ドライバーやメカニック、チーム関係者をはじめ、さまざまな職種の人たちが携わっているモータースポーツの世界。ドライバーなど、目につきやすい職種以外にも、なかなかスポットライトの当たりにくい裏方としてモータースポーツを支えている人たちも大勢いる。そこで、この連載ではレース界の仕事に光を当て、その業務内容や、やりがいを紹介していく。
第2回目はドライバーと二人三脚でクルマのセットアップを仕上げていくエンジニアに着目。全日本スーパーフォーミュラ選手権ではDOCOMO TEAM DANDELION RACINGで山本尚貴が操る1号車を、スーパーGTではMOTUL MUGEN NSX-GTを担当している杉崎公俊エンジニアに話を聞いた。
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エンジニアと一言で表現しても、レーシングチームにはチーフエンジニアやトラックエンジニア、データエンジニア、エンジンエンジニア、タイヤエンジニア、空力エンジニアと、さまざまな役割のエンジニアがいる。
そのなかで、杉崎エンジニアが務めているのはトラックエンジニアだ。日本ではレースエンジニアと表現するほうが一般的かもしれない。
この職種は「ドライバーとクルマのセットアップを考えて、メカニックに指示を出してクルマを作ってもらって、ドライバーが走ったあとのコメントとデータを見ながらクルマのセットアップやレースの戦略を練ったり、タイヤの使い方、内圧を管理したりと、クルマ全体を見ている」というポジションだ。
「クルマをセットアップする実作業はメカニックが行いますが、そのメカニックにセットアップや仕様変更の指示を出しています。それを基にメカニックが作業していきます」
「クルマのセットアップや、各セッション、レースウイークをどう戦っていくかという戦略を練ることと、ドライバーとコミュニケーションを取ること、これが一番大きな仕事内容です」
「そこから業務を細分化していくと、データエンジニアがいたり、エンジンエンジニアがいたりしますが、そういったところのデータをまとめて判断し、クルマ全体を作り上げる係。クルマに関しての全責任は僕が負っています」
ちなみにマシンに搭載しているデータロガーの情報を読み解くのがデータエンジニア、エンジンの制御系やコンディションをチェックするのがエンジンエンジニアの主な役割だ。
杉崎エンジニアのコメントにあるように、レースウイーク中のトラックエンジニアは、各セッションで集めたデータやドライバーのコメントなどを基にセッティングプランを練り、それをメカニックに伝えるのが主な仕事となる。
そしてレースウイーク前に、いわゆる“持ち込みセットアップ”の指示を出すのも杉崎エンジニアの仕事だ。
「サーキットに来る前にセットアップを決めて、そのセットアップでメカニックにクルマを仕上げてもらってサーキットにクルマを持ち込みます」と杉崎エンジニア。
「実際にセッションがはじまったら『このセットアップだとマシンバランスはこれくらい、タイムはこれくらいになるだろう』と予想を立てて走ってもらいます」
「そして、そのときのコンディションやライバルと比較して、どの程度のタイムが出ているかなどをチェックし、ドライバーのコメント、実際のデータを見て、『バランスはこうしよう、このコンディションにはこう合わせよう』とセットアップを進めていきます」
「作業自体は、ホテルに帰ってからやることもありますけど、基本的にはサーキットにいる間にこなします」
「セットアップが決まっていなかったり、うまくタイムが出ない時は、それなりにやらないといけないことがあるので忙しくなりますし、クルマ(のセットアップ)が決まって、あまりいじらなくていい時は多少余裕がありますね」
スーパーフォーミュラで杉崎エンジニアが担当している山本は第3戦スポーツランドSUGOでポール・トゥ・ウィンを達成。タッグ結成3戦目で表彰台の頂点を手にした。
杉崎エンジニア自身も「ポール・トゥ・ウインを達成したり、最終的に年間チャンピオンを獲ることはうれしい」というが、それに加え「自分で考えたものが間違ってなかった」ときも喜びを感じるという。
「自分で計算して準備して形にしたものが、思ったとおりに動いてくれて、なおかつそれが速かった時はうれしいです」
「逆に大変なのはクルマがうまく走らない、タイムが出ない時。そういう場合に限られた時間で、何がダメだったか、(チームメイトである福住仁嶺の5号車と)2台を比べたり、ライバルとセクタータイムを比べて何がダメだったか、それを直すのにどうしたらいいかを考えて、次のセッションまでに仕上げるのは大変ですね」
「あとスーパーフォーミュラとスーパーGTで連戦になると、サーキットへ行き、自宅へ戻ると衣類を取り替えて(サーキットへ)、というのが続くので大変です。身体的な大変さと、精神的な大変さがありますね」
■メカニックを経験しなかった杉崎エンジニア。「当時は僕しかいなかった」
こう語る杉崎エンジニアはもともとニスモの社員として自動車業界へ。設計や開発に携わった後、レースの現場へ出てトラックエンジニアを務めるようになった。
ニスモを退社したあとはフリーのエンジニアとしてスーパーGTやスーパーフォーミュラで活躍している。
「今いるエンジニアはほとんどメカニック出身で、若いころからメカニックとして経験を積んで、ある程度のキャリアになるとエンジニアへという流れが僕の時代(では一般的)でした。メカニックあがりじゃないエンジニアは当時、僕くらいしかいなかった」と杉崎エンジニア。
「今は新卒でメカニックを経験せずにエンジニア、という人も増えました。ヨーロッパはそういうスタイルなんです。ヨーロッパは大学で機械工学の博士号を取るような、そういうスペシャリストがエンジニアになる。メカニックはメカニックとしてのプライドがあり、年を取っておじいちゃんになってもメカニックなんですよ」
エンジニアを志して自動車業界へ入り、その後もフリーランスとして数多くのレーシングチームを支えてきた杉崎エンジニア。そんな彼が語るエンジニアに必要なスキルは、“クルマのメカニズムに関する知識”と“コミュニケーション能力”だという。
「タイミングさえ合えば、誰でもエンジニアになることはできると思います。結果を出すか出さないかはその人次第ですし、勉強しなくてもなれるでしょう」
「ただ大変なのは(エンジニアに)なってからですよね。(自動車の)メカニズムに詳しくないといけないし、物理と科学に詳しくないといけないし、人とのコミュニケーションも取らないといけないですし。なってからが重要です」
「学生の方でレースエンジニアになりたいなら、まずクルマの構造を知るために、(クルマを)作るところ、セットアップするところを見て何をいじってるのか、実際それはどういうデータになっているのか、データの見方を勉強した方がいいと思います」
「例えば実際に走っているクルマのダンパーがどう動いているのか、どういう力が働いているのか。実際の動きとデータとして出てくる数字、グラフを見て、ふたつをリンクさせないとイメージができないと思います」
「レースチームを見学させてもらうとか、仕事の一連の流れとか、メカニックに対してエンジニアが何をしているのか、どういうデータを見ているのか、ドライバーとどんな話をしているのか、走行がないときにどんな作業をしているのか、そういったものを見られる機会があればいいですよね」
スーパーフォーミュラとスーパーGTを掛け持ちし、スケジュールが重なる時は毎週サーキットへ足を運んでいる杉崎エンジニアだが、気になる年収は「普通の会社員と同じくらいですよ。フリーだからって高かったり安かったりはありません」とのこと。
「ただ、やはりチャンピンを獲ったり、優勝している人(エンジニア)には付加価値が付くので、他チームに奪われないよう競争が生まれ(報酬も)高くなると思います。エンジニアとしても、より強いチームで報酬もよければ、そっちのほうがいいですからね」
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杉崎エンジニアの語る「自分で計算して準備して形にしたものが、思ったとおりに動いてくれて、なおかつそれが速かった時」のよろこびは、レースエンジニアにしか味わえない喜びだろう。
今後サーキットなどに足を運ばれた時は、ドライバーと密にコミュニケーションを取って戦うトラックエンジニアにも注目してほしい。