厚労省の若手職員らで作るグループが8月26日に発表した「厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言」が注目を集めている。グループは今年4月、18ある全ての職種から計38人の職員が参加して結成された。
本省職員約3800人を対象にアンケートを行い、延べ2267件の回答を集めた。各人事グループの幹部や若手職員ら243人のほか、退職した若手の元職員14人などにもヒアリングを行い、職員らの労働実態や職場環境の問題点を洗い出した。
グループの代表を務めた同省大臣官房人事課課長補佐の久米隼人さん(36)によると、グループは4月下旬にメンバーを集め、5月半ばから本格的に始動した。業務時間内に取り組んでも良いと言われていたものの、「時間外にも仕事をしていた」と明かす。提言書の、
「発足から提言までの約3か月という短期間で、このような大規模アンケートや ヒアリングを行いながら、並行して、毎週2回を超えるミーティング、課題の洗い出し、解決策の検討、提言書・広報資料の作成などを行うことは、チーム員それぞれに、本来の担当業務がある中で、かなりの労力と負担が生じたのは事実である」
という記載からも、苦労が伺える。
若手職員の過半数は「仕事が心身の健康に悪影響を与える職場」と認識
提言から見えてくるのは同省の人手不足の深刻さと、それが原因で生じる職員らの精神的・肉体的負荷の高さだ。「セクハラをしている人が昇進している」実情である人事評価制度への不満、子育て中の職員らが実質的な不利益を被るキャリアパスの問題も指摘された。職員らからは、
「家族を犠牲にすれば、仕事はできる」(社会・援護局、補佐級職員)
「厚生労働省に入省して、生きながら人生の墓場に入ったとずっと思っている」(大臣官房、係長級職員)
「子どもがいる女性職員が時短職員なのに毎日残業をしていたり、深夜にテレワーク等をして苦労している姿をみて、自分は同じようには働けないと思った」(退職者)
「毎日いつ辞めようか考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った」(保険局、係長級職員)
などの声が寄せられている。
20代、30代の若手職員へのアンケートでは、49%が「やりがいのある職場である」、34%が「自分の仕事に誇りが持てる」と答えた反面、「仕事が心身の健康に悪影響を与える職場である」と答えた職員は58%にのぼる。「職員を大事にしない職場である」(45%)、「やめたいと思うことがある」(41%)という声も多い。20代後半の職員にいたっては、約半数が「やめたいと思うことがある」と回答している。
自分の業務量が「非常に多い」「多い」と感じている職員は65%。業務を増やしている原因として最も多く上がったのが「人員不足」(67%)だった。提言書では、内閣人事局に対し、厚労省の定員配分について柔軟な対応をするよう強く要求することと合わせ、省内で取り組めるものとして、業務の効率向上に関する施策、人事制度の改善、オフィス環境の改善の3点を掲げた。
スケジューラーやチャットなど、民間企業では当たり前のツールが浸透していない
「業務量の観点から負担を感じる業務」の1位が「国会関連業務」(63%)だったことからも分かるように、職員にとって国会対応は大きな負担になっている。委員会でのPC、タブレット利用の解禁のほか、職員が担当する質疑が終わった後、速やかに帰庁して別の業務に取り掛かることが出来るよう、政治レベルでの申し入れを行いたいとしている。
また、6月に自民党行政改革推進本部から出た提言にもあるように、今後は議員別に質問を通告してきた時間を集計し、議員ごとの平均通告時間等を算出することも検討している。質問通告をしておきながら実際には質問しなかった質問、通称「空振り答弁」の数も集計・分析し、効率化を図る。久米さんは、
「野党の先生からが多いのですが、自分の質疑時間が10分しかなくても15問~20問の質問数・内容をいただいたりします。どの質問が明日聞かれるかわからないので、省としては全ての準備をしますが、実際にそれだけの量を聞かれることはない、というのは日常茶飯事です」
と明かしている。
人事評価を巡っては、「セクハラやパワハラを行っている幹部・職員が昇進を続けている」(38%)、「課内に、周りと比べて業務量にゆとりがあり、多くの時間、何をして過ごしているかよくわからないように見える幹部・職員がいる」(52%)など、多くの不満が出ていた。今後は「基準以下」を意味する「C評価」の基準をさらに明確化し、公平な評価に務める。このほか、6ルクスしかない廊下の明るさ改善や、環境省などで導入されているフリーアドレス制の導入も、検討課題としている。
提言書からは、スケジューラーやチャットの活用など、民間企業では当たり前になっているITツールが浸透していない同省の体質も浮き彫りになった。久米さんによると、使っているのは若手を始めとする一部の職員で、幹部職員は「使ったことがないため現状を踏襲している」状態だという。
「幹部の予定を把握する係がいるため、幹部が自分でスケジューラーを使わなくてもいいという面もあります。しかし、このせいで若手の人が直接幹部の元に出向き『明日の4時は空いていませんか』と伺いを立てている状況です。これを変えたいと思います」(久米さん)
「公務員全体の数は増やさずとも、厚労省に人を増やすことは出来る」
提言書にある「質問通告の2日前厳守を徹底する」「役職・年齢などにとらわれない柔軟な人事制度」などは、2010年の若手チームの提言でも出されていた。こうした点がこの10年で変わらなかった背景を、久米さんは、「改革をしてもしなくてもインセンティブが働かないという面が大きいのでは」と指摘する。
提言の実現性を高めるため、前回は提言後に解散だったグループは、今回は改革実行チームの中に位置づけた。「一緒になって変えていくことができる仕組み」のため、前回よりは多くのことを実行できるのではないか、と見られる。
国民の一部からは公務員の削減を希望する声も強いが、「厚労省の人員増員は必要」というのが、久米さんを始めとする多くの職員の主張だ。
「厚労省は医療や介護、年金など、今後議論が続くテーマを扱い、これから業務量が増えていくことが予想される省庁です。高度経済成長期には経産省や農水省、国交省に多くの予算や人が付きましたが、一度付いた予算や人員を剥がすことができない中で、厚労省の負担が重くなっています。現在の政策課題として、どこに人を付けなければいけないかを考えてもらえれば、公務員全体の数は増やさずとも、厚労省に人を増やすことは出来ると思います」
働き方改革の旗振り役である厚労省は自身の改革を遂行することが出来るか、今後の動向に注目が集まりそうだ。