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世界へ生き急ぐラッパーTohjiはどこまで高く飛び続けるのか 1stミックステープ『angel』レビュー

2019年08月31日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

Tohji『angel 』

■ジェネレーションZを体現する“成し遂げて死ぬ”男
 天使の羽根のタトゥーが背中に刻まれた、弱冠22歳のラッパーTohji。既存のラッパーとは一線を画すリリックや活動によって、同世代の心を鷲掴みする存在ヘと1年ほどで急成長した。


(参考:リズムから考えるJ-POP史 第7回:KOHHが雛形を生み出した、“トラップ以降”の譜割り) 


 もともと彼はYouTubeやSoundcloudで作品を発表し続け、国内のエモラップシーンの中心人物的ラッパー、釈迦坊主のパーティ『TOKIO SHAMAN』への出演によって現場を沸かすようになる。


 まず、フッド(地元)ではなく、ネットから表現する活動が型破りだ。地元のクラブでライブを重ねてメジャーレーベルにフックアップされるという既存のラップゲームの成功方式ではなく、Z世代ならではのインターネットが普及しきった生活環境によって、YouTubeやSoundcloudを通して直接世界へと訴えかけている。彼のひとつ上の世代となる現在アラサーとなったミレニアル世代は、ネットレーベルを立ち上げるなどしてオンラインでの表現に対して意識的であったが、Z世代はネット上でのリリースはあたりまえなのでもはや自然体だ。


 そして、昨年末にリリースされたMall Boyz(Tohjiとgummyboyを中心としたクルー)による「Higher」では、〈成し遂げて死ぬ 成し遂げて死ぬ〉という異質なリリックを披露して、ラップファンの記憶に存在を刻み込ませた。既存のヒップホップでは成り上がって優雅な生活を送ることが目標とされていたが、成功と引き換えに死を歌い上げたリリックは、既存の価値観を崩壊させた。そう、まず欲しいのはフェイム(名声)だ。


 噂が先行して実像の捉えられない彼を一目見ようという機運が高まり、今年3月に行われた渋谷WWWでのショーケース『Tohji presents Platina Ade』では550人近い集客を集めた。そこからブランドとのコラボや大規模イベントへの出演を重ね、今年注目のラッパーへと浮上した。


■シーンにとって異質だが、同世代にとってはリアル
 2019年8月、世界を意識した活動をする彼のライフスタイルが垣間見れる1stミックステープ『angel』がリリースされた。ミックステープと称しているが、DJミックスされていない9曲が収録(そのうちラップしてるのは6曲)。以前、彼は自分自身をゴジラに見立てる一風変わったボースティングをしていたが、今回は「閉塞感ある時代を切り開く天使」がテーマ。強く巨大なものに自己投影するのではなく、天使というのが近年のエモラップならではだ。


 イントロを挟んで、のっけから夏なのになぜか雪山を滑走するラップマニアならニヤけてしまうであろう「Snowboarding」。続いて、先行リリース後、反響の多さから「SoundCloud Japan All genre music chart」で1位となった「Rodeo」へ。リリース時、英語交じりのガラッと変わったフロウに驚かされたが、このフロウの多彩さも彼の魅力のひとつ。不思議と彼ならではの存在感がにじみ出ている。押韻を重視するブーンバップとは違ったマンブルラップならではの崩壊寸前のフロウで遊びきっている。


 彼ならではの断片的な情景描写から想像力をかきたせようとする「HI-CHEW」へ。静寂さのなかで沸々とした熱意を感じ取れる。ベトナムの映像制作チーム・ANTIANTIARTによる、天使のビジュアルイメージが網膜に焼き付くMVも制作された。現在のMVの美意識を牽引するUSのディレクターチーム・BRTHRの影響が色濃い。


 Keith Apeのヒットソング「잊지마 (It G Ma)(feat. JayAllDay, Loota, Okasian & Kohh)」に参加して、世界的な注目を得た日本人ラッパー・Loota。彼をフィーチャリングした「Jetlife (feat. Loota)」も収録。Tohjiは今年、韓国での『ULTRA MUSIC FESTIVAL(通称:ULTRA KOREA)』やUKのサウンドクラッシュイベント、そしてUKのオンラインラジオ・NTS RADIOに出演するなど、海外に打って出られる数少ない日本人ラッパーとして急成長し、そこからでしか見えてこない視点を歌う。


 そして、愛と男気を語る「on my own way」、恋人との心の距離感を歌った「miss u」の2曲が続いて幕を閉じる。どういった女性に向けた作品なのか気になるところだが……。エモーショナルな心境を素直にさらけ出している、国内で数少ないエモラップの代表的作品となるだろう。


■どこまで高く飛び続けるのか?
 今回のミックステープは制作の布陣も豪華。ビートはKOHHやBAD HOPを手掛けたMURVSAKI、UKのプロデューサーゼフ・エリス。ジャケットのフォトグラファーはロシア人、MVはベトナム人など彼の才能に引き寄せられたクリエイションが集結している。数年前、88risingがアジアのヒップホップを焚き付けたが、現在はブームも落ち着いてしまった。しかしそういったプラットフォームに帰属しない活動で、個人を中心にして世界に打って出ているのが今ならではだろう。


 周囲のラッパーから「ちょっとまってTohji」と曲中で言われるほど、彼の動きを止められない状況となった。ただ、彼のリリックが果たしてどこまで世界に届くのか、そして普遍性を持った作品になるかが今後の課題となるだろう。生き急ぐスタイルに対して、それに見合った成功が追いつくのか、何を得られるのか。それは今後の活躍で見えてくるはず。そして、過去に若さと勢いで歴史に名を残したラッパーとしては、他界したTOKONA-XやFEBBとどうしても生き様がかぶってしまう。Tohjiも生き急いでいるが高く飛び続けてほしい。(髙岡謙太郎)