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劇団ひとりが語る、『べしゃり暮らし』演出で活かされたキャリア 「お笑いって全部詰まってる」

2019年08月17日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

土曜ナイトドラマ『べしゃり暮らし』(c)テレビ朝日

 単行本累計発行部数7,500万部以上の人気漫画家・森田まさのりの同名作品を初映像化したテレビ朝日系土曜ナイトドラマ『べしゃり暮らし』が放送中だ。学校一笑いに貪欲な“学園の爆笑王”上妻圭右(間宮祥太朗)と、高校生ながら元プロの芸人だった転校生・辻本潤(渡辺大知)が、ぶつかり合う中で、漫才コンビ“きそばAT”を組むことになる本作は、お笑いを題材に、若き漫才コンビの成長を追いながら、様々な人間模様を描く。間宮祥太朗と渡辺大知が漫才コンビ役に挑戦し、劇団ひとりが初めて連続ドラマの演出を手がける。


 お笑い芸人としての活躍はもちろん、俳優、小説家、映画監督としても活動する劇団ひとりに、連続ドラマ初演出の難しさや幅広い活動の基礎となった芸人時代の経験、本作の演出を通して学んだことについて話を聞いた。


参考:ほか場面写真はこちらから


「笑いをとるためには、パスを受け取ることこそが必要」


ーー『べしゃり暮らし』の演出を手がけるきっかけは?


劇団ひとり(以下、ひとり):もともと海外ドラマが大好きで、ドラマをやってみたいという思いは常にあったんですが、僕がドラマを撮る理由があまりなかったんです。「俺に撮らせたいなんて人はいないだろうな」と考えていたんですが、テレビ朝日の方から本作のお話をいただいて。お笑い芸人を題材にしたものだっていうから、内容としても合点がいったので、ぜひやらせてくださいと引き受けました。


ーー最近、お気に入りの海外ドラマはありますか?


ひとり:O・J・シンプソン事件を題材にした『アメリカン・クライム・ストーリー』はすごくよくできていましたね。あとは『ナルコス』とか。最近は、Netflixとかに多い、実在する人物をモチーフにした作品が好きです。


ーー本作の原作を読んだ時の感想は?


ひとり:漫画やドラマといった作品で扱う芸人像って、浅草の寄席みたいな場所で、蝶ネクタイをつけて……というステレオタイプで描かれることが多いと思っていたんですが、『ベしゃり暮らし』は今の時代のリアルな若手芸人事情を描いている作品で、志の高さを感じました。しかもリアルに描くだけじゃなく、いろんな物語を組み込んでエンターテインメントとしても非常に楽しめる作品だと思いました。


ーーそんな原作をドラマ化するにあたって、自身のオリジナリティーや作家性を新たに加えようとした部分はありましたか?


ひとり:ないです。予算や時間の都合もあるので、全てを忠実には描けないんですけど、原作の良さを引き出すことに専念しました。例えば、お笑いのネタの部分も、最初は全部変えてもいいかなとも考えたんですが、原作ファンからすると原作に書いてあるネタを実際に役者が声を出して演じている姿を見たいはずだと思い、できる範囲で原作通りにしました。ただ、どうしてもドラマ化するにあたって言葉が必要な場面や、時代背景が合っていない部分は変えています。


ーー第1話の終盤では、お笑いのネタを始めから終わりまで放送していました。ドラマの尺を考えると難しい部分もあったのではないでしょうか?


ひとり:そんなことをわかってくださるなんて本当にありがたいです(笑)。一つの漫才を通して見せることで、初めて観る方にこのドラマの真意を示す必要があったし、二人の出会いも描かなくてはいけなかったので、実質40分という時間に詰め込めるだけ詰め込みました。


ーー劇中でお笑いコンビを組むことになる間宮祥太朗さん・渡辺大知さんには、漫才の演技においてどのようなアドバイスを?


ひとり:楽しんでやってもらうことを第一にしてもらいました。漫画の中でもテーマとして「楽しんでやる」ということがあったし、演技を楽しんでいる時の役者さんはキラキラしていて、ずっと見ていられるんですよね。あと、「目の前にいるお客さんを笑わせることを忘れないでください」とはすごく言っていました。


 このことは役者の方に限らず、2~3年目の若手芸人にもよく言うことですね。芸人でも、一生懸命練習したネタを稽古通りにやろうとして、目の前のお客さんを笑わせるという意識がなくなってしまうことが結構あるんです。僕もたまに忘れることがあります。番組に出ている時に、いいなと思って事前に楽屋で組み立てていた話をしたいがために、共演者がいいパスをくれたのにそのパスを受けとれなかったりする。笑いをとるためには、そのパスを受け取ることこそが必要なのに。不思議なもので、その「お客さんを笑わせる」意識があるかないかで全然違うんですよ。


「きついこともいっぱいあった」


ーーひとりさんご自身もお笑い芸人としてはもちろん、役者としても活躍されています。本作の演出を手がけるにあたって、今までのキャリアが活かされた部分はありますか?


ひとり:いっぱいありますね。演技をする時に、心の中じゃ「このシーンにこのセリフだとずれるな」と思うことがあるんです。でも、正直物語の根幹には関係ないし、僕がここで何か言うことで現場を止めたりするのも良くないので、そのセリフを読むこともあります。今回、そういったことは極力避けたかった。どの役者の方にも納得していただいた上で演じてもらいたかったので、細かく「これは大丈夫ですか?」「言いづらくないですか?」ということを聞きましたし、現場でその都度セリフを削ったり、言い回しを変えたりと常に対応していました。


ーー執筆活動や、監督、脚本と、これまでひとりさんが幅広い活動を続けられた理由はなんだと思いますか?


ひとり:今の質問の答えにはなってないかもしれないですが、一人でコントをやって、ネタを作って、衣装を決めて、稽古をして……若い頃はそんなことしかしていない訳です。その時に培ったものだけで、今も芸能生活をやっている感じはしますね。


 劇団ひとりという名前のくせに、どこかの劇団にいた訳ではないから誰かから演出方法を学んだこともないですが、このキャラクターだったらこういう衣装が合うのかなと思いながらそこらへんの店を歩いたり、喋り方はこういう方が世界観が出るかなと工夫したり……どれも、芸人としてコントをやるにあたってずっとやってきたことです。例えば小説も、ネタで独白劇をやっていたから、その延長線上で一人称で文字に起こして書いていったイメージです。そういう意味でいうと、お笑いって全部詰まってるんですよね。お笑いでは、自分で話を作って、自分で演出して、そのイメージ通りに自分が演じる必要がある。だから、お笑いの世界って(ビート)たけしさんという先輩が体現している通り、いろんなことができる人が多いんだろうなと思います。芸人は、そういう基礎体力を若い頃から作っているんです。


ーー今後もっと演出をやってみたいという思いは強まりましたか?


ひとり:すごく強くなりましたし、「必要は発明の母なり」という言葉が身にしみてわかりました。きついこともいっぱいあったんですよ。絶対いいシーンになると思って、現場で撮ってみたら全然うまくいかないこともあって。現場でやってみるまではわからないというのは、今回学んだことですね。でも「こんなの絶対うまくいかない」と思いきや、仕上がりを見たらすごく良かったシーンもたくさんありました。それは僕だけの力じゃなくて、現場のスタッフさん、役者さん達みんなが、厳しい状況を力に変えて120パーセントの力を出してくれたおかげですね。


ーー本作の反響も楽しみです。


ひとり:今一番自分が気にしているのは、“原作ファン”という陪審員たちがどういう判決を下すのかですね(笑)。実際にドラマを観るのは原作ファンだけじゃないし、原作ファンの顔色ばかり伺っていてもしょうがないんだけど、今回は原作になるべく忠実にやろうとして、脚本もそういう作りになっているので、どうしても気にはなっています。まあ怖いから結局エゴサーチはしないんだろうけど(笑)。


※辻本潤の「辻」は二点しんにょうが正式表記。


(取材・文・写真=島田怜於)