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NHK『だから私は推しました』が描く「オタクあるある」と「厄介」化のリアル

2019年08月23日 12:20  CINRA.NET

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NHKよるドラ『だから私は推しました』ビジュアル
■随所に仕込まれた「オタクあるある」。「いなそうではない」タイプのひとりである「瓜田さん」

NHK総合で放送中の連続ドラマ『だから私は推しました』(全8話)には、「トップオタ」や、聞かれてもいないことをついつい話してしまう古参オタク、カメコ、「地蔵おじさん」といった「典型的なオタク」の姿や、「チェキループ」、ライブ後の「オタク飲み」、あらゆるものの価格をチェキ換算してしまう癖など、随所に「オタクあるある」が仕込まれており、ドラマという表現媒体の性質上ときに誇張されることはあるにせよ、「地下アイドル考証」を元地下アイドルの姫乃たまが行なっていることもあって実際の地下アイドル現場においても「なさそうではないこと」が起きている。

同様に、第2話終盤で他の人の特典会中に「ハナ、俺のあげた洗濯機使ってる? ハナー! 洗濯、ちゃんとできてる? ハナー! ジャージャー!」(「ジャージャー」は「Mix」と呼ばれるオタクの掛け声の一部分)と、スタッフに取り押さえられながら断末魔のように叫び、チェキを床に投げつけたことで爪痕を残した瓜田さん(笠原秀幸)もまた「いなそうではない」タイプのオタクのひとりである。

■「私自身が誰かに、推されたい人間だった」。推しに自分を重ねる主人公・愛

『だから私は推しました』は、SNSで「いいね」を押してもらいたい「ぱっと見にはリア充な」アラサーOLの愛(桜井ユキ)が、ある日出会った地下アイドルグループ・サニーサイドアップ(サニサイ)のメンバー・ハナ(白石聖)との二人三脚の日々を、1年2か月前(第3話では1年1か月前。第4話では11か月前)の出来事として警察の取調室から回想するという形で展開する。

ドラマは毎話、愛と同じくハナ推しの瓜田さんが何者かに突き落とされた事件を捜査する刑事・聖護院(澤部佑)が、愛に事情聴取をするシーンから始まるが、第1話冒頭では、「マンションから転落したそうです」という病院関係者の声と共に瓜田さんと思しき人物が病院に担ぎ込まれるシーンと、ハナがキャリーバッグを引きずりながら走るシーンが交差するなか、愛が「あの、推しってわかりますか?」と語り出す。

<テレビに映ったときにワーキャー言うレベルじゃなくて、お金も、時間もがっつりかけて、この人を応援したいって。私は、私自身が誰かに、オされたい人間だったんです。「いいね」です。人からたくさん、「いいね」って言ってもらえる、オしてもらえる人に、なるのが、目標みたいな。今思えば、しんどいって……それを、変えてくれたのが、オしだったんです。親友のような、妹のような、子供のような、両親、ある意味、もうひとりの自分。だからオしたんです。だから私はオしました。>

音声は文字を表示しないためここで「オ」と表記したところは、ハナを「『推』しました」に加えて、現時点では誰が突き落としたか不明だが瓜田さんを、さらにはSNSの「いいね」を「『押』しました」といったニュアンスを含んだものとして聞こえる。

愛が地下アイドルの現場を訪れたのは、恋人の恭介(中山義紘)から「正直キモいっていうか、痛いっていうか。俺、お前の『いいね』の道具じゃないから」と別れ話を切り出された際に落とした携帯電話を受け取ることがきっかけだったが、おどおどしたハナの姿を目にした愛はライブ中に「なんであんたがそこにいんの、ひとりだけダンスはできないし歌は下手だし、実力ないのにしゃしゃり出て、身の丈わかってなくてマジで痛い。だいたいなにその前髪コミュ障か!」と罵倒しながら「グループの一員でいようとする」ハナの姿に自身を重ねる。

ハナは愛と出会うことで「前髪あると、私、逃げちゃう、から」と自分で前髪をカットするなど前に進もうとする姿を見せ、他方、人の目ばかりを気にし「世間がいいねっていうものしか、いいねって言えないセンスの持ち主」だった愛も「もうひとりの自分」としてのハナのキラキラした姿に感化されて「あたしはファンであってオタクではないの」から「好きなことを好きって言えるってさ、いいね」と言えるようになるが、それによって本稿の主人公である瓜田さんも変化を余儀なくされる。

■同じアイドルを推す愛の出現によって、「普通にいいお客さん」だった瓜田さんの「厄介」ぶりが浮き彫りに

瓜田さんがハナと出会ったきっかけは、ハナのかつてのアルバイト先であるパチンコ屋で「君、アイドルやってる人だよね?」と声をかけたことによる。サニサイはNHKのような地上波ではなくライブハウスで活動するアイドルであるから、瓜田さんはもともとどこかの地下アイドルのオタクであったことが推測される。ライブ後のオタク同士の飲み会に一度も参加したことのない瓜田さんは、サニサイの詩織(松川星)推しのコマツナくん(小原滉平)の勘によると「教師」だが、その存在は謎に包まれている。

ハナと出会った当初は「普通にいいお客さん」だった瓜田さんは、やがて1枚1,000円、1ライブにつき60枚限定のハナのチェキ券を買い占めるようになり、第2話の時点でハナと撮ったチェキは少なくとも5348枚におよぶ。愛になにかと世話を焼く箱推し古参の弁護士・椎葉さん(村杉蝉之介)によると瓜田さんは「おそらく月に60万」をハナにつぎ込み、さらには洗濯機を贈るなど、いわゆる「太客」であるため運営からも気を使われている。

第2話では瓜田さんが道端で「じゃあ、あれ言って」「瓜田さん、今日もご飯をありがとうございます。明日も私のためにお仕事頑張ってください」とハナに要求し、「ハナのためならえんやこら~」と頭を撫でるといったいわゆる「繋がり」案件も描かれており、その様子を目撃した愛はハナの口から、洗濯機のプレゼントやチェキ券の買い占めは「瓜田さんの中では」つき合っていることになっている、ハナが頼んだことになっている、と告げられる。

「繋がり」発覚後、サニサイの花梨(松田るか)推しでトップオタらしき小豆さん(細田善彦)は瓜田さんについて「ガチだなーとは思ってたけど、あの人ヤバい人に見えないからなー」と語っていることから小豆さんは「繋がり」に気づいていなかったことになるが、「繋がり」発覚前の第2話の特典会のシーンで愛のことを指して「あれ、この間の厄介だろ」と得意げに言う瓜田さんに対して、ハナが「もう厄介じゃなくなったみたいだし」と答えた途端に顔を引きつらせ「1枚だけしかチェキ券買わないくせにべらべらしゃべるようなやつが? そういうのって、所詮、薄っぺらだってわからないわけ? だからバカなんだよハナは!」と裏返りそうな声でまくし立てる瓜田さんは、じゅうぶん「ヤバい人」であり、自身が「厄介」であることに気づいていないことも含めて正しく「厄介」である。瓜田さんが画面に登場する頻度は決して多くはないが、ハナとのそのつどの関係性に応じて敏感に変化する表情と声色が物語の設定上の「ヤバさ」に説得力を与えている。

■アドバイスと説教は紙一重。加速する愛の「瓜田さん化」

瓜田さんのチェキ券買い占めに対抗するために愛が策を練った結果、「個人チェキ券」システムから「共通チェキ券」システムに変更され、それによってハナ列に並ぶオタクが実はそれなりにいたことが浮き彫りになる。冒頭で触れた「俺のあげた洗濯機ジャージャー!」はそのことに苛ついたと見える瓜田さんが叫んだものである。

徐々に距離を狭めてゆく愛とハナであるが、第3話では瓜田さんが登場しない代わりにチェキ券を20枚購入し、「打ち合わせ」と称してハナの「私間違ってましたか?」という問いにアドバイスを送るなど愛が「瓜田さん化」している兆候がやや見られる。同僚のキャリアウーマン・真衣(篠原真衣)から「共依存」と非難される愛とハナの関係は現時点では良好のようだが、よかれと思って行なうアドバイスと「厄介」行為のひとつである「説教」は、どちらも対象を理想化しようする行為であるという意味で紙一重だからである。

極論すれば、アイドルに対して、それを口にするしないにかかわらず、なんらかの理想をいくらかでも抱いたことがあるとするならば、程度の差こそあれ「厄介」の素質があることになる。アイドルという存在が様々な欲望の結晶化であるとするならば、こうしてアイドルに関する文章をものすることも含め(潜在的)「厄介」であることを避けることは難しい。

引き続き瓜田さん不在の第4話では、月15万近くつぎ込むようになった愛が、瓜田さんが現場に現れなくなったことで収入が減ったハナに現金を渡し、サニサイのアイドルフェス『IDOL SUMMER FESTIVAL』への出場を賭けたオタク同士の投票バトルのためにライブチャットのアルバイトを始めるなど、愛の「瓜田さん化」が加速する。ただひとつ気になったのは、小豆さんからの「投票、最後の最後でまくってくれたのひょっとして?」という問いに、ちょうどライブが始まるタイミングだったこともあって愛が答えていないことである。愛が投票券を得るためにグッズを大量購入した様子が描かれていることから、愛が「まくってくれfた」可能性は否定できないが、同時にその背後に瓜田さんの顔が浮かぶ。

瓜田さんが出禁になったという話は出ていないが、瓜田さんを追い払うきっかけとなった第2話が1年2か月前、第4話が11か月前であるから瓜田さんは少なくとも3か月は現場に現れていないことになる。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』でサメがほとんど画面に姿を現さないことで恐怖が描かれたように、瓜田さんの不在はその存在を強調する。

■愛と瓜田さんを巡る事件の輪郭が徐々に見えてくる

第4話では、愛が取調室で刑事・聖護院の時計をしばしば気にしていたのはサニサイの解散ライブの時間が迫っていたから、ということや、第2話での聖護院の「そのときのことが、今日の出来事の発端になった、ということですか?」という質問から瓜田さんが転落したのは解散ライブ当日であったこと、「どっか違う気もする」と語る事件現場の目撃者(安藤サクラがカメオ出演)が愛を確認する際に愛がロングの髪の毛をパーカーに隠してハナの髪型であるボブ風にしたことなど事件の端々が徐々に見えてきた。残り4話でどのような展開を見せるのか、それぞれの行方を見届けたい。

(文/原友昭)