昨年に続き、電撃的にスーパーフォーミュラ第5戦ツインリンクもてぎを訪れたレッドブルF1、モータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコ博士。ピエール・ガスリーとアレックス・アルボンのスワップを発表したばかりで、しかもドイツGPではトロロッソ・ホンダを山本尚貴が訪問するなどタイムリーなタイミングなだけに、その言葉に注目が集まる。ますます深まるスーパーフォーミュラとレッドブルの関係、そしてレッドブルのドライバー育成ついて、もてぎの現場で聞いた。
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──まずは昨年最終戦のアブダビGPに続いて、先日ドイツGPを訪問した山本尚貴選手(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)ですが、彼のドライバーとしての能力をどのようにに評価していますか。
ヘルムート・マルコ博士:スーパーフォーミュラの走りに関しては、今回のように直接サーキットに足を運ぶ以外にもデータや映像で確認している。安定した速さを見せる、非常にいいドライバーだと思うね。ただし、ヨーロッパでのレース経験がまったくない。そこが一番のネックなのは、本人もよくわかっていると思う。ヨーロッパのサーキットも知らないわけだしね。
──今の段階ではF1のピレリタイヤについての経験もない。
マルコ博士:そう。今のF1ではタイヤの使い方が重要なカギを握る。その意味では、その点は非常に大きな問題になりうるね。
──年齢的なことは問題にはなりませんか?
マルコ博士:気にしてないといえばウソになる。今のトレンドからすればね。しかし、ほんの20年前までは、ヤマモトさんぐらいの年齢(現在31歳)でF1にデビューすることは決して珍しいことではなかった。何より、コース上のパフォーマンスが重要だ。
──山本選手がF1デビューを果たすためには、ある程度、F1マシンでの走行やヨーロッパのサーキットを経験する必要があるでしょうが、F1デビューの歳に今より年齢が上がっても問題にはしていませんか。
マルコ博士:そこは何とかするしかないね。彼の適応力なら、それほどの時間はかからないかもしれないし。
──一方でレッドブル・ジュニアチーム所属の日本人ドライバーとして角田裕毅選手(FIA F3、ユーロ・フォーミュラ・オープンに参戦中)がいますが、現状では非常に苦しんでいます。
マルコ博士:レースでは速さを発揮しているんだがね。チーム側の問題もあって、予選でなかなか上に行けないのが期待したような結果を出せていない一番の理由だ。しかし、その問題は乗り越えられると信じているよ。角田と山本がふたり揃って成長してくれることが、日本サイドからしたら理想だね。
──レッドブルに限らず、ドライバー養成システムはメルセデスにしてもフェラーリにしても、若い才能を発掘し育て上げることがなかなかできずにいる印象です。
マルコ博士:その質問に答える前に言っておきたいが、今のようなドライバー養成システムを最初に作り上げたのは私でね。フェラーリやメルセデスは、それをマネしただけだ。そして、レッドブルのシステムは非常にうまく機能していると自負しているよ。それは歴代のレッドブル・ドライバーを見れば一目瞭然じゃないかね。
──たしかに。そして今のトロロッソ、レッドブルの4人も、非常に強力です。しかし、その下がなかなか育っていないのではないですか。
マルコ博士:あくまで短期的な問題だ。若い才能は順調に育っているよ。
──あなたが若い才能を見出す際に、もっとも重視するものは何ですか?
マルコ博士:企業秘密をさらけ出すつもりはないから、ひとつだけ言うことにしよう(笑)。それは速さだ。1周の速さだよ。レースではなくね。かつて、あるドライバーに興味を持ったことがあった(現役F1ドライバー)。非常にいいドライバーだと思った。しかし彼には、一発の速さが欠けていた。それで採用を見送ったんだが、結果的に私の見方は正しかったね。今もレースではいい走りをしているが、予選ではチームメイトに劣る。今以上に飛躍できないのは、そこに問題があるのだと思うね。
──企業秘密をもうひとつだけ、教えてください。
マルコ博士:メンタルの強さだ。
──それはどうやって判断するのでしょう?
マルコ博士:数年前から、数値化できるいろいろなテストがある。しかし、私は依然として直接本人と話をして判断することを重視しているね。そしてその判断は、ほとんど外していない。典型的というか、極端な例がマックス(フェルスタッペン)だ。初めて話をして、すぐにマックスのメンタルの強靭さがわかったよ。
──それはいつだったんですか?
マルコ博士:マックスが15歳の時だった(笑)。
■レッドブルF1のガスリーとトロロッソのアルボンの電撃交代。「ハンガリーGPのレースが決定的だったと思ってもらっていい」とマルコ博士
──ピエール・ガスリーも、精神的には決して弱くないはずなんですが。
マルコ博士:私もそう思っていた。
──ガスリーのシーズン途中での交代は、ハンガリーGP前には言及していませんでした。やはりハンガリーGPのレースが、今回の決断の決定的な要素だったのでしょうか。
マルコ博士:そう思ってもらっていい。スタートで出遅れたのはまだしも、そのあと(マクラーレンのカルロス)サインツJr.をずっと抜きあぐね、ほとんど仕掛けることさえできなかった。ペースは明らかにピエールの方が速かったにもかかわらずね。そのまま、トップから周回遅れでフィニッシュすることになった。
──去年までのガスリーの走りを知る者としては、ほとんど別人のような印象です。これもメンタル的な問題なのでしょうか。
マルコ博士:それが一番だと私は思っている。去年までのピエールは一発も速いし、レース中のオーバーテイクを躊躇するようなことはなかった。しかし、今年は本来の良さがまったく出ていない。
──それは、精神的な問題であると。
マルコ博士:そう思うね。
──前からお聞きしたかったんですが、冬のテストでのガスリーのいきなりクラッシュが、その後の彼のパフォーマンスに影響を与えたと考えていますか?
マルコ博士:クラッシュは2回だよ。1回じゃない。そう、あのクラッシュはチームのテストプログラムに重大な影響を与えてしまった。パーツが足りなくなったし、メニューの消化にも支障をきたした。
──ガスリーはそのことに責任を感じた?
マルコ博士:間違いなくそうだね。そして、その思いを開幕後も引きずって消し去ることができなかった。
──(アレクサンダー)アルボンも突然の抜擢で、精神的に準備できていない可能性がある。ガスリーの二の舞となる恐れはないのでしょうか。
マルコ博士:それはないと楽観している。1年目からあれほどいい走りを見せてくれたのは、正直予想外だった。しかも、レースごとに着実に進歩しているしね。何よりアレックスとの契約は、あくまで今年の残り9戦のみだ。来年のマックスのチームメイトが誰になるかは、まだ何も決まってない。だからアレックスは余計なプレッシャーなど感じることなく、伸び伸びと自分のレースをしてくれればいい。
──なるほど。とはいえ(ダニール)クビアトの方が、予選でもレースでも上の結果を出している。それでもあえてアルボンを選んだ理由は?
マルコ博士:『あえて』ではないよ。『アルボンが最適』だと思ったのだ。クビアトがどれほど速いのかは、われわれも十分に承知している。レッドブルとの契約を解除された試練からも、よく立ち直った。非常に完成されたドライバーになったと言っていい。それらの要素をすべて考慮した上で、われわれはアレックスの可能性を選んだということだ。