2019年09月02日 10:01 弁護士ドットコム
「躁状態になってしまい、ネットオークションで高額な買い物をしてしまいました」。弁護士ドットコムにこのような相談が寄せられています。
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相談者は双極性障害を患っているといいます。入金後に症状が落ち着き、注文をキャンセルしたいと考えているようです。
しかし、サイト上には「入金後のキャンセルはできない」旨の記載があるとのこと。「非があるのは私なのですが、病気の性質上致し方ないこともあります。キャンセルは不可能なのでしょうか」と相談者は困っている様子です。
精神疾患により、高額な買い物をしてしまった場合、注文をキャンセルすることはできるのでしょうか。渡部孝至弁護士に聞きました。
ーー相談者は双極性障害を患っており、ネットオークションで高額な買い物をする際にしっかりとした判断ができなかった可能性があります。そのような状態で締結した売買契約は「無効」にならないのでしょうか
「民法には『意思能力』という概念があります。
『意思能力』とは、行為の結果を判断するに足りるだけの精神能力のことをいいます。一般的には、7歳から10歳程度の判断能力があるかどうかを基準として判断されます。
この『意思能力』を欠いた状態で行われた契約は無効となります。契約は本人の判断能力を前提とした意思に基づいて行われるべき(逆にいうと、本人の意思によらなければ契約に拘束されない)なので、本人の意思を欠いている以上、契約を有効とすべきではないからです」
ーー「意思能力」があるかないかはどのように判断するのでしょうか
「行為者に意思能力があるかないかは、一律的に判断できないことが多く、その行為が行われた時や場合、状況によって大きく異なってきます。
行為者が双極性障害に患っていたとしても、その行為時における病状の具合によっては、行為能力(単独で契約などの法律行為ができる能力)が認められる場合もあるでしょう。
また、日用品は購入できる程度の判断能力は持っていたけれども、車や土地建物など高額な買い物については購入できる程度の判断能力がない場合もあります」
ーー今回の相談者の場合も「意思能力」があるかないかを直ちに判断することは難しそうですね
「そうですね。双極性障害を患っていることを前提とした上で、実際にネットオークションで買い物をした時点での本人の生活状況や病状、購入に至るまでの流れなど、種々の事情から、購入時に意思能力がなかったことを具体的に証明していかなければなりません。
そのため、双極性障害を患っていることのみで『契約が無効であった』ということは難しいと思われます」
ーー今回のようなトラブルを防ぐためには、どのようにすればよいのでしょうか
「民法は、意思能力があるかないかを個別具体的に判断することが難しいことを考慮して、意思能力が十分ではない人については、画一的に、法律行為を行う能力があるかどうかを予め定めておく『行為能力制度』というものを用意しています」
ーーどのような制度なのでしょうか
「具体的には、『制限行為能力者』として、(1)未成年者、(2)成年被後見人、(3)被保佐人、(4)被補助人の4つに分類されます。
(2)成年被後見人とは、精神上の障害により事理を弁識する能力(自分がした行為の結果を理解できる力)を欠く常況(じょうきょう)にある人をいい、(3)被保佐人とは精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な人、(4)被補助人とは精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な人、をいいます。
『制限行為能力者』として裁判所から審判を受けた人は、どれに該当するかによって範囲が異なりますが、行った法律行為を取り消すことができるなど、不利益を被らないように一定の限度で保護されています」
ーー今回の相談者がこの制度を使っていた場合はどのような保護を受けることができますか
「もし、相談者が事前に『被保佐人』として審判を受けていれば、保護者となる保佐人の同意なく、ネットオークションで高額な買い物をしたとしても、それが『重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為』(民法13条1項3号)にあたる限り、この売買契約を取り消すことができます。
今回のようなトラブルを防ぐためには、こういった行為能力制度を利用することが重要です」
【取材協力弁護士】
渡部 孝至(わたなべ・たかし)弁護士
弁護士法人はるかぜ総合法律事務所代表弁護士。京都大学法科大学院卒業し司法試験合格後、東京都内で法律事務所を開設。離婚や相続、消費者被害などの一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。「離婚・離縁事件実務マニュアル」など著書多数。
事務所名:弁護士法人はるかぜ総合法律事務所
事務所URL:http://www.harukaze-law.com/