2015年にF1に復帰したホンダにとって、2019年は5年目のシーズンである。ただし、今シーズンはホンダにとって、新たな船出となる一年だった。それは、2019年が復帰後、初めてレッドブルとトロロッソの2チームへパワーユニット(PU/エンジン)を供給するシーズンとなったからだ。
現在のF1は年間使用基数が制限されているため、ハード面の開発や供給するにあたっての準備に関しては1チームから2チームに増えても、それほど大きな変更はない。供給するチーム数が増えることで問題となるのは、ソフト面でのサポートだ。
というのも、現在の自然吸気エンジンに比べて複雑なシステムとなってるパワーユニットは、ただPU供給をすればいいというものではなく、供給したチームに複数のエンジニアやメカニックも送り込んでサポートしなければならないからだ。
ホンダがトロロッソだけでなく2019年からレッドブルにもパワーユニットを供給することを決定したのは2018年の6月。その日から、ホンダの2019年に向けた準備が始まった。
2018年の中盤以降、新規のスタッフが交代でサーキットへ来て、実際の運用を視察。さらに、2018年シーズン中にヨーロッパで行われた2回のインシーズンテストでは、トレーニングを兼ねて、実際に移動のオペレーションを行い、現場でどのように動いているのかも見てもらっていた。
これらのトレーニングを経て、ホンダは2019年に向けて現場スタッフの数をおよそ2倍となる30名弱に増強した。新しい部隊を率いるのは、2018年からホンダF1のテクニカルディレクターを務めている田辺豊治氏。田辺TDは2チーム・4台体制全体を統括し、その田辺TDの下に各チームごとのチーフエンジニアを配置し、レッドブルはデビッド・ジョージが担当。トロロッソのチーフエンジニアは副テクニカルディレクターの本橋正充氏が兼務する形をとった。
■マクラーレン・ホンダ時代の反省を元に他部門の部署とも連携
デビッド・ジョージは、インディカー・プロジェクトで田辺TDと長い間、共にレースしてきた経験があるベテランで、本橋CEもホンダの第3期F1活動時代に田辺TDと二人三脚でレースを戦った経験の持ち主だった。
豊富な経験を持つチーフエンジニアの下、2チーム・4台体制でスタートしたホンダは、2年目のトロロッソだけでなく、今年からパートナーを組んだレッドブルともスムーズに仕事を進め、開幕戦オーストラリアGPからいきなり結果を出した。レッドブル・ホンダはマックス・フェルスタッペンが3位表彰台を獲得。トロロッソ・ホンダは2017年以来のF1復帰戦となったダニール・クビアトが2シーズンぶりのポイント獲得を果たした。
その原動力となったのは、ホンダPUの高い信頼性だった。マクラーレン・ホンダ時代(2015~2017年)の反省を元に、2018年に向けて、ホンダは「これからのF1は、HRD Sakura(栃木県の本田技術研究所)の数百人のメンバーだけでなく、ホンダのすべての研究所から、必要な人材と知見を持ち寄って戦おう」(松本宣之/当時、本田技術研究所社長)という目標が掲げられ、F1のPU開発を行うHRD Sakuraがほかの部署と連携して仕事を開始していた。
そのひとつが埼玉県和光市にある航空エンジン研究開発部門だった。というのも、2017年のホンダはコンプレッサーとタービンのレイアウトを変更し、長くなったシャフトのトラブルに悩まされていたのだが、ジェットエンジンにもターボがあり、シャフト、軸受があり、技術的にF1と非常に近かったからだ。
この航空エンジン研究開発部門の知見の導入により、ホンダのMGU-H(熱エネルギー回生システム)とターボの信頼性は大きく向上。さらに2018年中にそれ以外の信頼性も徐々に改善され、2019年に向けてホンダPUの信頼性はこれまでにないほど向上していた。
それを物語るのはプレシーズンテストでの走行距離だ。レッドブルは8日間のうちピエール・ガスリーが2日間でクラッシュしたことが大きく影響して3937kmにとどまったが、トロロッソは4420kmもの距離を走破。これはメルセデス、フェラーリ、ルノーのワークスチームに次ぐ4番目に長いマイレージだった。
これはホンダがマクラーレンとの3年間で学んだ教訓だった。現在のF1はシーズン中のテストが制限されており、プレシーズンテストでの走行距離がこれまで以上に重要となっている。テストではPU側のプログラムだけでなく、車体側も多くのプログラムを消化しなければならない。そのためには、コース上でクルマを止めるようなトラブルだけは避けなければならない。
これはシーズンに入ってからも同じで、レースで止まれば、即リタイアとなる。レース以外でも例えばフリー走行でトラブルを起こせば、セッティングを煮詰めるためのデータを十分取ることができない。結果的にチームはレースに向けて納得のいくセットアップを決めることができなくなり、チームとの信頼関係も損なわれることとなる。
田辺TDも「昨年までの反省を生かし、今季はとにかくコース上でマシンを止めないということを念頭に、研究所と現場のわれわれが一体となって取り組んできた」と、今年のホンダは信頼性を最優先にパワーユニットを開発し、投入してきた。
ホンダが前半戦で投入したスペック1はもちろん、第4戦アゼルバイジャンGPから使用したスペック2も、信頼性を重視したスペックだった。そのため、ホンダはメルセデスやフェラーリのワークスチームに比べて、1基多いパワーユニットを使用している。そのため、後半戦のいずれかのグランプリでグリッド降格のペナルティを受けることは必至だ。
それでも、レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表も、トロロッソのフランツ・トスト代表も、「ホンダのパフォーマンスには満足している」と語っている。それは、ホンダが自分たちだけのことだけを考えてパワーユニットをチームに供給するのではなく、どうすればパッケージとして最高のパフォーマンスを発揮できるのかをチームとも協議して、適切なスペックを適切なタイミングで投入しているからにほかならない。
このチームとの信頼関係が6月以降、大きな花を咲かせることになる。
※ホンダF1密着前半戦総括(2)に続く