開幕戦から使用してきたパワーユニット(PU/エンジン)のスペック1。第4戦アゼルバイジャンGPに投入したスペック2。このふたつのパワーユニットはいずれも信頼性に重点を置いた仕様だった。
そのホンダが第8戦フランスGPにスペック3を投入してきた。これは2019年初めてパフォーマンス向上を目的に投入してきたスペックだった。
田辺豊治F1テクニカルディレクターは「パフォーマンスの向上を図るために、ICE(内燃機関)とターボのアップデートを行ってきました。今回のターボーチャージャーのアップデートでは、これまでIHI(ターボチャージャーの製造も手がける総合重工業メーカー)と取り組んできたターボにおける空力設計の分野でも、航空エンジン開発部門が有する知見と技術を反映しています」と、スペック3の特徴を語った。
HRD Sakura(栃木県の本田技術研究所)でF1のパワーユニット開発を統率する浅木泰昭センター長は、さらにこう付け加える。
「スペック3に投入された新しいターボによって、ターボの効率が良くなりました。IHIさんと共同で開発しているのはターボの空力設計の部分で、ターボそのものの形状(タービンのファンや渦巻き形状)やコンプレッサーです。それ以外のモーターとシャフト、そして軸受(ベアリング)はホンダで開発しています」
つまり、昨年、航空エンジン研究開発部門にサポートしてもらったのは、ホンダ側で開発するべき部分だったが、今回はIHIと共同で開発している部分にも航空エンジン研究開発部門の知見が応用されたわけだ。
ターボの効率が向上すると、さまざまなメリットが生まれるが、そのひとつが「燃焼による馬力アップとは違う形で安定して馬力を上げることができる」(浅木センター長)ことだ。
その効果は投入2戦目の第9戦オーストリアGPでいきなり現れる。オーストリアGPが行われたレッドブルリンクは、海抜約700mの丘陵地帯にあり、冷却効率やターボの仕事量がほかの平地のサーキットよりも異なるからだ。そのレッドブルリンクで、ホンダのスペック3は海抜約700mという高地の影響を感じさせない安定した走りを披露。予選で2番手を獲得したマックス・フェルスタッペンは、スタートで出遅れたレースでも、その後力強い走りでオーバーテイクを連発し、レッドブル・ホンダとしての初優勝を果たした。
その勝利が単なる幸運でなかったことは、4週間後の第11戦ドイツGPでの2勝目が大きく物語っている。このドイツGPではトロロッソ・ホンダもダニール・クビアトが3位表彰台を獲得した。トロロッソにとって2008年イタリアGP以来、11年ぶりの快挙だった。この表彰台獲得の最大の要因は、最後のピットストップでライバルたちよりも早くドライタイヤに交換するという絶妙な戦略にあったが、ホンダもしっかりとサポートしていた。
残り10周、トロロッソ担当のチーフエンジニアを務める本橋正充氏は、信頼性を多少犠牲にしてもエンジンのパフォーマンスを上げるモードを使用する許可をトロロッソ側のレースエンジニアに伝えていたからだ。残念ながら、残り2周でクビアトはベッテルにかわされるが、メルセデスPUを搭載するレーシング・ポイントのランス・ストロールを抑えての3位表彰台だった。
スペック3のパフォーマンス向上は、前半戦で課題に挙げられていた予選でも改善していた。第10戦イギリスGPでは予選でフェルスタッペンがポールポジションからわすが0.183秒差の4番手を獲得。第12戦ハンガリーGPではフェルスタッペンがレッドブル・ホンダとしての初のポールポジションを獲得した。
スペック3が投入された第8戦フランスGP以降、夏休み前の第12戦ハンガリーGPまでの5戦で、フェルスタッペンが獲得したポイントは93点。これはランキングトップのルイス・ハミルトン(メルセデス)の88点よりも多く、もちろん20人中最高得点だ。
また夏休みまでの12戦を終えた段階でのレッドブル・ホンダのコンストラクターズポイントは244点。これは昨年同時期のレッドブル・ルノーの223点を上回っている。またトロロッソ・ホンダが夏休み前までに獲得したコンストラクターズポイントは43点だが、こちらは昨年一年間のトロロッソ・ホンダが挙げた33点をすでに上回った。
田辺TDも「オフシーズンから開幕戦までのトップと大きな差が開いていた状況を考えると、マックスの優勝、クビアトの表彰台を含めて、かなり良い結果を残せたと思っています」と中盤戦での盛り返しを評価していた。
もちろん、ホンダが目指しているのは、レースで勝つことであり、最終的にチャンピオンを獲得すること。そのために、乗り越えなければならないハードルはまだいくつもある。ただし、スペック3の成功によって、忘れていた勝ち方を思い出し、メルセデスの背中もいまはもうハッキリと見えている。
「後半戦も確実に4台完走し、できるだけ多くのレースで4台ポイントを獲得し、いままで戦ってきたポジションよりも上がっていくような戦いをしたい。ホンダとしても、パワーユニットのパフォーマンス向上と信頼性確保を引き続き進めていきたい。夏休みがあるので、一旦リフレッシュして、その後、ここまでの結果をまとめて、今後の計画を立て、後半戦に臨みたい」
夏休み前、そう語った田辺TD。日進月歩で進められていたホンダの開発が、分進秒歩に加速し始めだしたとしたら、後半戦のF1はさらに熱い戦いが繰り広げられることになるだろう。