2019年08月27日 10:11 弁護士ドットコム
退職しようとしたら、資格取得報奨金の返還を求められましたーー。そんな相談が、弁護士ドットコムに複数、寄せられています。
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ある人は、会社が奨励していた資格を取得し、30万円の報奨金をもらいました。その資格は「職務内容と密接に関連する資格」「会社が行う事業を実施するにあたり必須の国家資格」だったといいます。資格取得のため、自己負担して予備校に通って取得しました。
このような場合、報奨金は返金しなければいけないのでしょうか。近藤暁弁護士に聞いた。
「会社がいったん支払った報奨金につき、一定期間内に転職する場合などにその額を返還させる旨の合意をすることは、『違約金』や『損害賠償額の予定』の禁止を定めた労働基準法16条に抵触する可能性があります。
同条に抵触する場合、報奨金の返還に関する合意は無効となるため、これを返還する必要はありません」
労基法16条が禁じる「損害賠償額の予定」とは、具体的にはどういう意味でしょうか。
「労基法16条は、使用者に対して、『労働契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定をする契約』の締結を禁止しています。これは退職に際して違約金の支払いを求めることで、退職の自由を奪うことを禁止する目的があります。
今回のケースでも、労基法16条の禁止する『損害賠償額の予定』等にあたるかどうかの判断基準が問題となります。同条の趣旨は、労働者の意思に反して労働関係の継続を強いることを防止することにあります。
したがって、報奨金の返還に関する合意が労働関係の継続を不当に強要するものでなければ、同条には抵触しません。
具体的には、報奨金の一般的返還方法が労働契約の履行不履行と無関係に定められ、一定期間勤務した場合に返還義務を免除することが定められているにすぎない場合であれば、同条の『損害賠償の予定』等にはあたりません」
相談者の場合、取得した資格は「職務内容と密接に関連する」「会社が行う事業を実施するにあたり必須」だったそうです。このような業務と関係のある資格については、どのように考えられるのでしょうか。
「裁判例(長谷工コーポレーション事件―東京地判平成9年5月26日労判717号14頁など)において重視される判断要素が『業務性』の有無です。資格の取得などが本来的に企業において費用を負担すべき『業務』であれば、労働契約と無関係な契約が別途締結される合理性はないからです。
この『業務性』については、一般に(a)資格や研修の内容、(b)業務命令の有無、(c)労働者の自由意思が及ぶ程度、(d)資格の取得などにより労働者が受ける個人的利益の程度、などの事情が考慮されます。
また、裁判例では『返還額の多寡』や『返還免除の条件となる勤務期間の長短』なども考慮されます。
今回のケースは、職務内容と『密接』に関連する資格であり、会社が行う事業を実施するにあたり『必須』の国家資格とのことですから、その他の事実関係にもよりますが、『業務性』が認められる可能性は高いでしょう。
報奨金の返還合意が『損害賠償額の予定』等にあたると判断され、返金の必要がないと判断される可能性は十分にあり得ます」
【取材協力弁護士】
近藤 暁(こんどう・あき)弁護士
2007年弁護士登録(東京弁護士会、インターネット法律研究部)。IT・インターネット、スポーツやエンターテインメントに関する法務を取り扱うほか、近時はスタートアップやベンチャー企業の顧問業務にも力を入れている。
事務所名:近藤暁法律事務所
事務所URL:http://kondo-law.com/