いよいよ、2019年シーズンの後半戦が始まります。開幕前の予想ではフェラーリついにメルセデスを上回るのではないかという見方がありましたが、いざ開幕してみると、フェラーリは様々な面で苦戦している様子が見えた前半戦。
一方でレッドブル・ホンダはシーズン前半に2勝を挙げ、コンストラクターズランキング2位が見えてきました。10月には日本GPもありますし、ますますその活躍が気になるところです。
座談会の3回目は、そんなフェラーリの苦戦と、シーズン5勝を目指して奮闘するレッドブル・ホンダを含めた後半戦の行方について、オートスポーツwebでもお馴染み、1987年よりF1の取材を行うジャーナリストの柴田久仁夫氏と、16年以上にわたって毎年全レースを現場で取材している尾張正博氏からお話をお伺いします。ちょっと長めですが、ごゆっくりお楽しみください。
※この座談会は8月上旬、ピエール・ガスリーとアレクサンダー・アルボンの交代報道直前に行われたものです。ご了承ください。
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──(MC:オートスポーツweb)ここからは、2019年シーズン後半戦についてお話をお伺いしたいと思います。レッドブル・ホンダは前半戦のうちに2勝し、5勝というヘルムート・マルコ博士(レッドブルのモータースポーツアドバイザー)の掲げた目標に近づきました。残り3勝に期待したいところですね。
尾張正博氏(以下、尾張):いけるんじゃない? 僕は今年、(マックス)フェルスタッペンはチャンピオンを獲れると思っているよ!
柴田久仁夫氏(以下、柴田):僕もいけると思う。(鈴鹿の前に投入される予定の)スペック4のパワーユニット(PU)は、スペック3みたいに中途半端なものではみたいだし。
──スペック4はアップデートの幅が大きいということですか? 楽しみですが、メルセデスを超えられるでしょうか。
尾張:僕は第12戦ハンガリーGPの予選が分岐点だったと思う。第5戦スペインGPの時に、(低速コーナーの続く)セクター3で速かったメルセデスには、今年は誰も追いつけないと考えていた。
そのセクター3と同じような低速のレイアウトがハンガリーなんだけど、メルセデスはそこでさらにアップデートを投入してきたから、彼らが予選でぶっちぎってもおかしくはなかった。スペインの予選ではそうだったからね(ポールポジションのバルテリ・ボッタスが1分15秒406、4番手のフェルスタッペンが1分16秒357)。
──そう考えると、ハンガリーでポールポジションを獲得できたということは、アップデートがかなりうまく機能したということですね。
柴田:セクタータイムの話をすると、ハンガロリンクでは高速コーナーの多いセクター1でフェラーリが速かった。でもセクター2以降はメルセデスとレッドブルが拮抗していたけれど、そのなかでフェルスタッペンが飛び抜けていた。
尾張:セクター3だけで言えば、フェルスタッペンは0.075秒速かったし、トータルでは(2番手のボッタスよりも)0.018秒速かった。
尾張:0.075秒というのはわずかな差だけど、セクター3はこのサーキットのなかで最も低速の区間。ということは、レッドブルのマシンにはダウンフォースがあるということでしょう。
柴田:ボッタスとフェルスタッペンの予選アタックを比較する動画を見ると、セクター1とセクター2はボッタスの方が速かったけれど、セクター3でフェルスタッペンが逆転している。でもシンクロしているような感じだったよね。あの距離を走って0.075秒ってすごい。
──実際にレッドブル・ホンダとフェルスタッペンの速さを再確認できると、今後の活躍に期待がかかりますね。では後半戦はホンダF1はどのグランプリで勝てそうですか?
尾張:マシンにダウンフォースがあるということは、第15戦シンガポールGPと第18戦メキシコGPは勝てるかもしれない。第13戦ベルギーGP、第14戦イタリアGPは厳しいだろうね。
柴田:でも、最近ではモンツァもダウンフォースをつけるからどうだろう。
──コース特性に左右されるところもありますが、まずはパワーサーキットでもあるベルギーとイタリアでどこまでメルセデスに迫れるか、というところでしょうか。
尾張:その2つでホンダが戦えると考えられるのも、ある程度パワーの必要な第10戦イギリスGP(シルバーストン)でレッドブル・ホンダが遅かったかと言えば、決して遅くはなかったからなんだよね。
柴田:その実績もあるからレッドブルの首脳陣は、モンツァではメルセデスと互角に戦えると考えているみたい。スパはどうかな、という感じ。ただスペック4を投入すると、(年間使用制限規定オーバーで)グリッド降格ペナルティを受けることになるからね。
尾張:スペインのQ3ではボッタスとフェルスタッペンの差が0.9秒だったから、田辺(豊治/ホンダF1テクニカルディレクター)さんも、今年の勝利はダメかもしれないという感じだった。レッドブルとホンダ関係者は誰もがそう思っていたけど、でも勝った。ということは、まだまだパワーユニット、そしてシャシーに伸び代があるということ。
レッドブル・ホンダのピエール・ワシェ(テクニカルディレクター)は、あまり「俺たちは速いぞ」ということを言わない人なんだけど、オーストリアに持ち込んだフロントウイングの効果を見て「今年のレギュレーションをふまえたコンセプトがようやくわかった」と言っていた。
柴田:フランスでもレッドブルは大きなアップデートをしたんだけど、それは不発に終わったんだよね。
尾張:そのアップデートをもう少し詳しく話すと、基本的に(F1を開催するサーキットには)中高速コーナーが多いので、レッドブルはその傾向の強いサーキットに向けてフロントウイングを作っていた。そこでのデータを採ることもできて、効果があるということもわかった。
だけどストップ・アンド・ゴーのレイアウトであるポール・リカールで開催された第8戦フランスGPでは、当然このウイングの効果は出ない。だけど彼らはあえてそこでもその新しいフロントウイングを使ってデータを採った。それでその後のレースで使えるなと判断したからそのデータに基づいて急いで新しいウイングを作って、ひとつだけオーストリアに間に合わせた。
どうして(ピエール)ガスリーがそれを使えなかったのかとレッドブルに質問したら、「ただ間に合わなかっただけだ」と言っていたよ。ひとつだけでも急いで先行投入すくらい自信があった。だからフリー走行2回目にフェルスタッペンがクラッシュしたけれど、あれはリヤからだったのでフロントウイングは無事だった。
──パワーユニットに加えて、車体側でもなにかを掴んだということは、ますます後半戦に期待してもいいんじゃないでしょうか。
柴田:低速コーナーの多いシンガポールは勝てるかもしれないね。スパ・フランコルシャンとモンツァは勝てるかどうかわからないけれど、良い戦いができると思いますよ。
尾張:モンツァでスペック4を投入する予定だから、ペナルティを受けてしまうし、さすがに優勝は諦めないといけないかもしれない。ただね、実はハンガリーではどのスペックのPUを使ったのかを教えてくれなかった。それからスペック3を投入したフランスでは3日間これを使ったんだけど、その次のオーストリアではもう金曜日の時点でPUのスペックを教えてくれなかったんだよね。
もちろん、スペック1も2もまだ使える状態にある。だからハンガリーで使ったのはスペック2かもしれないし1かもしれないけれど、それはつまりスペック3をかなり温存しているということ。オーストリアでスペック3を使ったのはフリー走行3回目からなので、金曜日分の走行距離をセーブできている。それ以降のイギリスとドイツでも金曜日には使わないで、土曜日から使っていた。
柴田:ということは、ハンガリーではスペック3を使っていないということだろうね。
尾張:オーストリア、イギリス、ドイツの3戦でしかスペック3を使っていないとすれば、走行距離を考えても、ベルギーでもスペック3を使える。
もっと言えば、スペック2をどれくらい使っているかというと、投入したのが第4戦アゼルバイジャンGPで、その次のスペインも使ったけれど、第6戦モナコGPでは使ったかどうかわからないんだよね。スペック1を使った可能性も否定できないし、スペック2だったとしても、第7戦カナダGPを入れてまだ4レース。スペック3だって、(オーストリア、イギリス、ドイツで)金曜日の走行距離をセーブしているから、1レース分くらいはセーブできている。
パワーユニット1基につき7レースで使用できると考えると、シンガポールもこのPUで走ることができる。でも、スペック1をどう使っているかはわからないんだけどね。
柴田:ただスペック1にも2にもターボの信頼性の問題があったから、今後フェルスタッペンがレースに投入するかどうかという疑問はあるけどね。
──スペック4をモンツァで投入する狙いはなんでしょう?
尾張:僕としては、ダウンフォースが必要なスパを諦める必要はないと思う。それにオランダが近いから、フェルスタッペンにとっても地元レースのような雰囲気もある。これまでレッドブルとスパの相性が悪かったかと言えば、そうでもないからね。だからスパではスペック4を使わないで、モンツァを諦める方がいいかなと。
別にこれは、優勝の可能性があるシンガポールのためではないと思う。もっと言えば、スペック5もあるんじゃないかな? 「馬力が上がれば、ペナルティを受けてでもそのPUを使いたい」とワシェも言っていた。今年はタイトル争いを半分諦めているようなものだし、2020年は車体もほとんど変わらないから、来年を見据えている。伸び代があるならば、どういうパフォーマンスを発揮できるのかを確認したいだろうしね。
柴田:来年のクルマの開発を考えても、その方がいいだろうね。
尾張:シンガポールとメキシコでの優勝がマストという感じだね。あともうひとつありそうだけど。
柴田:鈴鹿で勝つのは難しいだろうけど、鈴鹿で勝ってほしいなぁ。
尾張:鈴鹿は期待としてね。あとは第20戦ブラジルGPかな。マシンにダウンフォースがあったほうが適しているサーキットだから。
柴田:きっとブラジルは雨でフェルスタッペンが優勝するよ(笑)。
尾張:じゃあシンガポール、メキシコ、ブラジルの3つかな。
柴田:でもメルセデスも開発を休んでいるわけではないからね。標高の高いオーストリアで惨敗した悔しさは忘れていないと思う。だからメキシコでは巻き返してくるかもしれない。
──たしかに、このままメルセデスが黙っているとは思えないですよね。
尾張:でもいつも思うんだけれども、メルセデスはシーズン後半戦になると弱くなる。2018年の後半戦も、最速マシンはレッドブルだった。2017年はフェラーリがエンジンの問題を抱えていたから問題はなかったけれど。そう考えると今年のレッドブル・ホンダは意外と大丈夫なのかもしれない。
それとレース戦略についても、メルセデスかなりミスをするようになっている。今年のモナコでも判断ミスをしていた。ハミルトンの最終スティントにミディアムタイヤを履かせた理由を聞いたら、フリー走行でメルセデスだけがロングランを行い、フェラーリとレッドブルは予選重視の走行をしてロングランのデータを持っていないから、メルセデスはハミルトンにロングスティントを託したと言っていた。
でもハンガリーではレッドブル・ホンダも判断ミスをしている。メルセデスに負けた原因は、フリー走行でハードタイヤのロングランを行っていなかったから。レッドブルに見られる傾向として、他チームの状況を見ただけで、レッドブルのマシンならこのくらい走れるだろうという判断を下しているというところがある。
柴田:それはこの4、5年タイトルから遠ざかっていたからそうなってしまったのかな。
尾張:ギャンブルしないと勝てない面ももちろんあるし、フリー走行ですべてのデータを集めることはできないからね。
柴田:レッドブルはタイトルは獲れないにしても、ランキング2位にはいけるんじゃないかな。フェラーリは後半戦少し厳しそうに見える。
■フェラーリとは異なるコンセプトでアウトウォッシュを生み出したレッドブル
──そのフェラーリですが、プレシーズンテストを終えた開幕前の段階ではかなり評価も高かったので、現状には驚きですね。
尾張:僕が考えるに、フェラーリはプレシーズンテストのときに新しいレギュレーション(ダウンフォースレベル削減)への答えを見つけたと思っていたはず。幅広になった今年仕様のフロントウイングは、ウイングの角度を立てると面積が増えて今までよりもフロントのダウンフォースが良くなっている。でもフェラーリはウイングに当たる風を外側に逃がす(アウトウォッシュ)ことで、その利点を捨ててしまっているんだよね。
というのも、レーキ(車高の前傾角)をつけて見えない壁のようなもので床下の空気の流れを守るという考えでマシンを作っているはずだから。フェラーリは去年までのダウンフォース量を維持できていると考えたんじゃないかな。
でもマシンのどこにダウンフォースの目標点を置くかでそれはガラリと変わる。メルセデスで言えば、テスト1回目に持ち込んだマシンと2回目に持ち込んだマシンはまったく違っていた。テストの1カ月くらい前にこのマシンではダメだということが判明して、急遽作り始めたマシンを2回目のテストに持ってきた。
──そうだったんですね。なんだかチャンピオンチームらしくない気もしますね……。
尾張:テスト1回目のマシンを改良して2回目に持ってきたのかと思っていたら、2回目のマシンはまったくの新車だった。なぜ1回目にまったく違うマシンを持ってきたのかというと、それはデータを取りたいから。特に今年はタイヤに関していろいろと変わっているから、まったく違うマシンだとわかっていても、実車での走行データが欲しかったんでしょう。
──なるほど。フェラーリとは方向性が全然異なりますね。一方で、毎年レッドブルの車体は評価の高いものですが、今年はどうでしょうか。
尾張:レッドブルは、フェラーリとは違うアウトウォッシュを作ろうと思っていた。ワシェたちは、フロントウイングでもダウンフォースを作り、レーキ角を付けた車体側でもダウンフォースを生み出す新しいコンセプトの車体を作っていた。
それとは別に、アウトウォッシュにはタイヤに当たる空気の乱流を無くす効果がある。タイヤに乱流が当たってしまうと、どうしてもタイヤの後ろ側に負圧ができてしまう。負圧は車体にとって抵抗となってしまうので、ドラッグが大きくなってしまいストレートスピードが落ちる。だから、アウトウォッシュはドラッグが大きいマシンのチームが利用したがる傾向にあるかな。
柴田:そういう技術的な面でも、フェラーリはメルセデスに負けている。今年思ったのは、マッティア・ビノット代表のリーダーシップがどうなのかな、と。あの人にはリーダーシップがないんじゃないかな……。
──もともとテクニカルディレクターでしたよね。
柴田:技術者としてはすごく良いエンジニアなんだと思う。ビノットはものすごく上昇志向の強い人だということを聞いたこともあるよ。
その望み通りにフェラーリのチーム代表になったのだけれども、いざチーム代表になると、前半戦ではドライバーのマネージメントができなかった。ベッテルとルクレールの扱いも中途半端で、うまくふたりを扱えていなかった。今となっては、フェラーリをトップに浮上させるための存在にはなっていないと思う。
尾張:フェラーリの歴史を振り返ると“技術屋は名監督にならず”というのはロス・ブラウンのときからそうだった。ビノットはブラウンに似ていて、テクニカルディレクターからチーム代表になったよね。
彼はフリー走行や予選でマシンの調子が良くないとピットガレージに行くじゃない? たとえばドイツの予選Q1でベッテルにトラブルが起きてしまったとき、マシンの後ろにビノットがいるのが交際映像に映っていたよね。チーム代表があんなことをしてはダメ! 野球だって、監督は試合中にマウンドには行かないからね。技術的な問題が起きてしまったら、担当エンジニアやメカニックに任せるべき。
柴田:(フェルナンド)アロンソが在籍していたときのフェラーリもそうなんだけれども、やっぱりジャン・トッド(現FIA会長)がいないフェラーリはダメなんだよね。
尾張:ジャン・トッドは絶対にガレージに行かなかった。ブラウンはガレージに行ったりするけれども、トッドはまず行かない。というよりトッドがドライバーに話を聞きに行っている状況があってはいけないんだけれども(笑)。そういうことをしているビノットはダメ。
──フェラーリの苦戦はまだまだ続くでしょうか。となると、レッドブル・ホンダのランキング2位は現実味を帯びてくるような気もしますね。
尾張:ガスリー次第だと思う(座談会後にレッドブルはアレクサンダー・アルボンの昇格を発表、ガスリーはトロロッソ・ホンダへ)。コンストラクターズ選手権は、ドライバーひとりでは戦えないから。
座談会(4)に続く
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柴田久仁夫
静岡県出身。TVディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛びまわり、『autosport』をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はトレイルランニングとワイン。
尾張正博
宮城県出身。1993年よりフリーランスのジャーナリストとしてF1の取材を開始。一度は現場からは離れたが、2002年から再びフリーランスの立場でF1を取材を行い、現在に至るまで毎年全レースを現地で取材している。