2019年シーズンのF1は、ここ数年までの流れと同様にメルセデス、フェラーリ、レッドブルというトップ3チームが優勝や表彰台を争い、それ以外の7チームが中団争いを繰り広げるという構図ができあがっています。
ところがその中団争いに目を向けてみると、マクラーレンの復活、ハースの失速、そしてホンダF1との2年目のシーズンを迎えたトロロッソ・ホンダの躍進と、プレシーズンテストの結果からは予想もつかなかったような現状となりました。
また今年は第9戦オーストリアGPにおいて、ピレリタイヤに関する大きな話題がありましたね。毎年のように話題の尽きないタイヤですが、中団争いの話題とともに、オートスポーツwebでもお馴染み、1987年よりF1の取材を行うジャーナリストの柴田久仁夫氏と、16年以上にわたって毎年全レースを現場で取材している尾張正博氏からお話をお伺いしようと思います。
※この座談会は8月上旬、ピエール・ガスリーとアレクサンダー・アルボンの交代報道直前に行われたものです。ご了承ください。
──(MC:オートスポーツweb)2019年は、中団争いの構図が大方の予想とは大きく違っているようですが、おふたりの予想とは合っていたでしょうか。
尾張正博氏(以下、尾張):どうだろう……。マクラーレンが復活したのもあるし、いちばん予想外だったのはハースだね。本来だったらルノーとハースが中団トップ争いをしていたはずだったけれど、ルノーもまたパフォーマンスが読めない。
その次にトロロッソ・ホンダ、アルファロメオ、レーシングポイントあたりが来るかと思いきや、レーシングポイントはそうでもなかった。アルファロメオも最初は良かったけどね。とにかく中団勢は、全然予想とは違った。
──ハースの失速とマクラーレンの復活については、正直我々も驚きました。
柴田久仁夫氏(以下、柴田):両方とも話は簡単で、共通しているのは、今年のハースやレーシングポイントのマシンにはダウンフォースがなくて、マクラーレンのマシンにはしっかりダウンフォースがあるということだろうね。
ハースには(2018年に)富塚裕さんという元ブリヂストンのエンジニアが加入して、現場でも一生懸命仕事をしている。ハースがうまくタイヤを機能させられなくて結果が出ないのは富塚さんの責任だという声もあるけれど、それは全然違う。もともとクルマにダウンフォースがないから、現場でどうにかしようと思っても限界がある。
──なるほど。ではホンダF1とタッグを組んで2年目のシーズンを迎えたトロロッソ・ホンダの活躍はいかがでしょうか。
柴田:ぼちぼち、というところなんじゃないかな。トロロッソはミルトンキーンズ(レッドブルのファクトリー)から随分ノウハウを教えてもらって開発しているから、昔に比べるとかなり良くなった。それに今年のクルマは最初からホンダのパワーユニット(PU)を積むことを考えて作られているから、それなりにパフォーマンスはあると思う。
でも今シーズンのトロロッソ・ホンダを見ていていちばん悪い点だと思ったのは、イニシャルセッティングができていないこと。初日にうまくいかないから徹夜して、2日目になんとか立ち直って予選でQ3に進めるかどうかというところに到達して、レースを迎えているというパターンの繰り返し。入賞はできるけれど、なかなか上位にはいけない。(第11戦ドイツGPで)表彰台も獲ったけど……。
尾張:ドイツは雨だったからね。だから実力というのは、まだまだというところ。
──今年のドライバーラインアップは、一度レッドブルを解雇され、フェラーリで開発ドライバーを務めたダニール・クビアトと、昨年のFIA-F2でランキング3位となり、一度はフォーミュラEへの参戦が決まっていたルーキーのアレクサンダー・アルボンです。シーズン開幕前から話題の多かったふたりですが、彼らへの評価はどうでしょうか。
尾張:クビアトはすごく成長したと思う。
柴田:アルボンもいいんじゃないかな。でも、もし将来彼らがレッドブルに行ったらどうかというと、どっちのドライバーにしても、フェルスタッペンのチームメイトとしてはちょっと物足りないよね。
尾張:ただレッドブルはコンストラクターズランキング2位を獲らないといけない。それを今はフェルスタッペンがほとんどひとりでやっているからね。チームメイトがそこまでいいドライバーじゃなくても、そこそこのドライバーであればランキング2位を獲れる。
柴田:レッドブルのランキング2位はいつ以来?
──直近では2016年(ダニエル・リカルド/ダニール・クビアト/マックス・フェルスタッペン)ですね。それ以前だと2014年(セバスチャン・ベッテル/ダニエル・リカルド)と2009年(セバスチャン・ベッテル/マーク・ウェバー)も2位でした。トロロッソも含めて、ホンダが4台走らせているとメリットは大きいですか?
柴田:ここにきてメリットが出てきて、今年の暑さ対策にしてもデータ量が全然違うみたい。(第8戦フランスGPでは)4台のなかでどうしてフェルスタッペンにだけパワーロスがあったのかというのを分析して、より早く確実に対策ができた。1チーム供給と2チーム供給ではまったく違うらしいね。それに今年はパワーユニットが壊れないから、データが豊富にある。
──たしかに、一時期のようにパワーユニットを何基も投入することはなくなりましたね。
尾張:メリットといえば、信頼性が確保できるようになったことだと思う。第4戦アゼルバイジャンGPで4台ともスペック2を投入したけれど、それは第3戦GP中国のフリー走行1回目の終了後にクビアトのエンジンに問題が見つかったから。あの時クビアトは新しいスペックを入れたし、アルボンはフリー走行3回目にクラッシュしたから、2基目を使った。スペック2はパフォーマンスの向上よりも信頼性の向上を重視したもので、次にもし問題が見つかった時にスペック1を入れるのは良くないから、信頼性を向上したスペック2をここで入れた方がいいんじゃないかというのが理由だった。
つまり、レッドブルだけではこの問題に気づけなかったということ。4台あるから出てくる問題もある。(使い方次第でパワーユニットには)ばらつきがあるからね。もしアゼルバイジャンとか第5戦スペインGPもスペック1のまま走っていたら、そこで問題が起きていた可能性がある。信頼性の向上が目的なら、供給台数は多い方がいいよね。
──ホンダのパワーユニットにはホンダジェットの技術が使われていることも話題のひとつですが、昨年と今年でホンダの開発に対するアプローチは変わったのでしょうか。
柴田:ホンダジェットの技術は昨年から取り入れられているからね。
尾張:スペック3の話で航空エンジン部門の人の話をするのにホンダジェットの話が出たけれど、昨年浅木泰昭さん(ホンダF1のパワーユニット開発責任者)が就任した時にもうすでに技術は盛り込まれていた。
柴田:昨年は1シーズンで8基使ったけれど、今年はそんなことないから、かなり信頼性が上がっているんじゃないかな。
■パフォーマンスを左右する2019年仕様のタイヤに、王者メルセデスも苦戦
──レッドブル・ホンダの優勝が大きな話題となったオーストリアですが、この週末は、今年のタイヤの仕様を2018年仕様のタイヤに戻すかどうかという投票が行われました。今年のタイヤは、昨年スペイン、フランス、イギリスで使用された通常よりもトレッドの薄いタイヤです。このタイヤを機能させるのに苦労しているチーム、ドライバーも多いようですが……。
尾張:たしかにハースを見れば、予選から決勝レースに向けて競争力を落としているのがわかると思う。でもみんながうまくタイヤを使えているかといえば、実際はそうではないんだよね。
メルセデス以外の人たちは、「今年のタイヤはメルセデス用のタイヤだ」と言うけれど、メルセデスは第6戦モナコGPで大失敗している。ハンガリーだって、ルイス・ハミルトン(メルセデス)がミディアムタイヤでマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)をオーバーテイクできたから優勝できたけれど、それ以外に作戦がなかったからダメもとだった。しかも、ミディアムに交換した2回目のピットストップはフリーピットストップだったしね。もし後方5秒以内に3番手のドライバーが走っていたら、あんなことはできなかった。ということを考えると、メルセデスが飛び抜けてタイヤをうまく使っているかといえば、そうではない。
──このトレッドの薄いタイヤは“メルセデスに適した”タイヤだと言われていますが、そうではないと?
尾張:それもジェームス・ボウルズ(メルセデスのストラテジスト)に聞いたけれど、たしかに昨年は薄いトレッドのタイヤを投入したスペイン、フランス、イギリスのうちイギリス以外はメルセデスが勝った。イギリスだってキミ・ライコネン(当時フェラーリ)にぶつけられて後方に下がったけれど、それでもハミルトンが2位まで上りつめた。
ということは「やっぱりタイヤが合っているんじゃないの?」と聞いたら、スペインでの競争力は認めていたけれど、「フランスでは勝ったけど、もし1コーナーで(バルテリ)ボッタスとセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)が接触していなかったら、勝てたかどうかわからない」と言っていた。昨年は特にフェラーリが速かったし、勝ったとしても楽勝ではなかったみたい。今のトップ3チームは一度後方に下がっても上位まで戻ってくることができるから、イギリスもそれができただけ(ハミルトンが2位)の話であって、ベッテルと戦えたかどうかはわからないと言っていたよ。
──メルセデス側にしてみれば、特別自分たちの適したタイヤではないということですか。
尾張:トレッドが薄いことによるデメリットがないのは確かだけど、「自分たちだけが得をしているとは思わないし、昨年の時点でみんなが一度このタイヤを使っているのに、どうして今年になってそういうことを言うかわからない」って。
柴田:それはマクラーレンの今井弘さん(エンジニア)もまったく同じことを言っていた。昨年の最終戦が終わった後にいきなりタイヤテストをさせられて、その頃には2019年型マシンがほとんどできあがっているから困ると言う人もいたけれど、「データ自体はすでに何カ月も前に手にしているし、それを元にクルマを作っているんですよね」と。
尾張:ボウルズが言うには、昨年はみんなが「タイヤにブリスターができる」と文句を言ったから、あの仕様のタイヤは廃止された。ピレリのマリオ・イゾラ(カーレーシング責任者)も、ブリスターができるという不満を受けたからトレッドを薄くすると言っていた。だから今年のタイヤにはブリスターできていないのに、なぜチーム側が文句を言うのかと言うのがイゾラの主張。もしブリスターができて文句を言われるなら理解できるけどね。
ただ今年のタイヤに不満を持っている人のなかには、スイートスポット(適切なタイヤの作動温度領域)が狭いことを理由にしている人もいる。要するに、もう少し使いやすいタイヤにすべきと。だから、個人的にはイゾラの見解に100%同調はしないけどね。
柴田:タイヤのことを気にしないでレースができるタイヤを、みんなが望んでいる。今はタイヤの顔色を伺いながらレースをしている状態だから。それが一番の問題だと思うな。
尾張:作っている人がそれをわかっていない。
柴田:ワンメイクだからあぐらをかいているんじゃないの?
──振り返ってみれば、ドイツで使ったウエットタイヤも、それぞれの雨量に対してどのウエットタイヤが一番適していたのかよくわからなかったですよね。2020年、そして大きくレギュレーションの変わる2021年に向けて、ドライバーの納得のいくタイヤが使えるようになることを望むばかりです。
座談会(3)に続く
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柴田久仁夫
静岡県出身。TVディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛びまわり、『autosport』をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はトレイルランニングとワイン。
尾張正博
宮城県出身。1993年よりフリーランスのジャーナリストとしてF1の取材を開始。一度は現場からは離れたが、2002年から再びフリーランスの立場でF1を取材を行い、現在に至るまで毎年全レースを現地で取材している。