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キアヌ・リーブス主演の“当たり”映画に 『ブルー・ダイヤモンド』に込められた作り手の信念

2019年08月29日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ブルー・ダイヤモンド』(c)2018 MARS TOWN FILM LIMITED

 『ビルとテッド』シリーズのようなコメディから、『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)のような青春映画、『ハートブルー』(1991年)や『スピード』(1994年)、『ジョン・ウィック』シリーズに代表されるアクション、そして新作の噂が流れる『マトリックス』シリーズまで、キアヌ・リーブスは、“生きる伝説”と言ってもいいほど数々の充実した内容の映画作品に出演してきた俳優である。


参考:キアヌ・リーブスがロシアンマフィアと駆け引き 『ブルー・ダイヤモンド』予告編&ポスター公開


 誰もが知るスターとして人気を集めながらも、小規模作品に精力的に出演するのもキアヌの特徴だ。そのなかには「あれ……?」と思うような作品も見られる。ここで紹介するキアヌ・リーブス主演作『ブルー・ダイヤモンド』も、超大作とは呼べない作品だが、安心してほしい。本作は内容的に“当たり”だと言える映画に仕上がっている。ここでは、本作の魅力について、できる限り深く考えていきたい。


 キアヌが今回演じているのは、希少なブルーダイヤモンドの取引のため、ロシアのサンクトペテルブルグに降り立つ、アメリカからやってきた宝石ディーラーの男・ルーカスだ。しかし、到着した途端にトラブルが発生。現地のビジネスパートナーであるピョートルとの連絡がつかなくなってしまったのだ。客であるロシアンマフィアのボスに手渡すはずの、超高額なブルーダイヤモンドが手元にないという、確実に死が待ち受ける悪夢的な展開のなか、寒々とした景色のシベリアの地に足をのばし、ルーカスはピョートルの行方を探し始める。マフィアとの取り引きが行われるまでの2日間、果たしてルーカスはブルーダイヤモンドを手にすることができるのだろうか。


 本作の大きな特徴は、展開が非常にビターだということだ。娯楽アクション大作によくあるような、見せ場のための都合のよい展開や、荒唐無稽過ぎるアクションは存在せず、じっくりと丁寧に、サスペンスや人間ドラマを中心にした“大人の作品”といった雰囲気が漂う。しかもそこには、60、70年代における、懐かしいヨーロッパの犯罪映画に見られるような、アーティスティックかつ異様なフェティシズムすら感じられるのだ。


 本作の企画は、『ジョン・ウィック』(2014年)でエグゼクティブ・プロデュースを務めたスティーヴン・ハメルが、「キアヌ・リーブスを主演に、大人のための作品を作りたい」と考えて練り上げた自分のアイディアを、作家のスコット・B・スミスに脚本にするよう依頼したところから始まっている。サム・ライミ監督の『シンプル・プラン』(1998年)の原作を書き、脚色もしてアカデミー賞のノミネート経験もあるスミスは、そのアイディアをさらに洗練したものへと変化させた。


 キアヌ演じるルーカスはシベリアでピョートルを捜索する間に、現地の女性カティヤと出会い、彼女に助力を得るなかで、互いに激しく求め合うようになっていく。ルーカスはアメリカに妻がいたが、死を目の前にした苦悩のなかで、情熱的なカティヤに惹かれていくのだ。このヒーロー風ではない人間くさい展開には、いかにも作家らしい文学的な葛藤が存在する。ハメルは、このスミスの脚本に対し、「ここで描かれるセックスシーンは、ただ安易に入れたというようなものでなく、物語を牽引する必然性があり、本質的なものだ」と評価する。凍えるようなシベリアの大地で、暖をとるようにルーカスとカティヤは求め合う。その姿には、文学的なテーマすら感じられる。


 ルーカスと熱い愛を交わすカティヤを演じたアナ・ウラルは、ワイルドな印象を与えられる30代の大人の雰囲気を持った女優で、ここではカフェを経営する自立しながらも、何かを待っているキャラクターを好演している。現地で働く女性としての地味な出で立ちから、ゴージャスな印象に変貌する姿が見どころだ。


 そこにさらに苦味を与えるのが、ロシア出身の俳優、パシャ・D・リチニコフが演じるマフィアのボスである。女性を物として見下しながら、男同士の精神的なつながりを重視するという、男性社会の権力構造のなかで生きてきた、典型的ながら複雑な人物の造形。彼によって追いつめられたルーカスは、カティヤとともにある選択を迫られることになる。そのおそろしい展開は、観客の心に爪痕を残すものだ。そこには、よくある娯楽大作映画では表現できない、一種の狂気すら存在している。


 ルーカスが葛藤し、苦悩することになる都市サンクトペテルブルグは、ドストエフスキーの『罪と罰』の舞台でもある。主人公の青年ラスコーリニコフがたどった道の沿った運河にかけられた橋に、キアヌ演じるルーカスが佇む。あたかもラスコーリニコフの亡霊に魅入られたような、その姿からは、一種の哲学的な美学すら漂ってくる。


 本作の監督はマシュー・ロス。マイケル・シャノンとイモージェン・プーツ共演の『フランク&ローラ 魔性のレシピ』(2016年)で、40歳にして長編デビューしている。この作品は、ある事件を背景に男女の心の機敏を描いた、美学的なネオ・ノワールで、キアヌは「深遠な映画」と評価し、プロデューサーのハメルとともに、彼に監督を依頼する運びとなった。


 ロス監督は、イギリスの巨匠であり鬼才ニコラス・ローグ監督に多大な影響を受けていることを明かしているように、やはり複雑な大人の作品を志向する作家性を持っている。かつてローグ監督作品に出演していたユージン・リピンスキを本作の印象的な役柄にキャスティングしたことからも、そのこだわりは感じられる。これらの出会いによって、本作は近年見たことがないような、観客に媚びないソリッドな質感や独特な美学を獲得したものになったといえるのだ。


 近年、高額で取り引きされているという、青い発色を見せる“ブルーダイヤモンド”。それが評価される理由は、純粋なダイヤモンドのなかに封じられたホウ素によって青く光るという希少性。不純物が混合したことで効果が発揮される、“純粋さ”と“不純さ”をあわせ持つブルーの輝きは、本作のテーマとつながりを見せ、さらに本作自体をも象徴しているように感じられる。そう、本作『ブルー・ダイヤモンド』は、ビジネスのためだけに見えるような作品が氾濫する映画界において、近頃めっきりと姿を見せなくなった、作り手の妥協ない信念が結晶化した作品であり、そして大人の苦味が封じ込められた希少な映画なのである。(小野寺系)