厚労省が、引きこもりの新たな就労支援策を検討中だ。就労から長期間離れている人に短期間の農業体験をしてもらい、本格的な就労への準備を促す、というもので2020年度から、モデル事業を全国5箇所での実施する予定だ。
厚労省社会・援護局の担当者によると、今回の施策は政府が6月に発表した「骨太の方針」内の「氷河期世代支援プログラム」の文脈に位置づけているというが、「対象年齢に下限や上限は設けない」という。
ネットでは「素人を押し付けられる農家も困る」「体力的に無理」「引きこもりが更に悪化するだけ」など反発の声も強いが、引きこもりの中間的就労支援としての「農福連携」は、これまでも民間や自治体などで行われてきた。支援を行う団体に話を聞くと、社会復帰の第一歩としての農業体験には、一定の効果があるようだ。
朝6時半に起床し9時から農作業 「4~10か月で卒業していく人が多い」
北海道と石垣島に拠点を持つ農業生産法人「耕せニッポン」は、過去15年で約400人の引きこもりを受け入れてきた。下は13歳から上は45歳まで、半数が20代だ。プログラムには参加費用がかかるが、参加者と同社が雇用契約を結ぶため、内容に応じて、扶養の範囲内で給与が支払われる。
同団体のサイトによると、1日のモデルスケジュールは6時30分起床、23時就寝。7時から朝食を摂り、朝礼や掃除の時間を経て、9時から農業や就労研修を行う。16時30分から18時までは自由時間で、振り返りの研修や夕食の後、20時から23時までは入浴や自由時間だ。
プログラムの期間はまちまちだが、「4~10か月で卒業していく人が多い」そうだ。卒業した人の8割~9割が、その後の就業に結びついている。
「引きこもりの子たちは罪悪感を持っています。その子達が働けるようになると、『働けることはありがたい』と思うようになるようです。嫌々働くことがないため、紹介した就業先から『会社の中でも刺激になる』と高評価をいただいています」
同社のプログラムは全寮制で、参加者は長期間にわたり親元を離れる。しかし、それがストレスになってメンタルのバランスを崩す人はほぼいない。
「ひきこもりの人は元々、家の中で親と良い雰囲気ではないことが多いので、ホームシックになる例はないです。逆に、親元を離れることで親のありがたさを実感している人が多いです。最初は『元の環境に戻りたい』と言う人もいますが、次第に、働いている今の環境のほうがいいと感じるようになる人が多いです」
体力面で心配がある参加者は、段階的に作業内容や時間を増やすなど、無理のない範囲で働けるよう工夫しているという。
「働く=生産すると考えた時、農業は仕組みが分かりやすい」
NPO法人「文化学習協同ネットワーク」は、神奈川県相模原市の「地域若者サポートステーション」を通じて、同市にある団体の農場で引きこもりの若者を受け入れてきた。1日体験と3~6か月の長期プログラムがあり、長期プログラムにはこれまで20人弱が参加した。
参加者の状況はばらばらだが、「10年以上引きこもっていた人、不登校から引きこもりになり、就労経験が一度もない人もいる」という。雇用形態は様々だが、長期プログラムを終えた時点で9割以上が就労に繋がっている。「再び引きこもりに戻る人は、今までで1人か2人いたかどうか」だ。
「参加者を見ていると、『働けるんじゃないか』とまではいかないが、自分も何かできるんじゃないかという感覚ができていくなという印象があります。就労に結びつくかどうかは大きな問題ではなく、『なんかいけるな』という感覚を掴むことが一番大事だと思っています」
中間的就労の支援策として、農業ならではの良さもあるという。
「仕事を学ぶ意味では農業でなくてもいいと思います。ただ、農業は相手が自然で自分の思い通りに行かないですし、仲間と一緒に頑張らないと達成できない面もあります。野菜の生産・販売はお客さんに近いですし、働く=生産すると考えると、農業は分かりやすい。サービス業などだと生産の面がわかりにくくなるので、何かを生み出すという意味で、農業は強いんじゃないかと思います。非日常の空間になることも大きいですね」
厚労省は、20年度の予算概算要求に、モデル事業の経費として約1億円を組み込む予定だ。