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中学教師による性被害訴訟、「時間の壁」が争点 原告は「成人後にPTSD発症」と主張

2019年08月22日 16:51  弁護士ドットコム

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中学3年生だった15歳の時から、当時在校していた札幌市立中学の男性教師にわいせつな行為をされ、その後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したとして、フォトグラファーの石田郁子さんが教師と札幌市を相手取り、約3000万円の損害賠償を求めて提訴した裁判の中間判決が8月23日、東京地裁で言い渡される。


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訴状などによると、石田さんは1993年3月、中学卒業式の前日に教師から呼び出され、キスされるなどわいせつな行為をされたという。わいせつな行為は大学2年生になる19歳になるまで繰り返され、石田さんは2016年2月にPTSDを発症したと訴えている。これに対し、教師側は事実関係を否定。札幌市とともに請求の棄却を求めている。



争点となっているのは、「除斥期間」の問題。民法では、不法行為があったとしても、20年を過ぎれば損害賠償請求権を失うという除斥期間が定められている。札幌市や教師側は、この除斥期間を過ぎていると主張。一方、石田さん側は、PTSDが発症した時点から除斥期間が始まるとして、双方の主張は対立している。



子ども時代に受けた性的虐待や性被害は、自分が何をされたのか理解できるようになった成人後にPTSDなどを発症することがある。性被害に気づいたり、それによってPTSDなどを発症した時には、すでに刑事でも時効、民事でも請求権を失っているケースがある。厚い「時間の壁」には、どのような問題があるのだろうか。



●裁判で訴えても、「除斥期間の壁」

除斥期間については、これまでの裁判でも度々、争点となってきた。



最高裁は2015年7月、幼少期に親族の男性から性的虐待を受け、後にうつ病などを発症したという女性の訴えを認める判決を下している。これは、北海道釧路市出身の40代女性が、3歳から8歳だった1978年~1983年に男性から性的虐待を受け、1983年にPTSD、2006年にうつ病をそれぞれ発症したとする訴訟で、虐待時から20年以上経っていたことから、やはり除斥期間が争われた。



一審の釧路地裁では、最後に虐待のあった1993年を起算点として、除斥期間は過ぎていると判断、女性の訴えを退けた。この裁判は最高裁まで争われ、結局、PTSDの損害は除斥期間が過ぎているとして認めなかったものの、2006年に発症したうつ病については請求権を認めた二審の札幌高裁判決が確定した。報道によると、女性は幼少期の性的虐待やPTSDの特殊性を訴えていたという。



また、今年7月にも、約30年前に通っていた富山県内の小学校で当時教頭だった男性からわいせつ行為を受け、PTSDを発症した40代女性が損害賠償を求めた訴訟では、金沢地裁は除斥期間が過ぎていると判断、女性側が敗訴している。



●ドイツでは子ども時代の性的虐待を50歳でも訴えられる

子ども時代に受けた性的虐待や性的被害は、被害を受けたことを理解するのに時間がかかり、成人した後に被害を訴えようと思っても、すでに刑事も時効が成立、民事でも請求権が失われてるという実態は、専門家らの間で問題視されてきた。刑事事件では、自民党でも2015年、プロジェクトチームで時効などの見直しを議論、政府に法制度の改正を提言したが、実現にまでは至っていない。



一方、海外では子どもに対する性的虐待について、成人になるまで時効を停止したり、時効自体がない国もある。ドイツでは、被害者が50歳になるまで刑事も民事も訴えることができるよう法整備されている。イギリスは性犯罪に時効がない。



フランスではこれまで、時効は被害者が成人(18歳)になってから20年(38歳)とされていたが、2018年に法改正が行われ、10年延長されて被害者が48歳になるまでに引き伸ばされた。その理由として、18歳から38歳の間は子育て中であったり、家庭で責任があったりする時期であることから、司法手続きを行うのが困難であることや、被害者が身を守るために発症する精神的外傷性健忘症が40歳以上に改善される場合が多いことなどが挙げられているという(国立国会図書館・安藤英梨香著「フランスにおける性犯罪防止対策強化」より)。



石田さんも、自身が性的被害に遭っていたことに気づいたのは3年前だったという。「男性とお付き合いしたこともなかったので、それが普通の恋愛だと大人の先生に言われれば、疑うという発想がありませんでした」と語る。



しかし、石田さんは、2015年に養護施設に通っていた16歳の児童が職員に性暴力を受けていた事件の裁判を傍聴したことをきっかけに、自分が経験したことが犯罪かもしれないと気づいたという。ショックを受けて精神的に不安定となり、その後、2016年2月にフラッシュバック症状が起きてPTSDを発症したとする。



中間判決では、除斥期間について裁判所の判断が示され、もし石田さん側の請求権が認められれば、今後は事実関係などについて審議される。石田さんは、性的被害についても録音などの証拠を提出、認めてもらうよう訴えている。



中間判決を前に石田さんは、「PTSDは、被害から長期間経ってからも遅延して発症する事例があります。私だけでなく、同じような被害者が泣き寝入りしないためにも、請求権を認めて欲しいです」と話している。