2019年シーズンも今週末からいよいよ後半戦。そんななか、この夏には早くもドライバーの移籍情報、ストーブリーグに関する話題が聞こえ始めました。
その最中、7月末に行われたF1第11戦ドイツGPでは昨年スーパーGTとスーパーフォーミュラでタイトルを獲得した山本尚貴選手が現地を訪問。第17戦日本GPでのフリー走行出走を検討していることが明らかになり、大きな話題となりました。
最終回となる今回は、その2020年のドライバーラインアップ&移籍予想、そして将来の日本人F1ドライバー誕生の可能性などについて、オートスポーツwebでもお馴染み、1987年よりF1の取材を行うジャーナリストの柴田久仁夫氏と、16年以上にわたって毎年全レースを現場で取材している尾張正博氏に話を聞きました。
──────────
──(MC:オートスポーツweb)この座談会最後のテーマとなりましたが、最終回はストーブリーグ情報も含めて、2020年のドライバーラインアップ予想についてお伺いします。レッドブル・ホンダではピエール・ガスリーの成績が振るわず、アレクサンダー・アルボンとのドライバー交代もありましたが、まずはレッドブル・ホンダとトロロッソ・ホンダのラインアップ関してどうお考えですか?
柴田久仁夫氏(以下、柴田):結局アルボンが2019年シーズンの後半をレッドブルで走ることになったけど、2020年のラインアップがどうなるかはまだ全然未定。アルボンの走りを見極めて、そのまま行くのか、(ダニール)クビアトにするのかを決めるんだろうね。
尾張正博氏(以下、尾張):来年は間違いなく変更するだろうね。レッドブル育成ドライバーのなかには、過去に在籍していたドライバーで、まだF1の現役ドライバーもいるから、電撃復帰もあるかも。
──もしかして、尾張さんは何か極秘プランをお持ちですか?
尾張:冗談の部分もあるけれど、セバスチャン・ベッテル(現フェラーリ)のレッドブル復帰だよ! フェラーリが勝てないままだったら、レッドブルに戻ってきたほうがいい。今ならフェラーリから引き抜ける。
柴田:今だったらレッドブル・ホンダのほうが、ベッテルものびのびとレースができるはず。
尾張:ただこれは半分冗談、いやもう半分は冗談ではないけれど、僕が思うにベッテルは2020年に1年間休養して、2021年からレッドブルに戻ってくるべきだと思う。
──それは衝撃のプランですね!
柴田:来年のレッドブルではなくて? とはいえ、今年はレースウィーク中にベッテルが何度もレッドブルのモーターホームに行っているんだよね。
尾張:レッドブルのクルマは良いんだけど、(2021年からレギュレーションが変更されるので)2020年の1シーズンのためだけにレッドブルには行きたくないと思う。
それと、レッドブルとホンダとの2021年以降の契約も決まっていない。だから早くホンダと契約を締結することをF1パドックのみんなが望んでいる。もし万が一ホンダがF1から撤退してしまったら、とんでもないことが起こるから。
──2018年までパワーユニット(PU)の供給を受けていたルノーともう一度レッドブルが組む可能性はどうでしょう?
尾張:ルノーは以前レッドブルからあれだけ文句を言われたのだから、ないでしょう。
柴田:でも実際の選択肢はルノーしかないよね。レッドブルは車体が強力なので、メルセデスやフェラーリは自分たちが負けるリスクを取ってまでPUを供給したくない。
尾張:でもルノーも、今の成績のままでは撤退する可能性が十分ある。だからホンダとルノーがこの先うまくやってくれないとF1界にとってもよくないことだよね。ルノーにはせめて今シーズン中に一度くらいは表彰台を獲得してもらわないと。
柴田:しかも今は、ワークスのルノーF1チームが同じパワーユニットを使うマクラーレンに負けているというのも非常にまずい。
──ダニエル・リカルドがルノーからレッドブルに戻ってくる可能性はありませんか?
柴田:個人的にはリカルドに戻ってきて欲しい。もし今年、はじめからリカルドとマックス・フェルスタッペンのコンビだったら、もっと素晴らしい成績だったと思うな。
尾張:でも、さらに関係がこじれそう(苦笑)。というか、リカルドは一番間違った道を行ってしまった。
柴田:ルノーへの移籍はお金の問題が原因ではないと思うけどね。ホンダのパフォーマンスへの疑問はたしかにあったんだと思う。
尾張:聞いたところによると、ホンダへの疑問というのは移籍を決めた理由としては3番目みたい。1番の問題は『レッドブルのフェルスタッペン体制』への不満で、2番目がお金の問題。パフォーマンスへの疑問は3番目だった。
でも本来ならホンダへの疑問が1番にくるようでないと、F1ドライバーとしてはダメだよ。ドライバーはチームメイトどうこうよりも、このマシンが勝てるマシンなのか、勝てるPUなのかというのが大事で、お金はタイトルを獲得したら後からついて来るものだからね。
柴田:リカルドは、2013年にハミルトンがマクラーレンからワークスのメルセデスへ移籍してタイトルを獲得したのを見て、同じ夢を見たのかもしれない。ワークスチームというのは、ドライバーにとってそれだけ魅力的なんだろうね。
でもルノーがこんなにダメだとも思っていなかっただろうけどね。リカルドが2014年にトロロッソからレッドブルに昇格したときは、ベッテル体制だったチームのなかで実力を発揮してベッテルを倒したのだから(2014年のドライバーズランキングではリカルドが3位、ベッテルが5位)、移籍の一番大きな理由が体制への不満というのは残念だよね。
──なるほど。ではレッドブルと同じくドライバーラインアップについてさまざまな噂が飛び交っているメルセデスですが、ルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスは安泰ですか?
尾張&柴田:いやいや、全然安泰ではないよ。
尾張:ボッタスは厳しいんじゃないかなあ。
柴田:メルセデス離脱の可能性は非常に高いと思います。
──開幕からのスタートは良かったのですが(開幕戦オーストラリアGPと第4戦アゼルバイジャンGPで優勝)、それ以降のパフォーマンスが問題でしたか?
柴田:ボッタスはもう限界が見えてきているよね。すごく良いドライバーだけど、年齢的にもこれからさらに伸びる余地はないかなと思ってしまう。
──そうなると、ボッタスの代わりは……
尾張:やはりエステバン・オコン(メルセデスのリザーブドライバー)しかいないんじゃないかな。トト・ウォルフ(メルセデスのチーム代表)がオコンかボッタスと言っているし、オコンになるだろうね。
柴田:でもオコンはボッタスより良いドライバーなのかな。オコンを乗せるなら、ジョージ・ラッセル(現ウイリアムズ/メルセデスの育成ドライバー)の方がいいと思うけど。
──ウォルフ代表は、ラッセルを乗せるにはまだ早いと言っているんですよね。
柴田:いや~、もう大丈夫だと思うけどな。ウォルフがなぜオコンにあれほど肩入れしているのか疑問なんだよね。フォース・インディア(現レーシングポイント)在籍時代にオコンがセルジオ・ペレスを圧倒したかと言うと、それほどではない。それにオコンはフランス人の悪いところも持っていて、とにかく文句が多い(笑)
尾張:フェルスタッペンもよく文句を言うけれど、その内容が違うんだよね。僕が思うには、エンジニアにとって的確な文句はどんどん言ってくれたほうが良い。
柴田:そう。オコンの文句は、そういう種類の文句とはまた違う文句なんだよね。フランス人は言い訳の天才だから(苦笑)。
──もしボッタスがメルセデスのシートを喪失してしまった場合、移籍先はどうなるでしょう。
柴田:ラッセルと入れ替わりでウイリアムズかな。マネージメントがしっかりしているから、ボッタスはどこかのチームには入れるはず。
尾張:マクラーレンはもうすでにラインアップが決定している(カルロス・サインツJr.とランド・ノリス)から、移籍は無理。ウイリアムズか、あとはフェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA/フェラーリの若手育成プログラム)がボロボロだから、(フェラーリのPUを使っている)アルファロメオかな? そういえば、今年FIA-F2のチャンピオンは誰になりそう?
──現在のドライバーズランキングトップ3でいえば、ニック・デ・フリース、ニコラス・ラティフィ、セルジオ・セッテ・カマラあたりでしょうか。セッテ・カマラはマクラーレンの育成ドライバーですが、シートに空きがないのでF1昇格は難しいと思われます。
柴田:今年のF2チャンピオンは、来年F1にはステップアップできないと思う。チャンピオンではなかったけれど、今年F1に昇格したノリスは速いよね。僕はあまり評価していなかったけど、そのことをマクラーレンの今井弘さん(エンジニア)に言ったら「見る目ないですね~」と言われてしまった(笑)。
──ノリスはF2では1勝しかあげませんでしたが、F1に昇格してからというもの、サインツJr.に迫る活躍を見せていますね。
尾張:1勝しかしていないことで言えば、ノリスと牧野任祐(2018年にFIA-F2に参戦)は同じですよね。では牧野が今年のマクラーレンに乗ってノリスのように走れるかといったら、それはわからない。
ということは、下位カテゴリーからステップアップについては、リザルトだけではそのドライバーを判断できないということ。例えばプロになったら勝利数が重要だけど、下位カテゴリーでは見るべきところは違う。エンジニアとのやりとりや、メンタル面の強さなどをしっかりと見ないといけない。
柴田:モータースポーツに関して言うと、僕は下位カテゴリーでも1年目にチャンピオン獲れるかどうかという点の価値基準が大きいと思う。
──そのカテゴリーにおける初年度の成績というのは、やはり重要ですよね。
柴田:今年のF2でチャンピオン争いしているドライバーは、何年もF2に参戦しているひとたちばかりだよね。だから今年のF2ドライバーのなかで、来年F1にステップアップする人はいないんじゃないかな。F1関係者はそういうところをよく見ていて、2年も3年もF2に参戦しているドライバーを獲得したいとは思わないはず。
──そう考えるとラッセル、ノリス、アレクサンダー・アルボン(現トロロッソ・ホンダ)はやはりすごかったですね。
柴田:アルボンは、当時はそこまで評価されていなかったけれどね。
尾張:でもステップアップしてきたドライバーを評価するのはF1チームなので、(評価基準は)成績だけ。F2のランキング1位、2位だからといって、必ずしも良いドライバーだというわけではないし、もしかしたらランキング5位あたりにすごいドライバーがいるかもしれない。
柴田:でもF1関係者たちはランキング下位をあまり見ていないよね。
尾張:そこを見なければいけないのにね。というよりも、F1には野球で言うところのスカウトがいないというのがおかしいと思う。下位カテゴリーに注目しているF1関係者がいてもいいじゃない?
柴田:F1ではマネージャーがチームにドライバーを売り込みに来るんだよね。逆にF1側からドライバーを探しにいく方がいいよね。
■山本尚貴がフリー走行出走に向けて“条件”をクリアするためには
──最後に、日本人F1ドライバーの可能性についてです。2018年にスーパーGTとスーパーフォーミュラでタイトルを獲得した山本尚貴選手が第11戦ドイツGPを訪れ、第17戦日本GPでフリー走行1回目に参加することを目指していることが明らかになりました。
尾張:僕は日本人ドライバーを今のトロロッソ・ホンダに乗せてもいいと思う。
柴田:山本選手がドイツGPに来たときに話をしたのだけど、今の日本人ドライバーの状況をみて、純粋にパフォーマンスにおいて日本人のトップは彼なんだなと思った。ただ山本選手はヨーロッパのレースをまったく知らないので、あくまでもフリー走行で走らせるのは誰がいいのかという話のなかでは、問題ないと思う。
ひと昔前のF1と今のF1を比べると、F1ドライバー全体のレベルが底上げされていて、日本人ドライバーの付け入る隙がなくなってしまっている。世界に取り残されている感じがするし、たとえば今年F2に参戦している松下信治がスーパーライセンスを獲得してF1にステップアップしても、どれだけ活躍できるかというとね……。すこし厳しい感じもある。
──尾張さんはいかがでしょうか?
尾張:僕は単純に日本人ドライバーを見てみたいね。日本人ドライバーが取り残されている感じはたしかにあるけれど、乗せてみないとわからない。もしかしたらすごい活躍をするかもしれないから。
ピエール・ガスリー、ストフェル・バンドーン(ともに日本のスーパーフォーミュラからF1へステップアップ)を見ると、日本人ドライバーも“そこそこ”は走れるんじゃないかなと思う。ならチャンスを与えても良いのかもしれない。
柴田:尾張くんが言ったように、下位カテゴリーではそこそこの活躍しかできなくても、F1で輝ける日本人ドライバーもいるかもしれない。でもガスリーとバンドーンにしても、日本で走っているときには凄いドライバーだと言われていたけれど、F1にステップアップしたらそれほど活躍していない。それを見てしまうとね……。
──山本選手がドイツGPへ行った際、日本ではかなり話題になっていたのですが、現場ではどうだったのでしょうか。
柴田:山本の写真をツイッターで上げたら『いいね』の数が凄かった(笑)。
──国内レースファンの期待はかなり大きいと思います。
柴田:テストの機会がほとんどないので、まずはフリー走行を走るのは全然やぶさかではないと僕は思う。でも万が一、いきなり2020年のF1のレギュラードライバーになると考えたら、疑問は残るよね。ヨーロッパのサーキットやピレリタイヤを知らないという状況で走っても、速いかどうかはわからない。日本人ドライバーのなかで、未経験のサーキットを走って最初から速かったのは、小林可夢偉選手くらいだったかな。
山本選手は、来年はシミュレータードライバーをしながら、何戦かでフリー走行を走ってヨーロッパのサーキットを学んだほうが良いと思う。
尾張:山本選手はフリー走行を走る前に、『F1マシンで300km走らなければならない』というレギュレーションをどうクリアするかだね。まさかレッドブルも、型落ちのレッドブル・ルノーのマシンは走らせないでしょう。
柴田:そうかな? ルノーのエンジンを積んでいるから走らせられないということはないと思う。
尾張:この条件を乗り越えるのは簡単なことではないけど、レッドブル・ルノー時代のマシンにこだわる必要はないと思う。ホンダの内情はわからないけれど、ホンダが本当に山本選手を乗せる気があるならば、どういう手段を使ってでもF1マシンに乗せないといけない。
──大きな壁が残っていますが、なんとか鈴鹿に向けてクリアしてもらいたいですね。日本GPの楽しみがまたひとつ増えそうです。
尾張:そういえば、(レッドブルに燃料を供給している)エクソン・モービルも“鈴鹿スペシャル”を投入します。
──それはホンダのスペック4とは関係なく、鈴鹿で投入するのでしょうか?
柴田:全然パワーユニットのアップグレードとはシンクロしていないね。15馬力くらい上がるんだっけ?
尾張:いや30馬力。30馬力というのは、スペック2からスペック3へのアップグレードより大きな数字だよ(笑)。田辺(豊治/ホンダF1テクニカルディレクター)さんは「30馬力も上がらない」と言っていたけれど、30馬力というのは、パワーユニットと燃料を組み合わせての向上した数値だから。
新しい燃料は、パワーユニットのアップデートとは別に投入されると聞いているよ。ただエクソン・モービルは鈴鹿スペシャルとは別にもうひとつ新しい燃料を準備していて、そちらを早く投入したいみたいだね。
──今年は例年以上に鈴鹿の日本GPが楽しみですね。シーズン後半戦に向けて、レッドブル・ホンダは5勝できるのか、山本選手はフリー走行を走れるのかなど、目の離せない展開になりそうです。おふたりとも、またシーズン後に機会がありましたら今回の予想の反省会などでよろしくお願いします(笑)。
──────────
柴田久仁夫
静岡県出身。TVディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛びまわり、『autosport』をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はトレイルランニングとワイン。
尾張正博
宮城県出身。1993年よりフリーランスのジャーナリストとしてF1の取材を開始。一度は現場からは離れたが、2002年から再びフリーランスの立場でF1を取材を行い、現在に至るまで毎年全レースを現地で取材している。