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水溜りボンド・カンタ×室井雅也が語り合う“越境する創作”「場所を選ばないポップな人でありたい」

2019年08月30日 07:41  リアルサウンド

リアルサウンド

撮影=安藤勇作

 言わずと知れた、人気YouTuber・水溜りボンドのカンタ。彼にはYouTuberだけでなく、映像作家・佐藤寛太としての側面もあることをご存知だろうか。


 これまでも、自身が歌唱した「猿でもわかる」やGorilla AttackのMVなどで監督を務めてきたカンタだが、その第一歩はシンガーソングライター・室井雅也の「ヒロインは君で」のMVだった。今回、カンタが新たに室井の楽曲「季節のグルーヴ」のMVを手がけたのを機に、カンタと室井による対談を実施。ジャンルは違えど、クリエイターとして互いを尊敬する二人が語り合う、“ものづくり”に対するスタンスは必読だ。(編集部)


(参考:人々を魅了する「水溜りボンド」という実験ーー『Quick Japan』特集に寄せて


「『なんのためにYouTubeをやってるんだ』と自問した」(カンタ)


ーーお二人は昨年、室井雅也「ヒロインは君で」のミュージックビデオでタッグを組みました。カンタさんにとってはこの曲が初のMV監督作品だったわけですが、制作以降、作り手として意識の変化はありましたか?


カンタ:「ヒロインは君で」のMVを作り終えたことで、「自分にもミュージックビデオが撮れるんだ!」って感覚になったんです。いろんな人の協力があってのことなんですけど、自分なりに想像してたものが形にできたので。その後、「じゃあもっとカッコよくて、しっかりした作品を作ろう」と思って試行錯誤したんですが、途中で一回絶望してしまって。「ヒロインは君で」のときは、何も知らないからこそ勢いで作れた部分もあったんですけど、いざ一通り作り終えて振り返ってみると、考えなければいけないことが無限にあることに気づきました。


室井:果てしなさが見えてしまった。


カンタ:走り始めた時は「うわ、楽しい」って思うんですけど、色々なことを考えているうちに、目指しているゴールがめちゃくちゃ遠くなって。「MVは迂闊に撮ることはできない、撮っちゃいけない」って、しばらく悩みましたね。音楽も、色んな人を唸らせる「いい曲」を作ろうと思った時に、急に果てしなく感じたりする?


室井:間違いないですね。


ーーファンの方や周りのクリエイターさんからの反響は?


カンタ:これまで動画をたくさん作ってきた“YouTuber・カンタ”がMVを作ったわけで、「4分ぐらいの動画」というところでは同じように感じられるかもしれないですが、作り方は全然違うものなんですよ。知人や、普段見てくれている人には「いつもと違うな」って思ってくれた人も、「面白いこと始めたね」って言ってくれる人もたくさんいました。


ーーそんななかで今回、「季節のグルーヴ」のMV制作を手がけた経緯は?


室井:昨年の9月に僕がリリースした1stアルバム『hen』を、カンタさんがちゃんと聴いてくださっていて。


カンタ:アルバムの中でいいなと思った曲が「季節のグルーヴ」で、2018年の秋か冬に「この曲でまたMVを撮ってみたい」って室井くんに提案しました。


室井:なんで「季節のグルーヴ」を選んでくれたんですか?


カンタ:どこか「ヒロインは君で」の真逆という印象を受けたんですよ。僕の中では、「室井くん=ヒロインは君で」のイメージが強かったんですけど、今回「こういう曲調も書くんだ! うわ、おもしろ!」って驚きました。


室井:そう、真逆なんですよ。トーンが真逆の曲のMVを同じ方が撮るとどうなるんだろう、というワクワクがありました。


カンタ:僕からすると、「ヒロインは君で」は「水溜りボンドのカンタ」が撮った感があると思ってるんです。僕って結構ファンタジーに生きている部分があって。企画とかも「こうなったら面白いな」っていうポジティブ思考で、動画内でもネガティブな言葉は基本使わない。みんなの心が軽くなるような動画を作るのが好きだから「あり得ないことが起きたら面白いな」みたいなところから企画を考えるんですよ。でも、その動画を編集していたり、考えごとをしている時の自分はやっぱり違って。現実的なことや動画とはまた違う「深い作品」と対面してたりするわけで。「季節のグルーヴ」には、そんな水溜りボンド・カンタの「陰」のパワーをぶつけなきゃいけない気がしたので、映像の色も最初から「暗め」で行こうと。でも、人生でそんな作品作ったことないから。


室井:水溜りボンドの動画があの色味で作られることはないですもんね(笑)。


カンタ:ないない、あの感じを誰も求めてないでしょ(笑)。そうして自分の「陰」の部分を出そうってなった時に、過去のことを含めて色々考えてみたんです。


ーーその「色々」とは。


カンタ:自分はYouTubeを4年やってきて、基本は楽しくやってるけど、当然それだけではありませんでした。これまで何をやってきたか考えたときに、たくさんの人に再生されて、少しずつ人気になっていくなかで、この4年間の人生が全部「YouTubeになってる」ってことに気がついて。もしかしたら、すべてが「再生数」とか「撮ったという事実」になってしまっているかもと思ったんですよ。


ーー良くも悪くも自分のすべてが動画になっていたと。


カンタ:みんなだったら、普段の生活の中で人には見せていない「裏の一面」みたいなものがあると思うんですけど、僕にはないんですよね。日々色々なことを考えて、面白いと思ったことがあっても、その日のうちに形になってみんなに見られちゃうから「インプットした瞬間にアウトプットされちゃう」みたいな感覚なんです。


ーー気付いた時にはコンテンツになっている。


カンタ:例えば「何か心に残っている出来事はありますか?」とか「あの頃に表現したかったことはありますか?」って聞かれても、全部出て行っちゃってるから、なにも答えられなかったりするんですよ。そういう意味で、だんだん「深い経験」が自分の中になくなってきているかもしれないな、「練る」っていう作業をそんなにしていていないんじゃないか、と思ってしまったんです。最終的には「なんのためにYouTubeをやってるんだろう」みたいなところにまで行き着いてしまって(笑)。


ーーずいぶんと深いところまで潜りましたね。


カンタ:そして、ミュージックビデオとかを撮る時に「なぜ今からこの(MV制作という)道を走ろうとしてるんですか」って自問するわけです。「YouTube」とか「毎日投稿」とかに関しても、「なんでやってるんだっけ?」ってところに立ち返ったんですけど、やっぱり「自分が楽しいから」でしかないんです。「自分が楽しんでいるから、みんなも楽しんでくれてる」ということに気づいて。これまでとスタンスは変わってないんですけど、自分が一番楽しんで一番やりたいことをやって、それがたくさんの人のためになっているということを改めて理解できた気がします。


ーー自分の「陰」の部分をMVに表現しようと思った時に、自分への様々な問いを繰り返したと。


カンタ:トミーと二人でYouTubeを毎日一生懸命やってて「俺らはこれから先も面白いことをやり続けるんだ」って簡単に言えちゃうけど、本当に考えた上でそれを言えてたんだろうか、と。改めて考えなおした時に、「自分がどれだけYouTubeが好きなのか」とか「映像がどれだけ好きなのか」とか、「いいものを伝えたい気持ちがどれだけあるのか」ということを実感できて、情熱にあらためて火がつきました。


「『一緒に成長できてる感』があって楽しい」(室井)


ーーMV制作を通じて生まれた自分への問いに対して、苦悩したり、価値観が変わったり、前作と比べて「産みの苦しみ」があったんですね。


カンタ:産みの苦しみどころじゃないですね、産むかも迷うみたいな。


(一同笑)


カンタ:だって、撮影してしばらくの間、俺から連絡途絶えたでしょ?


室井:そうなんですよ!(笑) しばらく連絡こなくなった時に「俺ら、嫌われたのかな」って思った記憶が。


カンタ:あの時は撮影した帰りの車でもう編集を始めてたんですよ。でも、さっき話した“考える時期”に入って、6月くらいからようやくまた動き始めて……結果、MVは6パターンくらい作りました。1つ目を作ってから映像業界の人にアドバイスを受けたり、色々な人に「どうですか?」と聞いたときに、自分が考えたこともない指摘が次々と出てきて。「自分がいいと思ったならそれで良いじゃないか」という気持ちもあったんですけど、一方で「確かにそうだな」とも思って。「これはゼロからやらなきゃやばい」って気がついてから、ようやく自分がいるところがわかってきて、そこから少しずつ作っていって、今の形になりました。


室井:去年に引き続き、ミュージックビデオという合流地点で、カンタさんと一年に一回出会えたわけじゃないすか。織姫と彦星じゃないですけど(笑)。ジャンルは違えど、こうして密に制作を進めて行くことが「セッション」に近い感覚で、それぞれの視座から意見を出し合いつつ、お互いが納得する所まで持って行く。その過程が、こんなこと言ったらおこがましいかもしれないですけど、「一緒に成長できてる感」があってすごく楽しいんです。ミュージックビデオという部分でカンタさんのアーティスティックな部分と対面できたのは、本当に幸せでした。


カンタ:僕自身、いちクリエイターとしても、室井くんと一緒に成長していきたいと思ってますよ。そして、改めてこの期間で考えていたのは、「ポップと芸術」って全然違うんだなということ。僕は動画にしろなんにしろ「ポップとアートの中間あたり」が良いなと思うんですけど、それってなかなか狙えなくて。YouTuberって「たくさんの人に知られたい」がスタートだから、「ポップ」なものだと思うんですけど、「ポップ」から入って来た人が「アート」の方に進んでいくのって、すごい大変なんだなと思いました。


室井:アートの方面から向かい風が吹いている感じですよね。


カンタ:そう、だから「アート」の方の勉強を一から全部やらなきゃいけないし、実際に映像もたくさん見ました。勉強していく中で、映像に関わる様々な人の技術の凄さを知りましたね。一本目の時は手伝ってくれてる照明さん、カメラさん、プロデューサーさん、役者さんたちを漠然と見てしまっていたんですが、今は「この色ってこうやってやらないと出ないんだ」、「レールを敷いているからこういう映像が撮れるんだ」ということも知って、自分の思い描く映像をどうやって作るかのシミュレーションができるようになりました。


室井:「ヒロインは君で」を撮影していた時のカンタさんは、側から見ていてスタッフさんと手探りで進めている様子だったのですが、今回の撮影に関してはずっとカメラにつきっきりで、その姿がとても印象的でした。


ーーでは、そんなMV本編について。今回は映像のなかで比率の切り替えや画面分割など、様々な表現技法を用いたMVになっています。どのような意図・コンセプトを持って制作されたんでしょうか。


カンタ:やっぱりまずは何も情報を入れずに見て欲しい、というのが正直なところなのですが、言えるところだと“季節から想起されるイメージ”を各所に散りばめたり、自然の中で美しいとされる「黄金比」を使ってみようと思ったんです。


室井:黄金比による分割もまた、「風が吹いている」ように見えますし。あと衣装もウィンドブレイカーですし(笑)。


カンタ:まさに! そういうところにもこだわっているわけです。スモークを焚いて風を表現したりもして。


室井:「季節のグルーヴ」は前作に比べて「考えるな、感じろ」という作品なので、見る人が体感して楽しむようなMVだなという印象がありますね。国語の問題用紙みたいな感じで、自由に回答を描いて欲しい、解釈して欲しいという内容になっているというか。


カンタ:僕が意図している以外の解釈も思いつくような「余白」は残していますね。「黄金比」も色々な見せ方をしていますが、あえて表現しすぎないようにしているところもあります。今回の制作を通じて、自分がものすごく映像オタクになったなと自覚しました。世の中にはものすごい数のMVがあるわけで、やっぱりそれを作る人はすごいなと改めて思いました。


ーーそこまでの苦しみもありながら、カンタさんが「MV・映像作品を作り続けたい」理由とは?


カンタ:最初は「楽しそうだから」という動機でしたけど、カメラマンや役者、ミュージシャンといった「色々な人と1つの作品をつくれるようになりたい」と思うようになったことが大きいですね。今のYouTuberって、大人に「100万再生を取ったんですよ」って話したところで「すごい人気だね」っていう話で終わってしまうことが多いじゃないですか。一緒にYouTubeをやっているクリエイターの仲間の中にも、「こいつすごいな」ってやつがいるのに、大人にはわかってもらえなくて。


室井:確かに、世間ではYouTubeの動画が「映像」としての妙や表現の可能性があるコンテンツとしてではなくて、奇抜な動画の内容やYouTubeのシステムがどうしても目立ってしまっている気がします。


カンタ:「自分で編集してるの!?」って驚かれることもあるし、世間の認識からしたら、ただ出演してるだけって思われますから。でも、昔の漫画が「漫画読んだらバカになる」とか「くだらないもの」って言われてたのに、手塚治虫さんのような歴史を作る人が出てきた時に大人も認めざるを得なくなって、漫画というジャンル全体が認められた、ということがあったわけで。そういうことをYouTubeで起こしたいし、それができた時にYouTubeすごいぜって言えるようになる気がして。


ーー普段の動画以外のところで結果を残すことによって、「YouTuber」全体の評価を変えたいという思いがあると。


カンタ:ボカロ界では、ハチ(米津玄師)さんもそういう役割を果たした人だと思うんですよ。「ボカロでしょ?」ってバカにしていた大人がたくさんいる中で、ニコニコ動画から出てきてメジャーのフィールドで活動して、大人気になったわけじゃないですか。今でも「YouTuber好きなんだよね」って言いづらい場所があったり、「この動画面白いんだよね」って人に勧め辛い時はある気がして。でも、「YouTuberでしょ?」ってバカにされた時に、「あのMV撮った人だよ」ってひとこと言えたら「すごいのかな?」って思わせられるのかなと。映像業界の人にも、「YouTuberって情熱持って映像作ってるんだな」って思ってもらいたいですし。


室井:そんなカンタさんの一作目が「ヒロインは君で」だったのが、僕にとっては不思議なんです。世間的な見え方からしたら、僕なんか全然マイナーな人間なのに。


カンタ:いいものを作っているひと全員が、必ずしもすぐに売れる世界ではないじゃないですか。どこか世間の見えないところで10年ずっと絵を描いている人がいて、その人の絵は凄まじいものかもしれないけど、一生表には出ないものかもしれない。そういう人の表現に惹かれる部分があったから、かもしれません。あと、「人気になりたいから」という理由で頼んできた人のMVは撮りたくない。そういう人かどうかは話してみたらわかりますし。


「『本当にいいもの』を考えるきっかけになれば」(カンタ)


ーー現在はバズらせることを重視しすぎて、作品が「本質以外の部分」で簡単に人気を得ることができてしまったり、そうした性質を利用して、マーケティング先行の作品も生まれる時代になっているようにも思います。そんな時代に生きる「クリエイター」のお二人が、作品づくりに対して持っている「信念」とは。


室井:僕はやっぱり「正直」でありたいですね。「バズり」とか「マーケティング」とか、いやらしいやり方ではなくて、自分が自分に正直になって「良い」と思ったものを「良い」と思う人達と作り続けたい。それが結果的に多くの人に届いたのであれば万々歳、というスタンスです。もしかすると、側からすればカンタさんとこうして共作していることがいやらしく思う人もいるかもしれないのですが、インターネットで活動してきた自分にとっては物凄くナチュラルで、「正直」なんです。作る音楽も、単に曲調が明るいという意味ではなく、メジャーにもインディーにも響く「ポップなもの」を作りたいですし、場所を選ばない「ポップな人」でありたいです。


カンタ:僕もそう思いますね。言ってしまえば「売れる方法を考えられる自分」もいるんですよ。でも、効率の悪いことではあるかもしれないけど、やっぱり純粋に「作品の本質」を見てほしいなと思うし、それが伝わってほしい。自分が「いい」と思っているものがいろんな人に伝わるって、すごく最高なことなので。


ーー最後に、カンタさんの映像作家としての今後の目標はありますか?


カンタ:自分の作る映像には、僕という人間の中身にはどんなものがあるのかとか、僕の見てる世界っていうのはどういうものかっていうのが、少なからず反映されてると思うんです。そういうものを見てもらうことで「映像って面白いな」って思ってもらえたら嬉しいです。あとは、自分の作品をきっかけに、いろんな他の作品を見て欲しい。魂込めて作られている作品ってたくさんあるのに、それを流し見してしまったり、なんとなく「流行ってるからいいよね」って思うんじゃなくて、皆それぞれが「本当にいいものってなんだろう?」って考えるきっかけになったらいいですね。


室井:僕のファンの人とか、カンタさんのファンの人とか、水溜りボンドのファンの人たちも、「僕たちこんなの作ったよ、見て!」って僕らが出したものを、必ず「いいね!」って言わなくてもいいと思ってます。好きな人が好きって言ってるものが絶対正しいわけではないから。「フンッ」って思ってくれてもいいし、本当にいいなって思ったら、評価してくれればいい。まぁでも、シンプルに褒められたらいちいち超嬉しいな(笑)。


カンタ:でも、本当は「いいね」って言ってほしいよね(笑)。作ったものを世に出すのって、やっぱりめちゃくちゃ怖いし、毎回ため息ついたりするけど……でもそれが楽しかったりするので。室井くんは音楽家としてこれからどうしていくの?


室井:今後の僕の目標は、「室井雅也といえば」を作るということですね。いままで僕は「室井雅也」という人にいろんなタイプの曲を楽曲提供をしているみたいな感覚だったんですけど、今後はぱっと聴いた時に、「これ室井雅也作曲だよね」っていうのがわかるぐらいの「核」を作りたいです。


カンタ:今まではいろんなところに旅に出て、自分が何が好きかを探していた、みたいなことだったんだね。


室井:やっぱり就活の歳(大学四年)なので、将来のこととかも色々考えるんですけど、正直言って自分はまだ音楽を諦められるような段階にも立てていないし、判断できるぐらいになるまでは作り続けようかと。作れば作るほど、むしろ作りたいものが見えてきたので。いつかまた、その道中でまたカンタさんと合流できるように、引き続き頑張ります!


(安藤勇作)