トップへ

『なつぞら』脚本家・大森寿美男が明かす、広瀬すずとなつの共通点 「僕の中では分け難いもの」

2019年08月28日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『なつぞら』写真提供=NHK

 NHK連続テレビ小説『なつぞら』も最終回まで残すところ1カ月を切ろうとしている。


 北海道の十勝の大自然に育まれたなつ(広瀬すず)は、今や子育てと仕事に奮闘中だ。朝ドラ第100作を記念する本作の脚本を担当したのは、朝ドラ第69作『てるてる家族』を手がけた大森寿美男。今回、脚本を完成させた大森に、本作に込めた思い、何を考え執筆に臨んだのかを語ってもらった。


参考:山田裕貴が語る、雪次郎とのシンクロ率 『なつぞら』脚本・大森寿美男に「不思議な力を感じます」


■「まだビクビクしています(笑)」
ーーまずは執筆を終えた今の気持ちを率直にお聞かせください。


大森寿美男(以下、大森):達成感を味わえるかなと思っていたけど、まだ不安です。最後の最後までこのドラマが皆様にどう受け止められるかと。最後まで満足していただければ、最低限の責任は果たせたかなという気持ちです。


ーーまだ解放感みたいなものはないですか?


大森:ないです。まだビクビクしています(笑)。アニメーションパートもどういう仕上げになるか全く想像がつかないところもありますので。今回は、自己満足だけで終わってはいけない企画で、「やれるだけのことはやった」ではいけないんです。関わっている人たちも多いので、みんなが満足いく作品になるように、なによりも、広瀬すずさんが最後まで全力で駆け抜けられるようにと考えて書いていました。そうしないと僕の責任も果たせたような気がしないので、解放感はまだないです。


ーー『てるてる家族』の時とは、朝ドラの取り巻く環境が違うと思います。前回と比べていかがでしたか。


大森:今回はプレッシャーが全然違いました(笑)。100作目でどうしても注目されるでしょうし、広瀬すずさんはじめ、みなさんに成功してもらいたいという気持ちが強かったので。成功に導くぞという意欲はあるけども、あまり自分の力を信用しているわけではありませんでした。どこを目指せばいいのか最初から悩んでいたので、『てるてる家族』とは書くスピードが違いました。1週間分を書くのに今回は倍近くはかかりました。余裕を持って始めたので、オンエア前に書き終えちゃうんじゃないかと思ったんですけど無理でしたね。


ーーその中でスラスラと書けた部分はありますか。


大森:スラスラとは書けてはいないんですけど、今回はアニメーターの成長記でもあると同時に、ホームドラマだと僕は思っているんです。北海道の柴田家もホームだし、新宿の風車もホームだし、なつは結婚して自分のホームを作っていきます。この3つのホームを大きく分けてなつの流れにしようと考えていました。その部分はすごく楽しくて発想しやすかったです。


 一方で、アニメーションの部分は難しかったです。なつが抱える喪失感みたいなものを、ホームではなく“表現”という形で満たしていくというコンセプトだったので、その表現方法を悩みました。僕は自分で絵を描いて発想することができないので、アニメーションのスタッフと相談しながら進めました。あとは、アニメの分量ですね。作れるアニメーションの分量が決まっているので、それをどうドラマの中でを見せていけるかと。そこが一番苦しかったです。


■「広瀬さんが表現することが、なつにとっての正解」
ーー本作では内村光良さん演じるナレーションも印象的です。なつへの呼びかけは、どのくらい狙って書いているのですか?


大森:台本を書き始めたときに演出スタッフに、「僕は意地でも最終話まで、各話の最後には『なつよ~』とつけるから、明らかにいらないときは使わなくていいですよ」と言ったんです。編集段階だと、15分に合わせるために台本通りに終わらないこともあります。編集された映像を一回見せてもらって、映像の雰囲気に合わせて「なつよ」に続く言葉を考え直したりしていました。台本を書いているときは、明らかに言うことがなくても、無理やりひねり出して入れていました(笑)。


ーー19週のなつの結婚式でのナレーション、「私も写りたかったけど、やめておいた。ああなつよ、未来永劫幸せになれよ……」が印象的でした。


大森:よく受け止めてくれる人も、面白いと思ってくれる人もいらないと思う人もいるだろうと思いながらやっていますが、もう祈るしかないですよね。喋っているのがお父さんであることを印象付けられたらなと。毎週末に入れている「来週に続けよ」というのも、途中から失敗したかな? と思ったんですけど、今更やめるわけにもいかないでしょと(笑)。


ーー広瀬すずさんとは実際にどんなやりとりをしましたか。


大森:実はほとんど喋っていないんです。あまり現場に行っていないので、ほとんどお任せしています。広瀬さんは難しい役を自然体で強い表現でやってくださっているなと。なつは根本的にすごく孤独な人だと思うんです。人に依存できない性格で、人との関わりはすごく大事にするんだけども、踏み込んで自分のためにこうしてほしいと言えない。それで距離を少し取ってしまい、不安定な人間関係に感じてしまう。勝手なイメージですが、広瀬さんにも、自分の力だけで乗り切ろうとするところがあるのかなと。そんな彼女に、周りの俳優さんも協力しよう、支えようという気持ちになっているんじゃないかなと思います。そういう点は、広瀬さんの資質と、なつの性格が僕の中では分け難いものになっているんです。広瀬さんが表現することが、なつにとっての正解なんだろうと。


ーー訛りや、方言のバランスはどのように取り入れたのでしょう。


大森:話す相手によってどの程度方言を残そうかというのはすごく悩みどころでした。雪次郎(山田裕貴)がいたときは、十勝弁にした方がいいだろうとか、関係性によって変えたり。方言をチラッと標準語の中に出すのが、どうしても難しいんです。少しでも変えてしまうと、全体的にベタな方言になってしまったりするので、その辺りの難しさを感じながら、広瀬さんの感性に任せてやってもらっています。


ーー以前、山田裕貴さんにお話を伺ったとき、「大森さんが当て書きしてくれているのではないか」とおっしゃっていました。


大森:そのインタビュー読んでますよ(笑)。勝手に僕のイメージで当て書きしているんですけれど、その人の資料は読まないんです。山田くんがよく言っている「演劇の役者とはこういう人間で、すばらしい役者はこうだ」というものは、当時の新劇の名優さんたちが実際に残している言葉です。だから彼が普段思っていることは、当時の名優さんたちが思っていたことと同じなんです。


ーー他の俳優さんたちもそのスタンスで書かれているのでしょうか。


大森:そうですね。どうしてもその人を知ると取り入れたくなるので、勝手に想像した方が楽しいんです。ただ、役者さんに寄せすぎるとネタっぽくなってしまうので、なるべく距離を置いて見るようにはしています。


■「山田さんの芝居が上手すぎたのはちょっと誤算でした(笑)」
ーーなつ以外のキャラクターに焦点を当てた週で一番ハマったと思う展開はありますか。


大森:夕見子(福地桃子)の展開もハマったと思ってるし、もちろん雪次郎もプラン通りですが、雪次郎に関しては、彼が雪月に帰った理由は、僕の周りに聞いても反応はまちまちでした(笑)。雪次郎は、新しい劇団という新しい波が来たときに乗れなかった。その理由を、「乗らなかった」とするために告白したんです。それを蘭子さん(鈴木杏樹)に見抜かれたことによって、自分の気持ちに気づいてしまった。なので、もう演劇では立て直せなかったんです。新しい時代に向かいたい雪次郎のジレンマをもうちょっと明確に描くべきだったかな。山田さんがまた芝居が上手いからね。もうちょっと下手だったら伝わりやすかったんだけど、彼の芝居が上手すぎたのはちょっと誤算でした(笑)。


ーー東洋動画のアニメーターには、それぞれモデルになった人たちがいると話題になっていますが、実在の人物をどのくらい参考にしたのでしょう。


大森:参考にした方はいます。でも、一回自分の中のフィルターを通して違う要素も加えながら、それに近い人を構築しようと考えました。なつもモデルがいると言われてますけども、色んな方の集合体でもあるんですよ。今回監修に小田部羊一さんがついてくださっていて、なつの造型に小田部さんのお話を参考にしています。小田部さんの奥様は女性アニメーターとして草分けになった奥山玲子さんですが、小田部さんから伺った奥山さんみたいな方のイメージも取り入れて作ってもいます。


ーーなつの自立的な女性像を描くにあたって、意識したことはありますか?


大森:昭和の時代で、社会に出ようとする女性を描くときには、同時にそれを良しとしない人を描くことが、その人たちが一歩先に進めるような展開には不可欠だと思うんです。朝ドラの歴史は、そういうものを描いてきたと思うので。特にアニメーターは、能力では男性に引けを取らないのに、男性と同等には扱われないという、明確にわかりやすい世界でもあると思いました。その辺りを今の時代とどう違うのか、自分に置き換えて観てもらえるといいなと。女性の社会進出に関しては、色んな人の意見を聞きつつ、取材をして一生懸命考えて書いているつもりですが、僕が踏み込むのはやはり不安です。でも朝ドラを書く上では逃げてはいけない大事な要素だと思っています。


(取材・文=安田周平)