2019年シーズンより、ホンダF1がレッドブルとトロロッソの2チームへのパワーユニット(PU)供給を開始しました。第9戦オーストリアGPではマックス・フェルスタッペンが今シーズン初優勝を飾り、この勝利はホンダが2015年にF1へ復帰して以来4年ぶりの勝利となりました。また雨のなかで行われた第11戦ドイツGPではフェルスタッペンが2勝目を挙げ、第12戦ハンガリーGPでは、初のポールポジションを獲得しました。
開幕から8連勝を飾ったメルセデスに歯止めをかける最有力候補であったフェラーリに代わって2勝を挙げたレッドブル・ホンダとフェルスタッペンを、現場のジャーナリストたちはどう捉えたのでしょうか。
2018年のシーズンオフに行われた座談会に引き続き、今回もオートスポーツwebでお馴染みのF1ジャーナリストで、1987年よりF1の取材を行う柴田久仁夫氏と、16年以上にわたって毎年全レースを現場で取材している尾張正博氏というベテランおふたりの視点で、2019年シーズン前半戦を振り返りたいと思います。
※この座談会は8月上旬、ピエール・ガスリーとアレクサンダー・アルボンの交代報道直前に行われたものです。ご了承ください。
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──(MC:オートスポーツweb)2019年シーズンは、開幕戦からメルセデスが8連勝を飾り、早くも『今年の選手権も決まりだな』という空気になりつつあったなか、ついにレッドブル・ホンダが初優勝を飾りましたね。あの日、優勝直後のおふたりはどのような状況だったのでしょうか。
尾張正博氏(以下、尾張):当たり前だけど、優勝の後は僕はすごく忙しくて、一睡もせずに帰りの飛行機に乗ったくらいだったね。(舞台となったレッドブル・リンクのある)ツェルトヴェグからウィーンまで移動しないといけないというものあったけれど、結局月曜日の朝6時にサーキットを出て、8時に空港近くのホテルに着いた。もちろんサーキットを出たのは僕が最後。
柴田久仁夫氏(以下、柴田):そうなの!? 僕は十分寝たけど……。
尾張:それでも夜中1時半くらいまではいましたよね? そういえば、あの日の忙しさを表す良い例だと思うエピソードがあるんだけど。ホンダでは第4期(2015年~)の初めから日曜日の夜ご飯がカツカレーなんだけど、長谷川(祐介/前ホンダF1テクニカルディレクター)さん時代から僕たち日本人ジャーナリストもおすそ分けでもらえるようになった。それをずっといただいてきて、僕らもカツカレーの意味を記事にもしているんだけど、実は僕、オーストリアでレッドブルが勝った時にカツカレーを食べていないんだよね。
──えっ、そんな念願叶った大事な時に食べられなかったんですか? それは残念でしたね……。
尾張:そのくらい忙しかったし、忙しかっただけじゃなくて、審議があったでしょう(注:決勝レースでフェルスタッペンとシャルル・ルクレールと接触し、表彰式後に審議が行われた)。裁定が出るまで2時間くらいあったんだけど、それを待っている間に……みんなはカレーを食べていたよね(苦笑)。
僕はレッドブルで会見が始まるのを待っていたんだけど、裁定が決まらないからクリスチャン・ホーナー(レッドブル・ホンダのチーム代表)の会見も始まらないし、いつ始まるのかもわからなかった。すべてのことが動かないし、審議が終わってから会見が始まるという感じだった。もちろん後味が悪いわけじゃないけれど、もう少しどうにかしてほしかったよね。
──たしかに、見ている側としてもスッキリしないままレースが終わった気がします。
尾張:フェルスタッペンの優勝が決まったのは田辺(豊治/ホンダF1テクニカルディレクター)さんの会見中だったからね。あの時はメディア側から「(どれくらい時間が押すのかわからないから)会見を始めませんか」とお願いして会見が始まったし、フェルスタッペンが2位だった場合のことも考えての発言だった。僕はあの雰囲気を出すために、あえてそのまま記事を書いたんだけどね。
柴田:尾張くんが熱く語るから、僕はあえてクールに語ろうか(笑)。この前も尾張くんとオーストリアGPの話をしていて『全然自分の考えと現実が違ったんだな』と思ったんだけど、僕も尾張くんもオーストリアでは表彰台に行っていなかったんだよね。表彰台がプレスルームから遠いというのもあるんだけど、僕は表彰台に行かなくてもいいかなと思っていた。
「行かなくていいよね」と尾張くんに言ったら、「いやいや、僕は行きたかったけれど、忙しかったから行けなかった」というから、随分自分とは温度差があるなって。
──『温度差』と言いますと?
柴田:みんな「ホンダが13年ぶりに優勝した」と言っていたけれど、僕としては「えぇ~?」という感じで……。というのもふたつ理由があって、ひとつはレッドブル・ホンダが勝ったのであって、ホンダが勝ってわけではないという思いがあってね。
──もちろん、そう考えるには第2期、第3期を見ているからという理由もありますよね。
柴田:そうだね。今は(パワーユニットの)サプライヤーでしかなくて、レッドブルと組んで戦闘力が上がったから勝った影響が大きくて勝ったわけだから、というのがひとつ。もうひとつは、『日本人ドライバーじゃないからな』というのがあって、表彰台には行かなかった。でもなぜか、ハンガリーでフェルスタッペンが2位だった時は表彰台に行ったんだよね。
ただオーストリアGPがいつもと違ったのは、レースとしてものすごく面白かったということ。ホンダがどうこうだけではなくて、ここ数年でも稀に見るおもしろいレースだったと思う。
──たしかに、あれだけスタートで出遅れて巻き返すという展開もなかなかないですよね。
柴田:あんなにおもしろいレースは年に1回あるかないかだなと思っていたら、そのあと(第10戦の)イギリス、ドイツ、ハンガリーとおもしろいレースが続いた。こんなことがあるんだなあって。オーストリアを含めたこの4レースは本当におもしろかったですね。
──先ほども話に上がりましたが、オーストリアでは決勝レースの終盤に、オーバーテイクを試みたフェルスタッペンと首位を走っていたルクレールの接触がありました。今年は第7戦カナダGPでセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)に科されたペナルティが大きな話題になり、この一件でもペナルティが出るかどうかに注目が集まりましたが、おふたりはあの接触をどう見ていましたか?
尾張:もしフェルスタッペンがペナルティを受けていたら、今後F1ではもうオーバーテイクはできないよね、と思った。僕がいつも思うのは、『イン側に主導権がある』ということ。アウト側にステアリングを切ってぶつけているというのなら話は違うけれど、イン側にいて、少しラインが膨らんでぶつかるのならいいんじゃないかな。
2014年のベルギーGPでメルセデスのニコ・ロズベルグとルイス・ハミルトンが接触したのは、まさにそうだったでしょう。アウト側にロズベルグがいて、イン側のハミルトンはタイヤがパンクした。ロズベルグもフロントウイングを壊してしまったから、ふたりともピットインしたけれど、最終的にはロズベルグに非があることになる。アウト側のドライバーが引かないといけないから。
柴田:オーストリアの時はフェルスタッペンがイン側についていたしね。
尾張:あれでルクレールは押し出されたわけだけど、イン側を取られたのなら仕方ないのかなというのが僕の考えかな。
──そういえば、正式な審議結果が出る前に、偽物のFIAのリリースが出回りましたよね。
柴田:そう。尾張くんが忙しくしていた頃に、僕はカメラマンがレッドブルの記念撮影をしようとしていたところに行ったの。そうしたらみんなが帰り始めたからどうしたのかと聞いたら、「審議の結果が出て、フェルスタッペンの優勝は取り消されたみたいだ」と言っていた。
そこでリリースを見せてもらったんだけど、そもそもFIAのリリースはメールで来るはずなのに、その偽物のリリースはSNSにアップされていた。それで何かおかしいなと思ったし、リリースに記載されている時間を見たら、審議の真っ最中の時間が書いてあった。その後で偽物とわかったんだけどね。
結局誰がこのリリースを作ったのはわからない。本物そっくりにできていて、そのことを日本にいる川井(一仁/F1ジャーナリスト)さんに伝えたの。そうしたら1時間後くらいに返事が送られてきて、そのメールに添付されていたファイルを見たら、僕の名前が書かれたFIAの偽リリースが送られてきてね(笑)。要するに、FIAのフォントさえコピーできれば簡単に作れるので、誰が作ったのかはわからない。
──ということは現場の反応としても、フェルスタッペンはペナルティを受けてもおかしくないという雰囲気だったのでしょうか?
柴田:そうだね。カナダGPの件(ルイス・ハミルトンとセバスチャン・ベッテルのトップ争いの最中に、危険な方法でコースに復帰したとしてベッテルにペナルティが科された)を含めて物議があったから、あのぶつかり方だったら仕方ないかもねということで、集まったカメラマンも帰り始めた。だから、カメラマンが大勢集まっての記念撮影というのはなかったような気がする。
尾張:僕はレッドブルのモーターホーム(ホルツハウス)の2階で審議結果を待っていたな。すごく暑かった……。
柴田:それでもあの時、田辺さんは『エンジニアとしては、たとえもしペナルティを受けたとしても、あれだけ戦えたので悔いのないレースでした』と言っていたよね。
■低速セクターで速すぎたメルセデス。「モナコでは絶対に勝てないな、と……」
──今年勝てるようになった最大の理由はレッドブルと組んだことですが、オーストリアで勝つというのは予想していましたか?
尾張:予想していなかったし、優勝するなら第12戦ハンガリーGPが最初かなと思っていた。
柴田:(優勝を狙っていた)第6戦モナコGPで勝てなかったからね。もちろんオーストリアでは2018年にフェルスタッペンが勝ているし、レッドブルにとって有利なサーキットではあっただろうけど、オーストリアに行った時点では勝てると思っていなかった。
尾張:でも勝因が違うじゃない? 僕がハンガリーだと思っていたのは、レッドブルがクルマのコンセプトを間違えていて、前半戦では勝てないと考えていたから。というのもプレシーズンテストの段階で、新しく導入された空力ルールに則った今年のレッドブルのクルマは少し“ズレていた”というのがわかったから、昨年競争力を発揮できたレースで勝てるとは思っていなかった。
レッドブルが3月に神宮外苑のいちょう並木でデモランをした時に、ヘルムート・マルコ(レッドブルのモータースポーツアドバイザー)に「今年は5勝できるのか?」と聞いたのは僕なんだけどね。あの時マルコはたしかに「5勝する」と答えたけれど、「昨年とは違うサーキットだ」と言っていた。「コンセプトは変えない」とも話していたけれど、それは間違っていない。だから(優勝まで)時間がかかるなと思った。
柴田:昨年と違うということは、要するにモナコでは勝てないということだからね。
尾張:今年のモナコも、2位入賞まで戦えたのはハミルトン側にタイヤ選択のミスがあったからであって、レッドブルに速さがあって競っていたわけではなかった。ということは、モナコは勝てるグランプリではなかったということ。
柴田:今年のメルセデスは低速セクターで速いんだよね。第5戦スペインGPでは、低速の最終セクターでものすごく速かったし、みんなその速さを見て「レッドブル・ホンダがモナコで勝つのは絶対に無理だな」という感じだった。
──たしかに、今年のメルセデスは開幕から8連勝しましたし、付け入る隙がない感じがしますよね。ところでホンダ内では、オーストリアで勝ちに行くと決めていたという話を聞きましたが、真相はどうだったのでしょうか。
柴田:山本(雅史/ホンダF1マネージングディレクター)さん曰く、優勝の伏線というのは第8戦フランスGPのスタートの時に、4台のホンダPU勢のなかでフェルスタッペンにだけパワーロス症状が出たので、その理由をさくらで研究したら、熱に対してコンサバに対応しすぎていたというのがわかったこと。それでオーストリアではもっと攻めようということになったので、山本さんは金曜日が終わった時点で“いけるな”と思って、「優勝するからプレスリリースを用意しておけ」と言っていたとか。
尾張:フェルスタッペンはスタートを失敗していなかったら、もっと楽に勝てたよね。力強いレースだったんじゃないかな。
柴田:メルセデスが冷却に弱点を抱えていたのは知ってた? 僕は全然知らなかったんだけど。
尾張:僕も知らなかった。レース後に聞いたよ。そもそもメルセデスは、予選では2列目を確保したけれど、決勝レースではまったく優勝争いに絡んでいなかったよね。第2戦バーレーンGPでも優勝争いができなかったけれど、あの時はフェラーリがストレートで速かったし、ナイトレースだからレース中の気温もそれほど高くないので、あまり冷却は関係なかったと思うけどね(注:トップを走っていたルクレールにトラブルが起き、最終的にハミルトンが優勝を飾った)。
柴田:そういえば、今シーズンは第7戦カナダGPまで暑いコンディションでのレースはなかったよね。
尾張:今年は異常気象で、フランスとオーストリアはものすごく暑かった。その後のドイツも暑かったけれど、レースはウエットコンディションだったことを考えれば、メルセデスはハンガリーGPだけ優勝を諦めればいいということだったんじゃないかな。狙いを絞った方がいいよね。
柴田:フランスもその前のカナダも暑かったけれど、その2レースはメルセデスが勝ったということは、この2つはストレートが長いから、しっかり冷却ができて欠点が出なかったんだろうね。
尾張:メルセデスのクルマは先頭を走ると速いけれど、2番手を走っているとモロにネガティブな影響を受ける。
柴田:だから余計に(バルテリ)ボッタスがかわいそう。あとオーストリアは標高が高くて空気が薄いから、冷却に厳しいというのもあった。レッドブル・リンクは標高700mくらいの山の中なんだけど、通常だったらありあえないくらい暑かった。気温自体は30度を超えたくらいでも、路面温度が50度を超えていたから。風もなかったんじゃないかな。
コース脇に行っていた熱田護カメラマンも、「こんなに暑いレースは初めてだ」と言っていたくらい。だからPU的にはきついよね。
尾張:体感的にはドイツの方が暑かったかな。オーストリアは山だから夜になれば気温も下がって寝れるけれど、ドイツは眠れなかったから。
柴田:だから雨が降ってホッとした。ホテルにエアコンがついていなかったからね(笑)。
■大御所記者に叩かれても折れなかったフェルスタッペンの“ふてぶてしさ”
──シーズン前半に2勝を挙げたわけですが、この2勝はどちらもフェルスタッペンによるものでした。今のレッドブル・ホンダにとって、フェルスタッペンは欠かせない存在ですね。
柴田:オーストリアはもちろんフェルスタッペンが素晴らしかったけれど、レッドブルとホンダというパッケージ全体の勝利というところがある。でも、ドイツはフェルスタッペンじゃなければ勝てなかったと言っていいんじゃいないでしょうか。
──歴代ドライバーと比較して、おふたりから見たフェルスタッペンの強さはどういうところにありますか?
柴田:直近で比較すると、我々にとって、昨年のガスリーはすごい存在だった。それが突然レッドブルに行けと言われ、すでにフェルスタッペン体制ができているところに入って、そこでいいところを見せようとした。でもプレシースンテストでクラッシュして最初からつまづいてしまった。
そういうのがあったにしても、これほどドライバーで差がつくのかというのは、正直予想外だった。もうちょっと対抗できるのかなと思っていたけれど、あんなにコテンパンにやられるとは思っていなかった。昨年とは違う人が乗っているんじゃないかと思うくらい、ガスリーらしさがまったくないんだよね。
──改めてお聞きしたいのですが、フェルスタッペンのキャラクターを教えてください。
尾張:はっきり言えば、ふてぶてしいよね。
柴田:デビューした時からそうだったけれど(苦笑)。
尾張:昨年は第3戦中国GPでセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)に突っ込んで、第4戦アゼルバイジャンGPでは(当時のチームメイトであったダニエル・リカルドと)同士討ち、第6戦モナコGPではフリー走行3回目でクラッシュというのがあって、メディアに叩かれたでしょう。
その後第7戦カナダGPの木曜会見で、イギリスの『Dairy Mail』の有名な記者がフェルスタッペンを批判したんだけど、それに対してフェルスタッペンは「ヘッドロックしてやろうか?」と返したの! その記者が「なんでドライビングスタイルを改めないのか」と言えば、フェルスタッペンは「スタイルは変えないし、お前に言われる筋合いはない」と言い続けていた。普通は大御所のジャーナリストからそう言われたら、ドライバーは折れるけれど、フェルスタッペンはまったく折れなかったし、しかもそのあと彼はドライバーとして変わったよね。
座談会(2)に続く
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柴田久仁夫
静岡県出身。TVディレクターとして数々のテレビ番組を手がけた後、1987年よりF1ライターに転身。現在も各国のグランプリを飛びまわり、『autosport』をはじめ様々な媒体に寄稿している。趣味はトレイルランニングとワイン。
尾張正博
宮城県出身。1993年よりフリーランスのジャーナリストとしてF1の取材を開始。一度は現場からは離れたが、2002年から再びフリーランスの立場でF1を取材を行い、現在に至るまで毎年全レースを現地で取材している。