブも製作に携わっている。
「僕自身はポルシェやアウディでドイツメーカーのクルマを長く乗ってきて、その素晴らしさも分かるんですが、よりF1に近いお国柄のクルマ作りは、また少し違うものがある。とくにアストンマーティンはル・マンなど耐久レースに関するノウハウがあって、今回のクルマはGTEベースでプロドライブも関わっています」
「レースカーを作るコンストタクターとしては一流のところと組んでいるわけですから、彼らが作るクルマが『悪いわけはないな』というのが正直な考えでした」
■シェイクダウンから感じたポテンシャルの高さと「“カルチャーショック”な」電子制御
日本にマシンが到着し、今年2月にシェイクダウンを行った際も、最初からそのポテンシャルの高さを充分に感じ取ることができたという。
「以前のヴァンテージはフロントに積まれているV12エンジンがミッドレイアウトされていると言っても、少し重くて、(コーナリング時に)ロールする印象でした」
「今回はV8ターボエンジンになったことで、エンジン搭載位置がさらに低く、奥になって、重心も下がっている。それによってブレーキング性能も格段に上がり、ダウンフォースももちろん増えていて、本当にFRの正常進化という感じですね」
そして藤井が「かなり“カルチャーショック”なデバイス」と表現する電子制御も、新型ヴァンテージGT3の大きな武器だ。
「電子制御はアストンマーティンがいちばんいいと思います。ドイツ系のメーカーも含めて、いちばん進んでいます。具体的にはトラコン(トラクションコントロール)なんですけど、ちょっと特殊なトラコンで、制御のロジックが根本から違うんです」
藤井はニスモ契約ドライバーとして、歴代のニッサンGT-RニスモGT3を開発してきたほか、数多くの車種でレースを戦ってきた経験を持つ。そんな藤井から見てもトラクションコントロールに関して「考え方も含めて『どういう制御をするか』という点で、アストンマーティンはすごく面白い」仕上がりなのだという。
「(第4戦)タイでもそれがいい方向に行って勝てそうなレースができましたけど、このクルマは“電子制御ありき”で考えないとダメ。オフにするとまったく別のクルマになります」
「トラコンに関してはどのメーカーも持っていない技術を入れていますし、発想がイギリスっぽいんです。だからタイヤもすごく保つだろうし、そこはかなり優れてます。そういった技術はやはり耐久レースから来ているんですよね」
「シャシー関連で言えば剛性も上がっています。ブレーキングについてもV12エンジン時代は少しリヤのリフトする場面がありましたけど、新型はブレーキングでもクルマの動きが減って接地性も上がっています」
「アストンマーティンは今ハイパーカーも出してますが、ロードゴーイングカーだと、この2シーターのヴァンテージ、その上にちょっとラグジュアリーなDB11というクルマがあって、さらにその上にDBSがあります。そのなかでもヴァンテージが50:50の重量配分でクルマが軽く、ハンドリングもスポーティなんですよ」
「アストンマーティンのイメージは全体にGT的な雰囲気だと思うんですけど、ヴァンテージは乗っているとドリフトしたくなるようなバランスなんです。かなりスポーツカー寄りのハンドリング。元の素性でそうなので、GTEやGT3にしたときのバランスは良いに決まってる」
「その意味では、ポルシェもすごくノーマルの素性が出るクルマで、(WEC向けの)RSRを除いて、ベースに乗ったらその限界を高めた延長線上にカップやGT3が想像できる。この新しいヴァンテージも一緒で、ロードカー、GT4、GT3、GTEが全部一直線上にある感じです」
こうした言葉も新型アストンマーティン・ヴァンテージを普段の私生活でも相棒にする、藤井ならではの評価だと言えそうだ。
■“ポルシェ使い”がアストンマーティンへスイッチした訳は「他には簡単に超えられない」サポート体制
そんな新型ヴァンテージGT3を国内レースにいち早く持ち込んだD’station Racingは、自らもステアリングを握ってレースに挑戦する星野敏代表がチームオーナーを務めている。その星野代表と言えば、これまではカレラカップやル・マン24時間デビューなどやはりポルシェ使いの印象が強い。
しかし2019年シーズンとチームの将来に向けさまざまな可能性を遡上に乗せたとき、その硬派なドイツメーカーと同じぐらい魅力的なメーカーとしてアストンマーティンが選択肢に上がったという。
「ポルシェはとても硬派なブランドだし、もちろんオーナーも好きでした。でもアストン(マーティン)が新型のGT3モデルを出すと聞いて『新しいターボエンジンを積んで、レイアウトもフロント・ミッドシップですごく面白いんじゃないか』という話になりました」
「(ル・マン向けのLM-)GTEにアップグレードできるのも魅力的でした。僕たちとしてもいろいろなプログラムを考えていて、さまざまな要素も含めたチームの決定として、最終的にアストンマーティンを使うことになりました」
「もちろん、速い、遅いだけで言えば新型ポルシェもポテンシャルはあったと思いますよ。しかし、どれだけ真剣に戦えるかのモノサシはサポート体制や契約内容だと思うんですよ。正直に言えば、今回アストンマーティンさんとの条件は、他のマニュファクチャラーでは、そう簡単に超えられない内容だと感じています」
その言葉どおり、マーケティング的な観点から日本でも新型GT3を走らせたいとの意向を持っていたAMR(Aston Martin Racing)側と契約合意に至り、今季GT300クラスの登録エントリー名を"D’station Racing AMR"としたチームには、ワークスからの強力な支援体制が約束されているという。
現在、世界の各カテゴリーで戦うカスタマーチームの中で、AMRのパートナーのロゴが入るのはRモータースポーツ(DTMドイツ・ツーリングカー選手権、ブランパンGTシリーズ)、TFスポーツ(WEC世界耐久選手権、ブリティッシュGT)、ガレージ59(ブランパンGTシリーズ)、そしてD’stationの4チームだけなのだ。
実際に第4戦タイ前には、AMRのファクトリーがあるイギリスへスーパーGT仕様のタイヤを空輸。AMR側でセブンポストリグを使用して徹底的にGT300用のセット解析が進められるなど、マニュファクチャラーから手厚いサポートも行われた。
GT3マシンにJAF-GT、そしてメーカー間だけでなく、タイヤ戦争も相まって年々激しさが増しているGT300クラスにおいて、メーカーから受けられる支援の大きさが成績に影響することは間違いない。今後はメーカー支援の程度も使用する車種選びに大きく影響していくことになるかもしれない。