■TikTok発祥スターが全米連続首位記録を更新
今、ヒットソングはTikTokで生まれている。
TikTokとは、中国企業ByteDanceが展開するショートビデオを制作&シェアリングできるプラットフォームだ。公式リリース1周年を迎えたアメリカでは、同アプリで人気を博した楽曲がBillboardやSpotifyのバイラルチャートにランクインする流れが定着しつつある。
この影響を受け、音楽企業群はTikTok戦略に投資しているようだ。アリアナ・グランデのチームは動画バイラルをマネタイズするFlighthouseと組み、新曲“7 rings”を既存曲とマッシュアップした「TikTokユーザーが素材にしやすいバージョン」をリリース(参考:アリアナ・グランデ“7 rings”と“Side To Side”のマッシュアップ音源を使った動画https://www.tiktok.com/@ilar.yy/video/6656709772043095301)。日本でも日向坂46のメンバーが自らビデオに登場しダンスチャレンジを呼びかけている。
そんな中ついに誕生した「初のTikTok発祥スター」が、ラッパーのLil Nas Xだ。2018年末にリリースされたカントリーラップ“Old Town Road”は、TikTokユーザーがこぞってBGMに用いるミームソングとなったことで人気が急増。翌年には「Billboard HOT100」トップに8月19日まで19週ものあいだ君臨し、同チャート史上最長の連続首位レコードを樹立した。「ビートルズとマライア・キャリーに並ぶ歴史的偉業」と評されるこのメガヒットについて、Lil Nas Xは以下のように語っている。「たぶん、僕はTikTokにお金を払うべきだね」。
■「ミームソング量産機」と化すTikTok。ハッシュタグチャレンジのBGMがバイラルヒットを生む
「ミームこそ新たなるポップスターだ」-- The Ringer
リアクション動画シェアに特化したTikTokは、それ自体が「ミームソング量産機」と言える。若者が中心のため斬新でアクティブなダンスやユーモア動画の需要が高く、みんなで同じテーマに挑戦するハッシュタグチャレンジが流行しやすい。そこでBGMに用いられるミームソングがバイラルヒットとなる仕組みが形成されているのだ。
トップスターの新作でなくても人気を博す面も魅力になっている。たとえば、YouTubeを拠点とする歌手ビル・ワーツ“i just did a bad thing”はタイトルそのまま「やってはいけないイタズラ」に挑戦する「#IDidABadThing チャレンジ」を巻き起こした。
日本で倖田來未“め組の人”が話題を集めたように、既存曲がヒットするパターンもある。カントリーの大御所ドリー・パートンによる1980年代クラシック“9 to 5”は早起きを頑張る「#9to5チャレンジ」の定番曲だ(参考:“9 to 5”を使った「#9to5チャレンジ」の一例https://www.tiktok.com/@ductductgerald/video/6686605137663773958)。
■ミームソングはユーザーの自己表現を彩る素材。ユーザーが物語の作り手に
「TikTokでは、アーティストがコンテントを作る必要はない。ユーザーが内容をつくってくれるんだ。それがミームになる」とは“Fast”をバイラルさせたラッパー・Sueco the Childの言葉だ。
ミームソングは、SNSユーザーの自己表現を彩る素材としての側面が強い。サウンドや歌詞の一部がショートビデオで使いやすいほどミームとなり伝搬していくのだ。そのため、楽曲の作り手が予想だにしない意味づけによって流行するパターンも発生している。
ラッパーのSupa Dupa Humbleが2017年にリリースした“Steppin”は、その翌々年、当人の知らぬうちにTikTokで50万シェアの人気を誇っていた。<I Don't Know>を連呼する前奏部のミーム性が高かったため「#IDontKnowチャレンジ」を生んだのだ。このハッシュタグで人気の動画には次のようなものがある。
・小遣いをねだる子供と<I Don't Know>と拒否しつづける母親の親子ゲンカ(TikTokで動画を見るhttps://www.tiktok.com/@brentrivera/video/6704195185254862085)
・スターバックス店員のおすすめドリンクを<I Don't Know>と断り続け無料の水にありつく客を演じるジョーク(TikTokで動画を見るhttps://www.tiktok.com/@teslasinspace/video/6652548211128929542)
・「シンガー」で画像検索して出てくるジャスティン・ビーバーやブルーノ・マーズを<I Don't know>と却下し続けたあとBTSメンバーの写真にヨダレをたらす「推しメン」紹介(TikTokで動画を見るhttps://www.tiktok.com/@asheleyrsrs/video/6666252141306318085)
“Steppin”はもともと女性との関係を描く曲だったが、TikTokユーザーたちの手によってさまざまな「#IDontKnowコンテント」を染色されるミームソングとなったのだ。Supaは、このバイラルを契機に製作姿勢を改めた旨をComplexに語っている。「作曲における究極の目標はミーム要素の獲得になった。音楽に対するミームの影響を理解したんだ」。
■TikTokバイラル戦略を自ら成功させた“Old Town Road”
うしろ盾なしにTikTokバイラル戦略を成功させるインディアーティストも登場している。その人物こそ、HOT100史上最長ナンバーワン記録を樹立したLil Nas Xだ。
ソーシャルメディアに精通するミーム職人だった彼は、“Old Town Road”がミームソングになるようTikTokで数か月宣伝活動を行なったとTimeに語っている。2018年末当時、アメリカで西部劇ゲームが流行していたことも助けになり“Old Town Road”はカウボーイ装に変身する「#YeeHawチャレンジ」の流行を巻き起こした(参考:「#YeeHawチャレンジ」の一例https://www.tiktok.com/@emospiderman/video/6664141828796714246)。
そのあとも論争を巻き起こしバイラルしながら歴史的ヒットの道を辿った同曲は、大学を中退し家族に疎まれていたLil Nas Xが「ここから抜け出したい」と歌うアメリカンドリームソングだ。「#YeeHawチャレンジ」よろしく西部劇に例えるのならば、ミュージシャンたちの金脈はアメリカではなく中国発のアプリにある。
■バイラル戦略だけではない。“Old Town Road”には「一発屋」とは言わせない「アートの力」
流行ってはすぐに忘れられるミームソングは、その脆弱性も指摘される。バイラルヒットで名をなした多くのミュージシャンには「一発屋」という野次がつきものだ。
New York Timesは、今日の新興ミュージシャンに要されるものは「バイラルフレンドリーなイメージ」および「ミームに呑み込まれないアートの力」だと定義した。一方、Billboardのスタッフのひとりは“Old Town Road”ヒットの要因を「様々なことが言われてきたが、これはただのゴシップバイラルソングではない。単純にいい曲だ」と分析している。
“Old Town Road”のナンバーワン最長記録は「ミームソングのバイラルパワー」を立証したと同時に「すべてのミームソングが短命ではないこと」も示してみせた。TikTokが13歳以下禁止ルールを敷いているにもかかわらず、同曲はアメリカで小学生も合唱する国民的アンセムになっている。
■自らのバイラルヒットに苦言を呈するアーティストも。大物アーティストまでもがミーム化戦略?
英語圏TikTokコミュニティーで人気の音楽ジャンルは、ミームの三原則「使いやすさ/真似しやすさ/疑問の喚起」をそなえるラップミュージックだ。興味深い事例も登場している。
2019年春、コメディアンのザック・フォックスとプロデューサーのケニー・ビーツがラップソング“Jesus Is The One (I Got Depression)”を発表した。憂鬱なクリスチャンがめちゃくちゃな罵倒を繰り返すこの楽曲は商業的売り出しは視野に入れないYouTube企画だったのだが、なんとそのままTikTokで流行し、アメリカのSpotifyバイラルチャート首位を連続獲得。フォックス自らがRolling Stoneで苦言を呈する結果となった。
「みんな意味のないものを求めてるのか?」「(この成功は)TikTokとSpotifyのバイラル環境でラップがいかに飽和したかの証明だ。音楽業界のバロメーターは完全に破壊されてる」。
一方、当の音楽産業では「20代最高のラッパー」と名高いグラミー受賞者Chance The Rapperまでも新曲“GRoCERIES”をダンスチャレンジ動画とともにリリースした。ニューフェイスからトップスターまで、至るところで“Old Town Road”のような「最初からTikTokヒットを狙ったミームソング」は増えていくだろう。
音楽スター輩出に取り組むTikTokは、多くのレーベルと協力した発掘プロジェクト「TikTok Spotlight」を日韓で始動した。ソーシャルメディアやストリームによって「国境の壁」が崩れたとされる音楽界だが、TikTokの台頭によって、日本を含む世界中からさらなるグローバルスターが生まれていくかもしれない。
(文/辰巳JUNK)