佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)が2019年のインディカー・シリーズ第15戦ボマリト・オートモーティブ500で今季2勝目を挙げた。自身初となるシーズンマルチ勝利だけでなく、この勝利は琢磨にとって大きな勝利となった。
その1週前にポコノ・レースウェイで行われた第14戦ABCサプライ500では、スタート直後に多重アクシデントが発生。
フェリックス・ローゼンクヴィスト(チップ・ガナッシ・レーシング)のマシンが浮き上がってフェンスにぶつかった。1年前にロバート・ウィケンスが大怪我を負う恐ろしいアクシデントが思い起こされることとなって、接触の引き金を引く無謀なドライビングをしたドライバーとして琢磨が世間から非難の集中砲火を浴びた。
しかし、「ラインを保っていた自分はアクシデントを引き起こす動きをしていない」という主張を貫き、自分は潔白だという信念を保ち続けた琢磨は、ゲートウェイ・レースウェイでの第15戦で大逆転の優勝を飾った。
慎重に、そしてクリーンに戦い、レース終盤に目覚ましいスピードを獲得した彼は、ゴール目前のエド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)による猛チャージを振り切り、0.0399秒の僅差でウイナーとなった。
アクシデントを深く、多角的に検証したシリーズ主催者のインディカーは、琢磨にペナルティを科さなかった。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングはテレメトリーで収集したステアリング操作のデータ、自らのマシンから撮影した映像をインディカーに提示した。それと共に、琢磨をバックアップする声明も発表。そららが功を奏してか、琢磨だけが非難されるべきではないという判定が下された。琢磨の潔白が証明されたのだ。
ポコノでのレース後、アメリカでは琢磨に批判的な記事も少なくなかった。
チャンピオン争いをしているアレクサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)がクラッシュに巻き込まれたことから、彼のファンが不満を爆発させ、SNSでは琢磨批判が吹き荒れた。
ロッシはカリフォルニア出身の、将来を期待される若手ドライバー。日本生まれの琢磨は完全アウェイで、厳しい状況に陥っていた。
そんな琢磨がゲートウェイで優勝。スタート直後にジェイムズ・ヒンチクリフ(アロウ・シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)にヒットされながら必死にコントロールしてアクシデントを避け、そこでの失速も原因で最後尾、周回遅れになりながら、クリーンに、スマートに戦った。
着々とポジションを挽回し、レースの折り返し点を前にリードラップに復活。終盤戦に入ってからトップレベルのスピードを実現するベテランらしいレース運びによって、シーズン2勝目を手繰り寄せた。
ゲートウェイのレースをアメリカのメディアは、「チーム、メディア、ファンから受けたサポートがゲートウェイ優勝に繋がった。“特別な優勝になった”と琢磨は感激」、「潔白の主張を裏打ちする優勝」、「甘美な見返り」などのタイトルで報じた。
この優勝で琢磨は批判を振り払うことができた。アメリカではそう受け取られたようだ。
業界一のベテランライターは以下のように書いた。
「ゲートウェイでのスタート前、ファンは琢磨に熱のこもった歓声を送った。ブーイングは少なかった。それで琢磨の士気は上がった。“今夜、コースを走る自分をファンは支持し続けてくれた。嬉しかった。何とお礼の言葉を言ったらいいのか……”と琢磨は話した」。
歯に衣着せぬ質問や原稿で知られる、もうひとりのベテランライターも、「琢磨は人間サンドバッグと化していた。アクシデントの当事者であるロッシとハンター-レイも彼を強く批判していた」
「しかし、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングが佐藤を支持する声明を出し、彼が突飛な運転などしていないと証明するオンボード映像まで公表した。それでも救済が必要な状況から抜け切れずにゲートウェイでのレースウィークエンドを迎えた琢磨は、大逆転優勝を飾った。苦しさへの見返りは甘美なものとなった」と書いていた。
ポイント・リーダーのジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)は、「プロスポーツではヒーローだった者が次の瞬間に何でもなくなり、またすぐヒーローになる……というのが現実だ」
「ポコノを去る時には、全員が”琢磨は地球上で最悪の存在”と考えていたが、(ゲートウェイでのレースが彼の優勝で終わった)今、アレは彼のミスではなかったかのようだ。今の彼はおそらく、またヒーローになっている。来週、彼はまた敗者になるかもしれない。それは誰にもわからない」とコメントした。
残り2戦となったインディカー2019シーズン。特別な優勝を手にした琢磨は、どんなレースを見せてくれるのだろうか?